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第一章 本編

4 愛称呼びの意味は……

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 文官と思われる者たちが入ってきて、食堂室の掲示板に朝方玄関前に貼られていた物と同じ物が貼られた。
 それを確認したいかにも上等な服を着た高官と思われる人物が鷹揚に頷いて『よし』と文官に声をかけた。若い高官で、グレーの髪を短めにし空色の瞳の大変な美形の者であったが、不機嫌そうな顔に近寄りがたさを感じる。
 その高官はラビオナたちに近づくとメーデルに軽く頭を下げた。

「王妃陛下の代理で参りましたので、発言を失礼いたします」

 そして、高官は頭を上げると食堂室に響き渡るような声で発言した。

「この求人広告については、明日、大講義室にて説明会を行う。明日の説明会では、身分を問わずに質問を受け付けるので、きちんと読んだ上で説明会に望んでほしい。
さらに一ヶ月後、応募の受け付けを開始する。期間は二日間だ。
各自興味のある者は、家の者と相談してほしい」

 受け付けが一ヶ月後であるのは、遠くの領地の者への配慮だろう。

 高官が言葉を切ると、近衛兵と文官がメーデルに頭を下げてから出入り口へ向かった。その後、高官もメーデルに頭を下げて踵を返した。

「ま、待てっ!」

 メーデルは雰囲気に流されそうになっていたが、慌てて高官を引き止めた。

「なんでございましょうか?」

 不機嫌そうな顔色を変えない高官が振り向いた。

「王太子妃候補とはどういう意味だ?」

「メーデル王太子殿下の婚約者様候補ということでございます」

「お、俺にはすでにラビオナという婚約者がいるではないかっ!」

 高官が片目を吊り上げた。呆れているという顔を隠そうともしない。

「ラビオナ・テレエル公爵令嬢様とのご婚約でしたら、もう二月も前に破棄されておりますが?」

「「「「「は??」」」」」

 これにはメーデルたちだけでなく、野次馬たちも声を出した。ただし、ラビオナと同席していた者たちは平然としている。

 高官は唖然としたメーデルを見て、『はぁ!!』と大きな声で堂々とため息をついた。

「国王陛下と王妃陛下がメーデル王太子殿下の不貞を認め、王家の有責にて婚約破棄となっております」

 高官は苦々しい顔をシエラに向ける。メーデルは口をあんぐりと開けた。

「メーデル王太子殿下。そういうことですので、わたくしを愛称で呼ぶのはお止めいただきたいですわ」

 メーデルはラビオナに振り返った。
 ラビオナは美しい笑顔でまるで赤子に言い含めるような優しい言い方である。メーデルは先程からラビオナを『ラニィ』と呼んでいた。

「ノエルダム様。わたくしも貴方様からの愛称呼びはお止めいただきたいですわ」

 ヘレナーシャが妖しく笑った。ノエルダムはびっくりして目をしばたかせている。ノエルダムは『ヘレナ』と呼んでいた。

「オホホホ。ウデルタ様。わたくしのことも愛称呼びはお止めくださいませね」

 ユリティナが口に手を当てて、にっこりとした。ウデルタは小首を傾げる。ウデルタは『ユリア』と呼んでいた。

 そこにまたしても入室者がやってきた。ガチャガチャと鎧の音をさせている。

「あ、あ、あ、あに……う……え……」

 ウデルタの顔が真っ青になった。

「やってくれたなぁ、ウデルタ」

 ウデルタの長兄チハルタ・メヘンレンドは上半身甲冑を着たままであった。チハルタはウデルタより赤い髪を短く切り揃え目も赤に近く、ウデルタと顔は似ているが精悍さが雲泥の差だ。そして何より、ウデルタと異なり、長身で筋骨隆々のまさに騎士然とした立ち姿であった。とても王立騎士団長家の跡継ぎという雰囲気である。

 チハルタの後ろからはこれまたガチャガチャと言わせて二人の騎士が息を切らせて入ってきた。

「ぼ、僕は何もしていません」

 ウデルタはすでに涙目で、首を左右にプルプルと振っていた。

「はあ? 自覚がないのか? 俺のところには今日の愚行の報告も入っているぞ」

 チハルタはメーデルが求人広告を捨てたとの情報から偵察を学園に向かわせた。そして、自分も学園へ赴いたのだ。学園に着くと偵察部隊からことの次第を聞きながら食堂室へと来ている。

「婿入りの予定だったソチアンダ侯爵家―ユリティナの家―だけでなく、テレエル公爵家―ラビオナの家―にも喧嘩を売ったそうじゃないか?」

 チハルタの眉間は紙が挟まりそうなほど寄せられている。

「あ、あれは……ユリアに言っただけで……」

「ユリティナ嬢だ。愛称呼びなど失礼だぞ」

 更に入口から声がかかった。薄手のシャツを腕まくりした美丈夫だ。

「兄さん……」

 ウデルタの次兄ギバルタだった。ギバルタは、ウデルタより茶色が強い赤髪を短めにし、チハルタほどではないが長身で、シャツから見える腕はがっしりとしており逞しさが伺えた。
 オレンジに黄色がかった瞳は少し垂れている。きっと普段は優しげに見えるはずだが、ウデルタに向けられた視線は冷たい。
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