神様の料理番

柊 ハルト

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バターの微笑み

01 ー 初めての屋台

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 アレクセイの本日の予定を確認してから、誠は別館を出た。
 屋台は別館から近いところに出すつもりだ。出店可能地区は、店の場所が固定ではなく早いもの勝ちだ。なので早い時間に行けば行くほど、良い場所を取れる。
 けれど誠にはアレクセイ達の朝食の準備があるので、今から行っても他の屋台に埋もれてしまう場所か、人通りが少ない場所しか取れないだろう。目標は昨日焼いた分を数日で売り切ることなので、今のところは特に気にしていない。
 誠はこの地区の代表者を探し、カードとペナントを見せた。これらは商業ギルド専用の特殊インクで印刷されているので、偽造ができないようになっているそうだ。専用の魔道具で読み取ると、返却された。

「今残っている場所は、三箇所です。どうされますか?」

 出店可能ポイントが示されている簡易地図を見せられる。バツ印は出店済みの所だろう。誠は奥まったところの空欄を指しながら、代表に告げた。

「ここにします」
「分かりました。この辺りは生活雑貨の店が多いですが、大丈夫ですか?」

 どうやら屋台の種類毎に、自然と固まっているそうだ。やはり角や通りの入り口などの人目が付きやすいところは食品関係の屋台が多く、L字になっているこの辺りの奥の方は生活雑貨や古着の店が多いと言う。
 誠が指した場所の隣は、金物の露店と生花の露店だと言う。のんびりできそうだと、誠はそこに決めた。
 使用料を支払ってそのポイントに移動すると、その部分だけ石畳が茶色になっていた。隣との区切りは通常の白い石でラインを引いたようになっていたので、分かりやすい。
 誠は両隣の店員に挨拶をすると、早速バッグの中からタープを取り出して設置した。そしてミョート村で買った棚を出し、仕切り板の上には浅い籐籠を入れていく。
 ターゲット層は女性にしたが、男性でも気軽に手に取ってもらえるようにと、籠には派手な装飾をせずに、雑貨店で購入した黄緑色の布を敷いて、籠の縁から少しだけ折り返して焦茶色のリボンで縫い付けている。
 その籠を四つ置いて、中にクッキーが入った紙袋を並べると、一気に店らしくなった。値段を書いたポップを木製のクリップで籠に挟むと、尚更だ。
 棚の一番下の段は地面に近いので、アレクセイがワイン用の木箱を解体して蓋付きの収納ボックスを作ってくれた物を置いている。特に入れる物が無いので、余った紙袋入れと麻紐しか入ってないのだが。
 棚の上には、包装していないクッキーとメレンゲクッキーを、これも浅い籐籠に入れて並べた。これは通りかかる人に見せるためだ。そしてその隣の小さめの楕円の籐籠には、試食用として小さいクッキーを入れている。在庫はワイン用の木箱に詰めて、棚の後ろに置いた。

「…よし、こんなもんかな」

 誠は少し離れて棚を見てから、棚の上に埃防止の結界をかけた。
 あとは忘れてはいけないペナントをタープに吊るし、遅い時間の開店となった。
 朝の混み合う時間を外すと、この地区を訪れるのは地元住人か観光客、たまに冒険者といった顔ぶれになる。ついつい自分もその人達の流れに乗って、屋台や露店を見たくなるが、ここは我慢だ。昼休憩の時にでも行けば良いのだ。

「兄ちゃん、これはジャンブルとは違うのか?」

 そろそろ呼び込みをしようかと思っていた矢先、誠に声をかけて来たのは隣の金物の露店を出している、小柄で立派な髭を蓄えた中年男性だった。

「ええ、違います。ジャンブルより美味しいと思いますよ」
「ほお…クッキーと言うのか」
 中年男性は籐籠のポップとディスプレイ用のクッキーをまじまじと見ながら、顎髭を撫でている。誠はその男性に、試食用の籠を差し出した。

「よろしければ、試食されますか?」
「シショクとは…?」

 聞き返されると困る。もしかしたら、この世界には試食という文化が無いのだろうか。

「試食は、試しに食べることです。…あ、この籠に入っている分は無料なんで。お気に召したら、買ってください」

 ちゃっかり宣伝することは忘れない。誠が営業スマイルで、どうぞと更に勧めると、中年男性はナッツ入りのクッキーを取り、恐る恐る口に運んだ。

「どうですか?ナッツ入りのは、甘さを少し控えめにしているんですけど」

 アレクセイ達には評判が良かったが、この男性はどうだろう。万人受けする物は無いのだが、少しでも気に入ってくれれば良い。
 誠がドキドキしながら感想を待っていると、男性は「全種類貰おう」と言ってきた。試食かと思ったが、どうやら購入してくれるそうだ。

「ありがとうございます」

 この世界で初めてのお客さんだ。誠は嬉しくなり、思わず声が弾んでいた。
 用意している間に少し話したが、男性の名前はトマーで、ドワーフという種族だそうだ。日本だと空想上の種族なのだが、そう言えばアレクセイに、ドワーフもエルフも居ると聞いたことがあると思い出す。

「マコトは明日も店を出すのか?」
「そうですね。数日は出そうかと思っています」
「数日…?」
「ええ。王都に行く団体と同行していまして。だから、向こうの予定次第なんです」
「…そうか。これから美味い菓子が食えると思っていたんだが」
 トマーは明らかにがっかりした表情になった。


 トマーが呼び水になったのか、隣で生花の露店を出している女性店員も興味を持ってくれたようでメレンゲクッキーを購入してくれ、次第にぽつぽつと客が購入してくれるようになっていた。
 昼になると流石に食品を扱う屋台群に客を取られてしまうので、この一画で店を出している者は昼休憩に入るのが殆どらしい。
 畑は違うが同じ「職人」として興味を持たれたのだろうか。誠はトマーに昼食をどうかと誘われた。誠としても、もう少し金物職人の話を聞きたかったので了承したが、トマーは屋台に買いに行くと言う。

「俺はお弁当を持って来ているので、店番してますよ」
「そうか?じゃあ、頼むな」

 それでも「一応な」と、トマーは手に収まる程の円柱の魔道具を発動させた。何でも商業ギルドで売っている、一時的な結界を張る道具だそうだ。
 タープの奥の方で戻ってきたトマーと昼食を食べていると、通りの方が妙に騒がしくなった。何だろうと話していると、どうやらどえらい美形の騎士が見回りに来ていると隣の生花のマダムが教えてくれた。

「もしかして…」

 そのどえらい美形は、紺色の制服を着ているのではないのか。

「何だ兄ちゃん。知ってる奴か?」
「ええ…狼獣人だったら、ですけど」

 ざわざわとした声が大きくなる。こんなに人目を集めるとは聞いていない。
 確かにアレクセイは地中海かどこかにありそうな彫刻も目ではないくらいの、完成された美丈夫だ。だが、ミョート村でもスイール村でも、ここまで周りがざわざわと騒いでいた記憶は無い。
 もしかしたら違う人なのではと淡い期待をしてしまったが、龍玉を渡したからだろうか。少し気配を探るだけで、アレクセイがどこに居るのかは分かってしまう。

「マコト」

 甘く低い声が、した。
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