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三十五話 消えた王子の足取りを追え

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 ゲイリーとの会談が行われる前々日の昼。私たち第一分隊は、騎士学校の食堂に集まっていた。

「いよいよ明後日ですわね」
「ああ。アルスター中の、いや、王国中の人々が注目している会談だ。ルゥは大丈夫かな……」
「お前も奴の胆力を見ただろう、ヴィンセントよ。ルゥなら大丈夫だ。我々が心配するまでもない。なあ、アイリよ?」
「うーん……」

 昼食のパンを齧りながら、私は唸る。

「まあアイリったら。何個目のパンですの?」
「僕が数えていた限りだと、十個は軽いな」
「健啖なのは素晴らしいことだ!」
「私も大丈夫だと思いたいんだけど……ルゥ本人が気になるようなことを言っていたからなあ……そこが心配で……」

 さらに追加のパンに手を伸ばす。

「うーん、うーん……あっ、もうパンがない。おかわりもらってこようっと」

 ふと気が付くと籠の中が空っぽになっていた。厨房に向かおうとすると、廊下から血相を変えたレスターさんが走ってくるのが見えた。

「レスターさん? どうしたんですか?」
「……お前たち、ルーファス王子を見ていないか!?」
「え? いや、見ていないですけど……ひょっとしてルゥがいなくなったんですか!?」
「おい、声を落とせ!」

 幸い他の人たちには聞きとがめられていない。私は口をつぐみ、仲間たちに目配せをして集まってきてもらう。場所を移動して人気のない裏庭にやって来るとレスターさんが口を開いた。

「ルーファス王子は朝からずっと部屋にいた。しかし正午過ぎに俺が部屋へ伺うと、王子が泣きついてきたんだ。そしてこう言った。自分は王子ではない、王城に残されていた影武者だ――と」
「えぇっ!? 影武者って、確かゲイリーに正体がバレた後は監禁されている筈じゃ……!?」
「一時は監禁され、ひどい生活を強いられていたそうだ。だが密かに解放され、王子と入れ替わる為に連れてこられたそうだ」
「ゲイリーの策略ですか!?」
「……直接奴から命令されたわけではないようだ。ある夜、傭兵らしき姿の男たちに解放されると、自分たちの言うことを聞けと脅されて無理やり連れてこられたらしい」
「解放っていうか、誘拐じゃないですか!」
「ああ、そうだ。だが影武者に選択権はなく、従うより他になかった。彼はアルスター伯の屋敷にやって来ると、見張りの騎士に連れられて王子の部屋に入った。そこで騎士たちは即効性の高い催眠魔法を発動させ、王子を眠らせると連れ去ったと証言している」
「アルスター騎士団の人たちが裏切ったんですか!?」
「……残念ながら、そういうことになるな。騎士団の中にもゲイリー派閥の人間が混ざっていたということだ」
「なんということだ! アルスター騎士団の中に、裏切り者がいたというのか!」

 ディランが拳を叩きつける。
 アルスター騎士団の団長はディランの父親だ。その騎士団の中から裏切り者が出てしまったことに憤りを感じずにはいられないんだろう。

「もちろんゲイリー派の騎士団員はごく一部だと思われる。それでも裏切り者が出てしまった以上、誰がゲイリー派で、誰がそうでないのか分からなくなってしまった」
「そうなるでしょうね……」
「影武者はしばらく部屋で大人しくしていたが、俺が部屋に入ると泣きついてきた。そして事情を話してくれたという経緯だ」

 ルゥは影武者と入れ替わって、レスターさんと一緒に城を出たと言っていた。ということは、当然影武者とレスターさんにも面識があったということになる。だからレスターさんは信用できると判断して、すべてを打ち明けたんだろう。

「話を聞いた俺はすぐにアルスター伯たちに事情を打ち明けた。おかげで今、屋敷は大騒ぎだ。会談直前に王子がいなくなったなんて公表すれば、アルスターどころか国中が大混乱に陥ってしまう。現時点ではあまり事態を公にするわけには行かないと判断して、密かに行方を捜しているんだ。お前たちも手伝ってくれないか?」
「もちろんですっ!!」

 教官に事情を話すと早退が認められ、私たちはアルスター伯の屋敷に向かう。屋敷の敷地に一歩足を踏み入れると、異様な空気が漂っているのが分かった。
 レスターさんは私たちを引きつれて伯爵の執務室に向かう。執務室には騎士団長やお偉いさん方が集まっていた。

「ああ、なんということだ……! 犯人は王子を攫って何をしようと目論んでいるのだ!まさか暗殺を狙っているのではないだろうな!?」
「それはないと思います」

 アルスター伯の懸念を、レスターさんはきっぱりと否定する。

「今の状態でルーファス王子を暗殺すれば、ゲイリーが疑われるに決まっています。奴の狙いはもっと別のところにあるのではないでしょうか」
「では一体何が狙いだというんだ……いや、待てよ。もしかするとゲイリーの仕業ではないかもしれない。ゲイリーと敵対する勢力が、ゲイリーに疑いを向ける為に仕組んだということは考えられないだろうか?」
「それもないでしょう。影武者が監禁されていた牢は、ゲイリーの手の者に厳重に監視されていたと言います。彼らの監視を掻い潜って出入りできたとは思えません。ゲイリーの手引きがあったと見て間違いないでしょう」
「そうか……」

 レスターさんは推理を働かせる。

「では結局のところ、ゲイリーの目的は何だと思う?」
「……奴と奴の一派が吹聴している噂にヒントがあると考えます。連中はルーファス王子が精神を患い、正気を失っているといった噂を流しているとのことですが」
「まさか!?」
「もう十年以上も文官として過ごしているので忘れている人も多いようですが、元々ゲイリーは優れた魔法の使い手でした。俺はつい先日、ここにいるアイリとの会話でそのことを思い出しました。そして改めて奴の経歴を調査し直した結果、ゲイリーがもっとも得意とするのは精神魔法であると発覚しました」
「精神魔法?」
「なるほど……精神魔法なら、よほどの術師が用いれば相手の正気を壊すことも可能かもしれませんわね」

 精神魔法に詳しいマギーが言うと、その場にいる誰しもが顔色を青く変えた。
 ……正気を壊す? ルゥの? 
 あれほどしっかりした人の正気を破壊する?
「そんなの絶対にダメ! 私たちで止めないと! レスターさん! 影武者はいつルゥと入れ替わったと言っているんですか!?」
「午前中、朝食が終わった後だと言っている。ただし影武者は入れ替わっただけで、王子がどこに行ったかは知らないそうだ。催眠魔法を使って聞き出したから間違いない」
「万事休すですか……!」

 だからといって、じっとしていられない! 私たちは独自に思い思いの場所を探しにいくことになった。
 ゲイリーは公には、まだアルスターに到着していない。だから彼が宿泊する予定の場所へ行ったところでどうしようもない。
 仮に本人に尋ねられたところで、知らぬ存ぜぬで押し通されるだけだと思う。

「アイリ!」
「レスターさん! みんな! ルゥは見つかりましたか!?」
「いや、だが……」

 街の外に出て捜索にあたり、集合時間がくると決めた場所で落ち合って情報を共有する。集合場所に到着すると、さっきまでいなかった人物が合流していた。……クリフだ!

「クリフ! どうしてここに!?」
「アルスターの付近に潜んで、調査に当たっていた……ゲイリーが何をしてくるか分からないからな……周辺に怪しいものはないかと探っていた。お前たちが街の外に出て来るのに気付くと、そこの男に接近してきたので事情を聞き出した。恐らくは自分の痕跡を残すまいと、金で雇った連中を下手人にしたのだろう……俺たちの時と同じだ」
「そうか! じゃあやっぱり――」
「十中八九、ゲイリーの仕業だ。そして俺たちの時とやり口が似ているというのなら、ルーファス王子が連行された先にも心当たりがある」
「ど、どこっ!?」
「アルスターの街の北には山がある。あの山奥には、長い間使われていない山小屋があるのを知っているか? 俺たちが雇われていた時、合流場所に決められていた小屋によく似た建物だ。以前アルスター周辺を調査していた時に発見した。一目見て嫌な場所だと思ったものだが……前回の手口と今回の手口が似ているというのなら、あそこへ連れて行かれた可能性が高いだろう。人は無意識のうちに、成功体験にこだわるものだからな」

 経験者の言葉なだけに説得力がある。第一、他に手がかりもない。

「すぐに向かいましょう! もうルゥが連れて行かれて数時間が経っています! 事態は一刻を争いますよ!」
「ああ、アイリの言う通りだ。だがこのことをアルスター伯に伝えに行く者も必要だ。……そして伝令役に適任なのは、この俺以外にいないだろうな」

 レスターさんが言う。確かに私たち訓練生が伝令に向かうよりも、彼が行った方がいい。でもレスターさんは、誰よりもルゥのことを心配している筈なのに……。

「アイリ! クリフ! それに第一分隊の皆! お前たちにルーファス王子を託す! 俺はアルスター伯たちに事情を離した後、すぐに山へと向かう! だからどうか……ルーファス王子を救ってくれ!」
「――はい!」

 レスターさんは不安を押し隠して、ルゥの奪還を私たちに頼んだ。
 なら応えるしかない! 
 私たちは視線を交わし合うとレスターさんと別れ、クリフに案内されて北の山へと向かった。
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