神様の料理番

柊 ハルト

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ミルクの優しさ

02 ー スイスかフランスか

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 日が傾き始めた頃になってから、やっとアレクセイからの連絡が来た。文字通り、来たのだ。
 その連絡は誠の肩に止まり、ポッポーではなくチュンチュンと鳴いている。

「久しぶりだな」
「チュン!」

 白い連絡鳥は誠の言葉に対し、一度小さく羽ばたく。誠は優しく鳥の頭を撫でて、足に付けられている筒の中から手紙を受け取った。
 読んでみると予想通り、今から石像のところに移動するとのことだ。
 誠は連絡鳥を肩に乗せ、走って村に戻った。

「マコト!」

 すでにアレクセイ達は石像の下に来ていた。誠は遅くなったことを皆に謝りながら、アレクセイの隣に立つ。
 やはり彼の隣は落ち着く。
 誠はアレクセイの顔を見上げ、そんなことを考えていた。

「どうした。これから行く店が、気になるのか?」
「んー…まぁ、そんなとこかな」

 言葉にするのは、照れ臭い。誠はアレクセイの手に、するりと自分の手を絡めてやった。
 目的の店は、ルシリューリクの石像からすぐだった。白を基調とした色の可愛らしい店構えで、中は村人や冒険者、そして商人達で賑わっていた。

「いらっしゃいませ」

 誠達に気付いた若い男性店員が、こちらにやって来た。こういう時は部下が対応するらしく、レビが店員に全部で六人だと告げていた。
 誠は何の気無しにそのやりとりを見ていたのだが、男性店員はチラチラとアレクセイを気にしている。やはりアレクセイの恰好良さは、どこでも共通なのか。そう思ったが、よく見ると店員は頬を染めている。
 彼の目は、有名人を見る目ではない。アレクセイを「恋人の対象になるか否か」で見ていたのか。
 それに気付いてしまった誠は、繋いだ手に少しだけ力を入れてしまった。

「マコト?」

 少し屈んで、アレクセイは誠の耳元で声をかける。ついでに空いている手で、誠の目がよく見えるように前髪を流した。
 あのキスをした夜から、アレクセイとの触れ合いがどんどん増えていっている。隙あらば誠に触れようとし、誠の心を乱していく。けれど誠は、そんな自分の心の乱高下をいつしか楽しめるようになっていた。

「何でもないよ。お腹空いたなーって」
「そうか。君は空腹になると、機嫌が悪くなるからな」
「そうだよ。今日はアレクセイの奢りで、いっぱい食べてやるから」
「ああ、たくさん食べると良い」

 そして丸々と太った羊を、狼は食べてしまうのだろうか。
 誠は店員からのキツい視線に優越感を覚えながら、彼に繋いだ手を見せつけるようにぶらぶらと振って、空いてる席に着いた。
 アレクセイが一番奥の席に座り、誠はその隣に座る。残る四人はなぜか席のことで揉めていたが、一番年下だという理由でドナルドが誠の隣になった。

「お前達、何を揉めていたんだ」

 アレクセイが眉をひそめた。
 嫌いな上司の隣に座りたくないのはよく分かるが、アレクセイは彼らに慕われているはずだ。誠はどうしたんだろうと首を傾げながら、申し訳なさそうに座るドナルドを見た。

「いえ…あの…最近、熱いなって思って…」
「そうか?もう初冬なのに。…あ、ドナルドって熊だから、寒いの平気なのか」
「そうじゃない…そうじゃないぞ、マコト…!」

 向かい側からレビのツッコミが入る。
 何だと聞こうとしたが、アレクセイの咳払いによってレビの口は封じられてしまった。

「マコト、早く料理を頼んでしまおう。このスイール村でのお勧めは、チーズフォンデュだ。どの店も美味いが、この店が一番具材の種類が多いんだ」
「チーズフォンデュ…だと…!?」

 アレクセイがメニュー表を開き、誠に見せる。
 誠がチーズ店と同じリアクションをしながらそのメニュー表をガン見すると、確かにチーズフォンデュの文字が載っていた。勢いで驚いてしまったが、チーズフォンデュの歴史は古いので、この世界にあってもおかしくはない。
 そのルーツは古代ギリシアにあったと言われていて、ギリシアの詩人ホメロスが書いた叙事詩「イリアス」に、羊のチーズを入れたお酒が登場する。
 これがチーズフォンデュの始まりという説や、断食を行う僧侶のために流動食として考案された説、第一次世界大戦時に兵士達が鉄兜を鍋代わりにして、チーズを溶かしてパンにつけて食べたのが発祥とも言われており、何とも発祥年代が広い食べ物だ。
 更にこのメニューは、スイス料理だという説とフランス料理だという説があり、 真実はチーズの中で溶けていて分からない。

「…ま、美味ければ良いんだけどな」

 誠はチーズフォンデュの謂れを思い出しながら、メニュー表を端から端まで見ていた。
 頼んだ料理がテーブルいっぱいに並べられる。置ききれるのか心配していたが、新しい料理が来る頃には皿が空になっているので、まるでわんこ蕎麦を見ているようだ。
 誠は団員達に負けないようにパンや野菜をチーズに絡めながら、サラダや肉を取り皿に確保していた。アレクセイはアレクセイで、誠の口にチーズフォンデュを運びながら、レビやルイージ達と肉の攻防を繰り広げている。
 団員達の戦いは、何も野山だけではない。テーブルの上もまた、戦場なのだ。
 それがここ数日で身に染みていた誠は、彼らの戦いの隙を突いていくしかないが、こちらにはアレクセイと言う最強の剣が居る。負けるはずがなかった。

「追加の牛肉でーす」

 最初に対応してくれた男性店員が、チーズフォンデュの追加食材を運んで来た。
 残念だが、その店員が目をつけた銀色の男は、誠に食べさせるので必死だ。空気を読んだドナルドが皿を受け取り、店員に空いた皿を渡していた。



「ふいー…お腹いっぱいだー」

 他人の金で食う飯は美味いという言葉があるが、その通りだと思う。
 誠はお腹をさすりながら、アレクセイに礼を言った。他の皆も十分食べたようで、皆の顔には笑顔が浮かんでいる。

「英気を養ったは良いが、俺とオスカーは夜番だけどな」
「え、そうなの?」

 アレクセイの言葉に、誠は驚く。夜番はてっきり野営の時だけかと思っていたからだ。
 詳しく聞くと、どうやら夜中に村の付近の見回りを行うそうだ。夜行性の魔獣も居るので、昼も夜も間引きをする必要があると言うのだ。
 ミョート村でも誰かが夜に見回りをしていたらしいのだが、誠は全く気付いていなかった。

「マコトが気にすることでもないさ。これが俺達の仕事だ」
「あー…うん。お疲れ様です」
「ああ。マコト達が安心して眠れるように、しっかり魔獣を狩ってくるよ」
「そうそう。マコト君は俺らが狩って来た魔獣で美味い飯作ってくれりゃ、それが俺らにとっての労いになるからさ」
「おう、任せとけ」

 アレクセイとオスカーにそう言われ、誠はニッと笑った。
 チーズ料理のレシピはいくらでもあるし、皆に食べてもらいたい物もたくさんある。そのために昼間、チーズを買ったのだ。
 腕が鳴るなと、誠は内心燃えていた。


 それから移動した先は、外壁の門の近くにある立派な館だった。どの村にも騎士団が逗留する館があるらしい。そしてこの館もまた、非常事態には村人達の避難先になるそうだ。
 ここには一週間以上の滞在になるが、その日程は後続の団員の予定次第なので、ハッキリとは分からないとアレクセイが説明する。
 スパイス料理が続かなくなるので、誠としては別にかまわないのだが、チーズや牛乳系の料理ばかり続くのなら和食が食べたくなるんだろうな、と密かに思う。
 誠は案内された客室に入ると、ソファに腰を下ろした。案内してくれたアレクセイは、自分に充てがわれた部屋に戻らずに誠の隣に座る。そして誠の頬に手を当てると、指先で誠の唇を撫ではじめた。

「…何だよ」
「いや?これから仕事に行かなければならない俺に、労いが欲しくてな」
「お前、それが仕事だって、自分で言ってたじゃん」
「そうだな。でも、 君からの労いがあると、ヤル気が違うだろう」

 アレクセイは戯れるように、誠を両手で囲い込んだ。
 誠が抵抗せずにいると、アレクセイは少しの隙間も許さないと言うように、その腕を強める。そして首筋に鼻を寄せて、口を付けた。
 こうして毎晩、キスをするのが習慣になっている。
 くすぐったくて誠が身じろぎすると、つられたアレクセイもクスクスと笑っていた。

「アレクセイ、時間って大丈夫なの?」
「まだ余裕はあるさ」

 そう言うのなら、本当なのだろう。誠はそのまま、アレクセイの好きにさせてやった。
 段々とソファの座面に倒される。それと同時にキスが深くなる。絡め取られた舌に翻弄されていると、アレクセイの指が服の中に入ってきた。

「ダメだよ…」
「そうか」

 強く否定はしない。アレクセイもそれが分かっているのか、その指はまだ誠の脇腹をなぞっていた。
 お互い、性欲に翻弄される十代ではない。そして誠は妖狐だ。諏訪の血も混ざっているので、身持ちは堅いはずだ。それなのに、次から次へと欲が出る。
 誠は自分を喰らおうとする狼の背に、ゆっくりと腕を回した。

「ん…」

 軽く舌を噛まれて、思わず声が漏れた。それを聞いたアレクセイは気をよくしたのか、誠の上顎を舌でなぞるように押し上げる。
 手慣れている感が、腹立たしい。自分はこんなにも、アレクセイに翻弄されているのに。
 誠はアレクセイの背中に、服越しだが軽く爪を立てた。
 ここから妖狐の呪いが染み込めば良い。そんなことを考えている。諏訪の背中のように、真っ赤な牡丹の華がアレクセイの背中を埋め尽くす。そうなれば、どんなに幸せなんだろうか。
 そんな黒い気持ちが誠を支配していた。


 誠が客間に備え付けられている風呂場の鏡で首筋を確認すると、そこには小さな赤い花が咲いていた。

「アイツ…」

 見えるところに所有印を付けられたのは、初めてだ。
 それと呼応するように、銀狼に付けられた印が色付いている気がする。

「…また会いたいな」

 認めたくないが、己のツガイはアレクセイなのだろう。けれど、あの銀狼の存在が、誠の心の片隅に居座っている。
 一体どういうことなんだろう。誠は首を傾げる。
 短い逢瀬だったが、あの銀狼は確かにアレクセイと同じく、傍に居ると満たされる存在だ。
 二心を持つつもりはないし、それは自分を求めるアレクセイに対しても失礼だ。
 けれど。
 でも。
 誠は近いうちに銀狼を探し出し、この気持ちが何なのか確かめようと決める。自分の力をもってすれば、彼を探し出すことは容易いだろう。
 アレクセイの魔法を見た時に分かったのだが、誠が首元に付けられたトライバル柄の狼は魔法だ。地球に無い物だったから、すぐには分からなかった。けれど、魔法は特有の流れがある。首元の狼は、どこかに繋がっていた。
 貼り直す時にこちらから目眩しをかけてやったが、まだその効力は消えていない。それを辿れば、自ずと狼の元に行けるだろう。

「狐の姿になると、山なんかすぐ越えれるしな」

 ゆっくりと瞬きをした誠の瞳は、瞳孔が縦に割れていた。
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