神様の料理番

柊 ハルト

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バターの微笑み

02 ー 銀色の狼

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 全員疲れているからという理由で、本日の夜番はじゃんけんとなった。
 誠は、この世界にもじゃんけんってあるんだと思いつつも、その熾烈な争いを、一人輪の外から見ていた。理由は、誠と組む相手がアレクセイ一択だったからである。
 班長権限かと思っていたがそうではないようで、「マコトは班長とだろ」とレビや他の面々に言われてしまったからである。
 アレクセイもそれが当然とばかりに頷いていた。
 レビ達は何も言わないが、アレクセイの隣は当然誠だと思っているのだろう。誠にとって、それは嬉しいのだが、少しむず痒い。それに、自分達の微妙な関係性について殆ど何も言ってこないことに、感謝していた。
 自分達の尊敬する上官が目をつけている相手だ。言いたいことも、聞きたいこともあるだろう。けれどそれをしないのは、彼らの優しさであり、スタンスであり、そしてアレクセイへの絶対的な信頼もあるのだろう。

「っしゃあぁぁぁ!」

 夜空に勝者であるレビの雄叫びが響き渡る。
 結果はレビとドナルドが三番目、オスカーとルイージが一番辛い二番目となった。つまり、誠とアレクセイがこれから数時間、夜番をこなすこととなる。

「今からでもレビ達と交代できるが、どうする?」

 アレクセイがニヤリと意地の悪い顔で誠に聞くと、すかさずレビが反論する。

「酷ぇー!班長、横暴ですよ!」
「冗談だ。お前は今からぐっすり眠って、不機嫌なルイージに起こされるんだな」
「え…」

 レビは喜んだり青くなったり、忙しい奴だ。
 多分、そんなんだからアレクセイにイジられるんだろうな。
 誠は二人のやり取りを見ながら、笑っていた。


 夜番を終えて自分のテントに戻った誠は、眠れずにいた。寝袋にすっぽりと入っているのに、妙に寒いのだ。
 それに、もぞもぞと動いて横になっても仰向けになっても、収まりが悪い。誠は、枕が変わると眠れないなどという繊細さを持ち合わせていない。それなのに眠れない。

「んー…もしかして、か?」

 誠はここ数日ですっかり体に馴染んだ体温を思い出した。

「くっそ…マジかよ」

 悪態をついても、眠れないものは眠れない。誠は諦めて寝袋から出た。そして両腕を上に上げながら伸びをすると、闇に溶けてしまった。
 キャンプ地から少し離れた場所に出ると、誠は姿を狐に変える。痩せてきた月の光でも、月光浴は月光浴だ。誠はご機嫌に尾を揺らしながら、山を駆けていた。
 暫く走っていると、拓けた場所に出る。どうやらここが龍穴のようだ。充電とばかりにそこで丸まっていると、こちらに向かってくる気配を感じた。悪いものでないと分かるが、その気配には覚えがある。
 もしかしてと顔を上げると、あの時の銀狼が草をかき分けて現れた。
 途端に、誠の首筋が熱を帯びる。丁度、銀狼に噛まれた場所だ。魔法の効力はほぼ消したはずなのに、忘れるなと言わんばかりにその存在を主張している。
 誠は体を振って、その熱を散らした。
 銀狼はゆっくりと誠に近づくと、頬にマズルを寄せる。一瞬それが、アレクセイが自分の頭に頬を寄せる姿と重なってしまった。
 まさか。
 誠は自分も銀狼の首筋に鼻を寄せながら、その考えを否定した。けれど、銀狼からはアレクセイと同じ、ミントとジャスミンが混じったような香りがする。あの時はしなかったのに、だ。
 どうしてかと銀狼を見ると、凛としたアイスブルーと視線がかち合う。銀狼は何か思うことがあったのか、ゆっくりと瞬きをすると、誠に自分の匂いを移すようにぐるりと誠の周りを一周すると、その場で横になった。
 誠はゆっくりと足を折り、銀狼に体を寄せる。暖かい。アレクセイと同じ体温だ。
 狼や犬の体温は、人間よりも少し高い。アレクセイも獣人だからか狼だからか、冷たそうに見えて、体温は高い。
 ベロベロと後頭部を舐められながら、誠はその温もりのおかげで瞼が落ちそうになっていた。
 うとうとしていると、段々と空気が変わってきた。
 夜明けだ。
 あれ程黒かった空は、東の空からグラデーションを描きながら濃い紺色、水色と変化をさせている。そこにオレンジ色が加わった頃、誠の首を枕代わりにしていた銀狼が動き出した。

「クゥ…」

 少しの隙間が、寒い。誠は思わず声を漏らしてしまった。
 銀狼はそんな誠をあやすように、誠のマズルを舐めはじめた。
 自分の我儘で、彼を引き止めるわけにはいかない。誠は体を起こすと、銀狼の頬にマズルを寄せて促す。身を起こした銀狼は尾を一振りすると、何度もこちらを振り返りながら茂みに消えて行った。

「はぁ…」

 誠は銀狼が完全に見えなくなると、溜息を漏らした。
 いつか会える、会いに行こう。そう思っていた銀狼だったが、実際に会ってみるとアレクセイとイメージが重なって、ダメだった。それを確認するのが嫌で、もしかしたら無意識に避けていたのかもしれない。
 言葉は通じないが、彼とは友人関係を築けると思っていた。だが、いざ再会してみると、触れ合いたいという気持ちが溢れてくる。

「どうしたもんかね…」

 誠は自分の心が分からなくなっていた。


 とぷりとテント内の闇から出ると、外は少しだけ騒がしくなっていた。
 上着を羽織り、誠がテントから出るとすでに皆が揃っていた。

「おはよう。もしかして俺、寝坊した?」
「おはようマコト。大丈夫だ。けれど、少し問題が発生した」

 アレクセイが置きっぱなしにしていた椅子を誠に勧め、紅茶が入ったマグカップを渡して
 くれた。流石に人型だと朝の冷え込みは少し辛い。誠は火傷をしないように、慎重に少しずつ紅茶を飲んだ。

「班長、結局ルート変更ってことっすよね?」

 オスカーが地図を見ながら、アレクセイに聞いた。

「そうなるな。すぐに王都から応援が来るだろうが、今は人数が居た方が良いだろう。部隊長からも好きに動けと言われている」
「応援って、何人くらいなんですかね。領の騎士団との擦り合わせもあるから、忙しくなるな…」
「あそこの騎士団は、荒っぽいのが多いからな。少し心配だ」

 そう言いながら、アレクセイは誠の肩を抱いた。話についていけないのもあり、誠はされるがままになっている。話に入っても良いのかとアレクセイを見ると、頷かれた。
 ルイージは自分の地図を誠に見せながら説明する。

「今我々が居るのが、この辺りです。次の目的地は山の麓のマラコー村だったんですが、港で厄介な物が上がりましてね。急遽、ルートが変更になって、次に行くのはセーヴィルという港街になりました」
「そうなんだ…俺が一緒でも大丈夫なのか?」
「ええ、勿論。マコトさんの身は、僕達が守りますから」
「マコトが強いのは分かってるけど、俺らも騎士団だからな。班長のためにも、安全な所に居てくれ」

 ルイージとレビにそう言われたので、誠は頷くしかなかった。しかし、ドナルドの顔色が少し悪いし、全員どこか固い。その厄介な物とは、相当な厄介なのだろう。

「それで、その…セーヴィルだっけか?こっからどのくらいかかんの?」

 見せられた地図では、数日かかりそうに思える。この時代、移動となれば馬か馬車だろうが、誠が見る限り、アレクセイ達はずっと徒歩だ。
 マジックバッグに移動手段を入れているか、移動用の魔法があるのだろうか。誠は少しだけ期待していた。

「マコト…」

 アレクセイが目線を合わせるように、誠の前に跪く。真剣な顔をして、どうしたというのか。
 誠はアレクセイが話し出すのを待った。

「実は…」
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