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とある夫人の呟き
あれは神からの啓示だったのかもしれない。
わたくしは臨月であったある夜に夢の中で不思議な体験をした。夜の部屋の中なのに見たこともないほどとても明るくその娘は読書をしている。わたくしはなぜかその娘の中に引き込まれてしまった。そしてその娘とともにその本に夢中になった。
だが、途中からは違う意味で夢中になる。
わたくしが親しくしている人たちの名前が出てきて不幸になっていくのだ。
読み終わった頃にはわたくしはその娘の中で意識が遠のき目が覚めたら自分のベッドにいて、その時はその夢をすっかり忘れていた。
しかし、かわいい愛娘を産み愛娘を抱き上げるとあの娘と読んだ本の内容が頭の中を駆け巡った。
「貴方! 貴方! 大変よ! この子、マリリアンヌだわ!」
わたくしは叫びと共に支離滅裂な言葉を吐いた。だが、わたくしの優しい夫は全てを受け入れてくれた。
わたくしは夫と共に神に与えられたチャンスを掴めたのだわ。
愛しているわ、優しい夫サイモン。
そしてかわいい子どもたちよ。
〰️ 〰️ 〰️
公国になって二年後、西部の伯爵領に男女を乗せた馬がのんびりと歩いていた。街並みを確認するように歩みを進ませた馬は街が見渡せる小高い丘の上にたどり着く。
男が先に降りて横座りをしていた女に手を伸ばす。抱きかかえるように丁寧に女を降ろした。
「キールズ。素敵な街ね。わたくし、とてもやる気になったわ」
キールズと呼ばれた男は楽しげに笑う。
「お嬢様は最初からやる気いっぱいではないですか。それ以上増えるなんてすごいですね。無理なさらないでくださいよ」
「はーい! 貴方、今、お嬢様呼びしたわねぇ。伯爵領へ来たらお嬢様呼び禁止って約束でしょう。一回罰則よ」
「あぁ。そうでしたね。わかりました。
で、何をすればいいのですか?」
「はいっ!」
女は両手を広げた。
「はい?」
「抱きしめて」
「深窓のお嬢様であったのに、いつからそんなに大胆になったのですか?」
「学園には平民もいたわ。彼女たちから習ったの。彼女たちが好む小説も読んだわ」
女は鼻高々に語った。
「それは……困りましたね」
キールズは下を向いて頭をかき上げる。それから壊れ物を扱うようにそっと女を抱きしめた。
「うふふ。馬を二人乗りしてきたのに、これで緊張するなんて不思議な人ね」
「馬上では貴女を守ろうと思って支えているので、そのぉ、これとは違うのです」
「そうなのね。キールズ、一緒になってくれてありがとう」
「マリー。僕を選んでくれてありがとうございます」
二人は見つめ合って笑った。
〰️ 〰️ 〰️
マリリアンヌは学園で経済学を中心に学んだ。これまでは国全体を見る経済学は王妃教育で学んできたが、食糧事情や地質事情を考えた領民に寄り添う経済学はマリリアンヌにとってとても学ぶことの多いものであった。
サイモンは空き領地が増えることを考慮し、執事二号ことキールズや他数名を領地管理者にするべき教育を与える事にした。ルワン公爵たちにも相談をして数名の若い執事が集められ、学園の高等部――現在の大学に近いもの――の前身として学ばせた。中には平民の執事もいる。
キールズは多くの時間をマリリアンヌの傍らにいた。学園での授業も重なるものが多く、屋敷にいてもサイモンが用意した家庭教師から一緒に学んだ。
そんな二人が互いに認め合い惹かれ合う事は自然の成行である。
しかし、平民であるキールズがマリリアンヌに告白することなどありえない。それを打破したのはケルバだった。そして、貴族と平民との境を少なくしていきたいと考えるサイモンも反対したのはほんの少しだ。少しの反対の気持ちは父親としての我儘であり、ケルバに諭されれば簡単に折れてしまうくらいのものだ。
婚姻を前にマリリアンヌが女伯爵となることになった。マリリアンヌはキールズを伯爵にしたいと意見したが、『女性の地位向上の先駆者となるように』と周りに言われれば否とは言えない。
東部は天災の際に不良貴族の粛清を行った。そして、西部はクーデターを機に粛清を行った。それによっていくつかの領地は国営となっていたのでその西部の一部が与えられ、マリリアンヌが女伯爵となった。
マリリアンヌが女伯爵となった翌日、二人はシュケーナ公国の首都で婚姻し、その一週間後には与えられた伯爵領へ馬車で出発する。伯爵領の領主屋敷に到着したのは一週間後である。
昼過ぎに到着した二人は視察がてら馬で散歩に出かけてきてこの街を見渡せる丘を見つけたのだった。
「これ、全く罰則になっていませんよ。むしろご褒美ですけど、いいのですか?」
キールズはクツクツと笑う。しかし、マリリアンヌがグッと腕に力を入れるとビクリと強張った。婚姻して二週間になるが慌ただしさと長旅への考慮のため初夜を迎えていない夫が自分にまだ遠慮しているところがあることはわかっていた。
「キレイね」
マリリアンヌはキールズに抱きしめられながら頭をキールズの胸に預け、夕日が照らす街を見ていた。
キールズはそんなマリリアンヌをさらにギュッと抱きしめる。キールズの力が込もったことに気を良くしたマリリアンヌはキールズを見上げた。一瞬戸惑ったキールズだが、ニッコリと笑って愛しい妻に口付けを落とした。
~ fin ~
あれは神からの啓示だったのかもしれない。
わたくしは臨月であったある夜に夢の中で不思議な体験をした。夜の部屋の中なのに見たこともないほどとても明るくその娘は読書をしている。わたくしはなぜかその娘の中に引き込まれてしまった。そしてその娘とともにその本に夢中になった。
だが、途中からは違う意味で夢中になる。
わたくしが親しくしている人たちの名前が出てきて不幸になっていくのだ。
読み終わった頃にはわたくしはその娘の中で意識が遠のき目が覚めたら自分のベッドにいて、その時はその夢をすっかり忘れていた。
しかし、かわいい愛娘を産み愛娘を抱き上げるとあの娘と読んだ本の内容が頭の中を駆け巡った。
「貴方! 貴方! 大変よ! この子、マリリアンヌだわ!」
わたくしは叫びと共に支離滅裂な言葉を吐いた。だが、わたくしの優しい夫は全てを受け入れてくれた。
わたくしは夫と共に神に与えられたチャンスを掴めたのだわ。
愛しているわ、優しい夫サイモン。
そしてかわいい子どもたちよ。
〰️ 〰️ 〰️
公国になって二年後、西部の伯爵領に男女を乗せた馬がのんびりと歩いていた。街並みを確認するように歩みを進ませた馬は街が見渡せる小高い丘の上にたどり着く。
男が先に降りて横座りをしていた女に手を伸ばす。抱きかかえるように丁寧に女を降ろした。
「キールズ。素敵な街ね。わたくし、とてもやる気になったわ」
キールズと呼ばれた男は楽しげに笑う。
「お嬢様は最初からやる気いっぱいではないですか。それ以上増えるなんてすごいですね。無理なさらないでくださいよ」
「はーい! 貴方、今、お嬢様呼びしたわねぇ。伯爵領へ来たらお嬢様呼び禁止って約束でしょう。一回罰則よ」
「あぁ。そうでしたね。わかりました。
で、何をすればいいのですか?」
「はいっ!」
女は両手を広げた。
「はい?」
「抱きしめて」
「深窓のお嬢様であったのに、いつからそんなに大胆になったのですか?」
「学園には平民もいたわ。彼女たちから習ったの。彼女たちが好む小説も読んだわ」
女は鼻高々に語った。
「それは……困りましたね」
キールズは下を向いて頭をかき上げる。それから壊れ物を扱うようにそっと女を抱きしめた。
「うふふ。馬を二人乗りしてきたのに、これで緊張するなんて不思議な人ね」
「馬上では貴女を守ろうと思って支えているので、そのぉ、これとは違うのです」
「そうなのね。キールズ、一緒になってくれてありがとう」
「マリー。僕を選んでくれてありがとうございます」
二人は見つめ合って笑った。
〰️ 〰️ 〰️
マリリアンヌは学園で経済学を中心に学んだ。これまでは国全体を見る経済学は王妃教育で学んできたが、食糧事情や地質事情を考えた領民に寄り添う経済学はマリリアンヌにとってとても学ぶことの多いものであった。
サイモンは空き領地が増えることを考慮し、執事二号ことキールズや他数名を領地管理者にするべき教育を与える事にした。ルワン公爵たちにも相談をして数名の若い執事が集められ、学園の高等部――現在の大学に近いもの――の前身として学ばせた。中には平民の執事もいる。
キールズは多くの時間をマリリアンヌの傍らにいた。学園での授業も重なるものが多く、屋敷にいてもサイモンが用意した家庭教師から一緒に学んだ。
そんな二人が互いに認め合い惹かれ合う事は自然の成行である。
しかし、平民であるキールズがマリリアンヌに告白することなどありえない。それを打破したのはケルバだった。そして、貴族と平民との境を少なくしていきたいと考えるサイモンも反対したのはほんの少しだ。少しの反対の気持ちは父親としての我儘であり、ケルバに諭されれば簡単に折れてしまうくらいのものだ。
婚姻を前にマリリアンヌが女伯爵となることになった。マリリアンヌはキールズを伯爵にしたいと意見したが、『女性の地位向上の先駆者となるように』と周りに言われれば否とは言えない。
東部は天災の際に不良貴族の粛清を行った。そして、西部はクーデターを機に粛清を行った。それによっていくつかの領地は国営となっていたのでその西部の一部が与えられ、マリリアンヌが女伯爵となった。
マリリアンヌが女伯爵となった翌日、二人はシュケーナ公国の首都で婚姻し、その一週間後には与えられた伯爵領へ馬車で出発する。伯爵領の領主屋敷に到着したのは一週間後である。
昼過ぎに到着した二人は視察がてら馬で散歩に出かけてきてこの街を見渡せる丘を見つけたのだった。
「これ、全く罰則になっていませんよ。むしろご褒美ですけど、いいのですか?」
キールズはクツクツと笑う。しかし、マリリアンヌがグッと腕に力を入れるとビクリと強張った。婚姻して二週間になるが慌ただしさと長旅への考慮のため初夜を迎えていない夫が自分にまだ遠慮しているところがあることはわかっていた。
「キレイね」
マリリアンヌはキールズに抱きしめられながら頭をキールズの胸に預け、夕日が照らす街を見ていた。
キールズはそんなマリリアンヌをさらにギュッと抱きしめる。キールズの力が込もったことに気を良くしたマリリアンヌはキールズを見上げた。一瞬戸惑ったキールズだが、ニッコリと笑って愛しい妻に口付けを落とした。
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