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春の訪れ
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視界の隅に注意を促す赤い点が明滅するのが映る。ハヤミと会話を続けたまま、サブ人格を分離してそちらに意識を向ける。すぐさまサブ人格の視界いっぱいにメッセージの内容が展開された。古めかしいテキストメッセージ。書いてあるのはシンプルな文章「サクラサク」。その情報を携えて、会話を続けるメイン人格と統合する。ふむふむ。
「どうかした?」
ハヤミが言う。今日のアバターは、二十世紀後半の十代のアジア系女性の容姿に、なぜだかカール大帝のコスプレをさせた姿。声や言葉も身体の歴史的背景に合わせたものを選択しているため、アップロード人格なら眉を顰めそうなギャップがある。といっても、僕たち電界生まれにはあまりよくわからないんだけど。
「合格」
サブ人格から受け取ったばかりのテキストメッセージを画像として投影する。生のメッセージは受信者の人格特性に合わせてカスタマイズされているため、僕にしか読むことができないが、こうやって投影すれば誰にでも中身がわかる。
「サクラサク。ほんとだ! おめでとう!」
「まあ、大丈夫だろうとは思ってたけどね」
内心ほっとしながら言う。
次の周期から大学の研究員として正式に認められたと言う合格通知。もちろん全ての研究機関は全ての人に開かれているのが建前だが、リソースの割り当てや管理権限など、研究員と一般人では多くの違いがある。
「それにしてもさ」
ハヤミは顎髭を捻りながら言う。
「この、”サクラサク”ってどう言う意味だろうね」
「合格した、ってことでしょ」
「それは知ってるけどさ、何ではっきりそう言わないのよ」
「ええっと」
データベースにアクセス。検索。
「桜。バラ科サクラ亜科サクラ属の樹木。かつての日本では、この花が春を象徴するものとして愛好された」
花の映像を投影。かすんだ景色の中に舞い散る薄桃色の花びら。確かに美しい風景だ。
「それと……ええっと、当時の日本では新学期が春にあたったため、卒業、入学、進学などの象徴としても桜のモチーフが多用された。現在『サクラサク』という文字列が試験合格を示すものとして使われるのも、当時の進学合格通知に書かれた文言からくるものである、だってさ」
「いや、それくらいあたしだって調べたけどさ」
ハヤミはどこか呆れたように言った。
「なんで、そんな古めかしい言葉を今でも使ってるのかって話。アクセスキー送ってくればそれで済む話でしょ」
「まあ、そうだけど」
僕は読み上げていたテキスト情報を視界から消し去る。
「結局、アップロード人格のノスタルジーでしょ。非効率だと思うのよね」
「そうは言ってもさ」
僕は目の前の桜の映像を眺めながら言う。薄桃色の花は背景に溶け合いそうでいながら確かな存在感を持って風に揺れている。
「僕たちだって、こうやって、人の姿で、対面で話をしたりするわけじゃん? そんな必要ないのにさ」
「それは……あたしたちが人間の人格を模して作られた以上、抗えない本能っていうか」
「うん。だろ? だからさ、きっと、そういうノスタルジーもさ、ちょっとは、意味があるんじゃないの?」
「そういうもんかなあ」
「そういうもんだよきっと。だって、ほら」
映像の中で強い風が吹き、ざっと花びらが舞い散る。僕らはしばらく言葉を忘れてその様子に見入った。
データベース上の概念としてしか知らなかった”春”を、その時僕は確かに、感じたと思った。
「どうかした?」
ハヤミが言う。今日のアバターは、二十世紀後半の十代のアジア系女性の容姿に、なぜだかカール大帝のコスプレをさせた姿。声や言葉も身体の歴史的背景に合わせたものを選択しているため、アップロード人格なら眉を顰めそうなギャップがある。といっても、僕たち電界生まれにはあまりよくわからないんだけど。
「合格」
サブ人格から受け取ったばかりのテキストメッセージを画像として投影する。生のメッセージは受信者の人格特性に合わせてカスタマイズされているため、僕にしか読むことができないが、こうやって投影すれば誰にでも中身がわかる。
「サクラサク。ほんとだ! おめでとう!」
「まあ、大丈夫だろうとは思ってたけどね」
内心ほっとしながら言う。
次の周期から大学の研究員として正式に認められたと言う合格通知。もちろん全ての研究機関は全ての人に開かれているのが建前だが、リソースの割り当てや管理権限など、研究員と一般人では多くの違いがある。
「それにしてもさ」
ハヤミは顎髭を捻りながら言う。
「この、”サクラサク”ってどう言う意味だろうね」
「合格した、ってことでしょ」
「それは知ってるけどさ、何ではっきりそう言わないのよ」
「ええっと」
データベースにアクセス。検索。
「桜。バラ科サクラ亜科サクラ属の樹木。かつての日本では、この花が春を象徴するものとして愛好された」
花の映像を投影。かすんだ景色の中に舞い散る薄桃色の花びら。確かに美しい風景だ。
「それと……ええっと、当時の日本では新学期が春にあたったため、卒業、入学、進学などの象徴としても桜のモチーフが多用された。現在『サクラサク』という文字列が試験合格を示すものとして使われるのも、当時の進学合格通知に書かれた文言からくるものである、だってさ」
「いや、それくらいあたしだって調べたけどさ」
ハヤミはどこか呆れたように言った。
「なんで、そんな古めかしい言葉を今でも使ってるのかって話。アクセスキー送ってくればそれで済む話でしょ」
「まあ、そうだけど」
僕は読み上げていたテキスト情報を視界から消し去る。
「結局、アップロード人格のノスタルジーでしょ。非効率だと思うのよね」
「そうは言ってもさ」
僕は目の前の桜の映像を眺めながら言う。薄桃色の花は背景に溶け合いそうでいながら確かな存在感を持って風に揺れている。
「僕たちだって、こうやって、人の姿で、対面で話をしたりするわけじゃん? そんな必要ないのにさ」
「それは……あたしたちが人間の人格を模して作られた以上、抗えない本能っていうか」
「うん。だろ? だからさ、きっと、そういうノスタルジーもさ、ちょっとは、意味があるんじゃないの?」
「そういうもんかなあ」
「そういうもんだよきっと。だって、ほら」
映像の中で強い風が吹き、ざっと花びらが舞い散る。僕らはしばらく言葉を忘れてその様子に見入った。
データベース上の概念としてしか知らなかった”春”を、その時僕は確かに、感じたと思った。
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