神様の料理番

柊 ハルト

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バターの微笑み

05 ー 初めての屋台

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 その夜もまたクッキーを焼きまくった誠は、いささか疲弊していた。こんなに焼き菓子を作るのは、各種イベント前か年末くらいだろう。
 今年のハロウィンとクリスマス用の菓子は、喫茶店やスイーツ専門店の他の遠野が何とかしてくれるという話になっていたが、やはり誠は自分の手で作りたかったなと思ってしまう。自分が生まれ育った家であり店だからこそ、余計にそう思うのだろうが。
 キリの良いところで一息入れると、ダイニングに移動してテーブルの上に携帯型鳥居を置いた。統括の神へのお供えだ。長々と近状を書いた手紙も一緒に添えて送ったが、これ以上統括の神の胃がダメージを受けないことを祈るばかりだ。
 誠はまた厨房に籠ると、今度はメレンゲクッキーを作り始めた。
 ここ二、三日で、別館はすっかり甘い匂いが染み付いてしまっている。誠は朝の新鮮な空気を吸いながら、また屋台を出すべく移動していた。ちなみにアレクセイ達に渡した今日のおやつは、マドレーヌだ。形は縦長のよくあるシェル型を選んだのは、ここ港街にちなんでだった。
 通りに近付くにつれて人通りが多くなるのはいつものことだが、今日はやけに多い気がする。誠は人混みを上手くすり抜けながら、屋台や露店などの出店可能地区へと辿り着いた。前回と同じ地区での出店手続きをする。また生活雑貨が多い箇所しか空いていなかったが、隣はトマーだという。その逆隣はチーズの屋台だそうだ。

「絶対にチーズを買おう」

 誠はそう密かに決意しながら出店場所へと向かった。
 昼前だからか、生活雑貨の店が集中する辺りは人が多い。この通り全体も人が多いし、今日か近いうちに何かあるのだろうか。チーズの屋台の店員に挨拶をしてから、トマーにも挨拶をする。トマーは隣が誠だったことに喜んでくれたが、一瞬にして苦笑いを浮かべていた。

「何かあったんですか?」
「いや、なあ。兄ちゃんが売ってたクッキーだよ。あれがかなり評判になったようでな」
「本当ですか?でも、半分以上はアレクセイのおかげなんですけどね」
「あの騎士殿につられて買ったにしても、美味かったんだろうよ。かく言う俺も、兄ちゃんの菓子のファンになっちまったんだけどな」
「そう言ってもらえると嬉しいです」

 誠が笑っていると、トマーは腰に下げていたマジックバッグから小さな麻袋を取り出して渡してくれた。

「開けてみな。上手くできてると思うぜ」

 言われるがままに麻袋を開けると、そこには手のひらに収まる大きさの狼のシルエットがあった。

「わぁ…!ありがとうございます。可愛い」
「あと、興が乗ったからよ、他の動物も作ってみたんだ」

 トマーはまた麻袋を渡してくれた。中には、伸びをしている猫や走っている馬、羽ばたく鳥など、デフォルメされて可愛らしい形となった型たいくつも入っていた。

「凄い…これでクッキー作ったら、絶対可愛いですよ」
「だろ?その図案は、俺の嫁さんが手伝ってくれたんだよ。嫁も兄ちゃんのクッキーが気に入ったらしくてよ。…すまんが、先にクッキーを買わせてくんねえか?」

 言いづらそうにしているから何かと思ったが、どうやら自分用と奥さん用に多めに欲しいそうだ。そんなことならお安い御用だし何なら他の型のお礼に渡したいと言ったら、そこはちゃんと買わせてくれと、やや強引に料金を渡された。
 それでは…と、新作として用意したビスコッティを渡した。

「トマーさんが俺を職人だと敬意を表してくれてるように、俺もトマーさんを職人だと敬ってるんで」

 ニッコリと笑い、こちらもやや強引にトマーの手にビスコッティを押し付けた。

「兄ちゃんよ…分かった。ありがたく貰うぜ」
「どうぞ。あ、これはコーヒーか甘口のワインに浸すと、もっと美味しいんです」
「へえ…甘口のワインは嫁が好きなんだ。あいつも喜ぶよ」

 強面が緩んだところで話を切り上げ、誠は出店準備を始めることにした。その間にも人通りは多くなり、気付けば店の前には列ができていた。

「え…もしかして俺のとこの列?」

 通りを振り返ると、幾人もの目が誠を凝視している。誠は慌てて列の先頭から捌いていった。
 あれだけ作ったのに、売れる時は一瞬だった。途中、昼休憩で立ち寄ってくれたレビが居なければ、どうなっていたか分からない。前回よりも早く店を早々に畳んでいると、何人かにもう店じまいかと聞かれてしまった。

「いやー…マコトの菓子の人気が良く分かったわ」

 妙に疲れているレビが、しみじみと言う。アレクセイ効果があったとは言え、ここまでとは自分でも思わなかったのだ。

「これでコーヒーと甘口ワインの売り上げが上がってたら笑うね」
「いや、上がるだろ。そのまま食べても美味かったもん」

 昨日おやつに渡したビスコッティだが、レビはもちろん全員がその日のうちに全部食べてしまったと言う。また焼くので、その時は絶対にコーヒーに浸すと、レビは拳を握りながら豪語していた。

「なあ、マコト。隣の御仁って、もしかして…」

 全てバッグにしまうと、レビが小声で聞いてくる。トマーのことを話した時に、真っ先に食いついて来たのだ。誠はそうだと頷くと、レビの尾は元気に揺れた。

「ファンなの?」
「おう!親父がトマーさんが作った剣を持っててさ。それ見た時から」
「そうなんだ。挨拶だけでも、大丈夫かな…?」

 誠はレビに少し待っててと言い残し、客が途切れたタイミングでトマーに話をつけに行った。職人によってはこういうのを嫌うタイプが居るのでどうかと思ったが、トマーは誠の知り合いならと快諾してくれた。
 レビは半泣きになりながらトマーと握手をしていた。
 改めてトマーに礼を言うと、誠は隣の屋台でチーズを買った。何でもこの港街とスイール村とで行商をしているそうで、売っているチーズはスイール村産のものだという。
 だったら買うしかないだろう。まだまだチーズは残っているが、次にまたあんな良質なチーズに会えるかは分からない。沢山買うから少しまけてくれと言うと、誠のクッキーついでにチーズも売れたからと、その店員は値引きをしてくれた。

「…クッキー効果、凄ぇな」

 再びしみじみと言うレビに、誠は苦笑いを浮かべるしかなかった。
 途中までレビに送ってもらい別館に戻ると、誠はまたせっせとクッキーを焼き始めた。
 夜になり全員が集まって夕食を食べていると、アレクセイが皆の手を止めた。

「出発する日が決まった」

 もうそろそろかと思っていたが、出発日は明後日になるそうだ。

「班長、ルートはどうなるんですか?」
「隣のカルトーフィリ村を経由してから王都に飛ぶ」

 レビの質問に答えたアレクセイは、話を一旦切るようにワインで口を湿らせる。

「どうやら各地できな臭い動きがあるようだ。我々は先に帰還するようにと部隊長からのお達しだ」

 ワイングラスを置くと、一瞬にして空気がピリついた。
 何かが始まろうとしているのか、始まっているのか。
 誰も口にしないが、そういうことだろう。アレクセイは大丈夫だと言うように、誠の手を握っていた。
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