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 3人が水着を買って帰ってきた。

【おかえりなさい】

 セリナージェがピッツ語で出迎えた。

「ははは、あーびっくりした。家を間違えたかと思ったよ」

 クレメンティが少し驚いた後、大袈裟にセリナージェを褒めた。

「これで発音は合っているの?」

 ベルティナは、エリオに確認する。

「ああ!バッチリさっ!」

 そして、二人も挨拶をした。

【おかえりなさい】

【ただいま】

【お腹がすいたよぉ】

「え?イルは、何て言ったの?」

「お腹がなんとかって」

 セリナージェの問に、ベルティナが首を傾げながら記憶をたどる。

「お、ベルティナ、おしぃね。『腹減った』だってさ」

 エリオの通訳に、みんなが笑った。

「もう、用意はできてるわよ」

 セリナージェが食堂室の方を向いた。

「じゃあ、このまま昼食にしよう!」

 イルミネが我先に食堂室へと向かった。4人は急ぐイルミネを笑いながら、後ろをついていった。

 5人は食堂室で、テーブルについた。

「それにしても、ピッツ語(ピッツォーネ王国の言葉)を話せるなんて思わなかったよ」

「まだまだ話せるってほどじゃないのよ。練習中なの」

 クレメンティが驚いてくれたのて、セリナージェはちょっと嬉しかった。びっくりさせたくて、ベルティナと練習していたのだから。

「そうなの。だから、素晴らしいお手本がこんなにいるんだから、今のうちにお勉強した方がいいかなって思って、ね、セリナ」 

「え?ええ、そうなの。3人から教えてもらえると嬉しいわ」

 セリナージェは、チラリとクレメンティを見た。クレメンティは、ちょうど、料理を口に運ぼうとして、セリナージェの視線には気が付かなかった。

「なるほどね。二人ともすごいなぁ」

 エリオが感心した。

「3人はピッツ語もスピラ語も喋れるじゃない。そっちの方がすごいわ」

 ベルティナは、すでにマスターしている3人が本当にすごいと思っていた。

「僕たちは、こちらに留学する予定があったからね。二人は大陸共通語は?」

「ええ、難しい言葉でなければ、喋れるわよ」

 クレメンティの質問に、セリナージェが誇らしげに答えた。いくら侯爵令嬢でも、成人前の女性が大陸共通語を話せることは珍しい。

「大陸共通語が喋れるなんて、女性ならそれだけでもすごいじゃないか。それなら、問題ないだろう?」

「はぁ~。レムは、もう少し女心を勉強しような」

 イルミネは、肩を落とした。

「え?なんで?」

「エリオ、お前もなのか?はぁ~。
ねぇ、セリナ、見た目に騙されてない?」

 イルミネは、顔をあげてエリオに訝しんだ顔をする。しかし、セリナージェには優しい表情だった。

「ふふふ、そういう時期は越えたと思うわよ」

 ベルティナの答えに、セリナージェが赤くなって俯いた。

「そう、ならよかったよ」

 イルミネが小さくため息をつく。

「あのさ、なんか取り残されてるよ。僕とエリオ…」

 クレメンティが、ベルティナとイルミネの顔を交互に見ていた。エリオも頷く。

「あのな、大陸共通語を喋れる平民は、王城勤めの者くらいのもんだ。領民と話したければ、どうしたらいいのかな?」

 イルミネの口調は、珍しく二人にちょっと厳しめだ。

「なるほど、ピッツ語を話せた方がいいな」

 エリオも一生懸命考えている。

「じゃあ、セリナが領民と話したくなるのは、どんな立場かな?」

『カタン!』セリナージェが急に立ち上がった。

「ごめんなさい!私、お腹いっぱいだわ!ちょっと先に、部屋に戻るわね」

 セリナージェは、顔を真っ赤にしたまま、パタパタと急ぎ足で、食堂室を出た。

「もう!イルったら、レムをからかうつもりで、セリナをいじめてどうするのよ」

 ベルティナは、イルミネを恨めしげに少し睨んだ。

「ごめーん!だって、レムもエリオも鈍感過ぎるからさぁ」

 クレメンティは、セリナージェが出て行った方を心配そうに見ている。
 ベルティナは、セリナージェの昼食を部屋に運んでくれるようにメイドにお願いした。そして、クレメンティへと向き直る。

「確かにね。レムには、もう少し、セリナの気持ちを察してあげてほしいって思うことはあるわね。もちろん、レムがちゃんとセリナのことを考えてくれているならば、だけど」

「ちゃんと考えているさっ!ぼ、僕だって、セリナがピッツ語を勉強してくれてるなんて……う、嬉しいよ……というか…幸せだなって……」

 クレメンティは、真っ赤になって俯いた。

「それなら、食事が済んだら、部屋へ顔を出してあげてちょうだいな。レムが、セリナがピッツ語を覚えてくれることが、嬉しいって伝えてくれれば、セリナはきっともっと頑張れるわ」

「ああ!わかった!」

 クレメンティは、食べることを急ぎ始めた。

「それにしても、ベルティナは、メイドたちに随分と丁寧に話をするんだね」

 エリオの突然の指摘に、ベルティナは面食らった。ベルティナとしては、そんなに意識はしていない。

「うん、俺もそれは思ったよ」

「それは、そうよ。みなさん、この州の子爵家か男爵家の方が多いのよ。執事長は、筆頭子爵家様だわ。私みたいな末端男爵家の小娘には、頭が上がらない人たちなのよ」

「侯爵様がそう言っているの?」

 エリオは訝しんだ。

「まさかっ!」

 ベルティナは、両手をブンブンと振った。

「侯爵様は、本当に家族のように扱ってくださるわ。奥様も、お兄様も、お姉様たちもよ。私とセリナを同じように扱ってくださるの」

「うん、俺たちからみても、メイドたちにもそういう雰囲気は、あったよ。ベルティナも叔父様叔母様って呼んでいたよね」

 他人行儀であったり、爵位の上下をはっきりさせるのなら、『侯爵様』と呼ぶべきだ。

「うーん、説明って、難しいわ。遠慮しているわけではないの。そうね、侯爵様ご一家はもちろん、使用人のみなさんの事も尊敬しているのよ」

「へぇ。例えば?」

 エリオが前のめりに聞く体制になった。

「こうして、私が4人と食事をすることも、自然に受け入れてくれるのよ。それに、セリナの体調だけでなく、私の体調にもすぐに気がついてくれるし。
小さな頃には、セリナも私もよく注意されたわ。それが、できるってことは、ご本人もとてもちゃんとしてらっしゃるってことなのよ。セリナなんて、本物の侯爵令嬢なんだから。そのセリナに対しても、メイドであっても、しっかりと注意ができるの。いつも見ていてくれるからだわって感じるわ」

「まあまあ、わたくしどもをその様にお考えくださっていたなんて、嬉しいですわ」

「メイド長!いつからそこに?」

 ベルティナは、びっくりしてから、頬を染めた。本人に聞かれているというのは、恥ずかしものだ。

「ずっとおりましたよ。それがお仕事でございますから。ほほほ」

「あ、あのですね。いつも感謝してるってお話です。本当にありがとうございます」

 ベルティナは、真っ赤になりながら、メイド長に頭を下げた。

「そう言っていただけるのは、とても嬉しいのですが、ベルティナ様には、もう少し、わたくしどもに甘えていただきたいものです」

 さらに横から落ち着いた声が響いた。

「執事長もいたの?もしかして、いつもこうやって、見守ってくれているの?」

「はて?わたくしどもは、ずっとこちらにいましたよ。ホォッホォッホォッ」

 ベルティナは、執事長の落ち着き払った笑いに、降参した。

「私が思っているよりも、もっともっと、大切にされているのね。ありがとうございます」

「ベルティナ様が、わたくしどもをお優しく気にしてくださるから、気持ちよく働けるのでございますよ。
ですが、それも嬉しいのでございますが、みなさんにリラックスしていただくのも、わたくしどもの仕事でございますので、ベルティナ様には、もっとお気を抜いていただきたいと思っている者は多いのですよ」

 メイド長の視線はとっても優しい。

「わ、わかりましたから、お願いです、執事長もメイド長も、もういじめないで」

 ベルティナが耳まで赤くして、顔を両手で隠してしまった。執事長とメイド長、そして後ろに控えていたメイドたちも、小さな声で笑って、優しい瞳でベルティナを見ていた。
 エリオは、メイドたちにそうやって見守られるベルティナが、日々使用人たちに、どのように接してきていたかを考えると、とても心が暖かくなった。

 クレメンティが挨拶をして、食堂室を出て行った。ベルティナも、『心配だから』とクレメンティの後を追った。
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