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三十一話 物分かりのいい仲間たち

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「どういうことだ、ジョンソン。お前は男だったのか?」

 ルゥが教官の質問に答えるよりも早く、訓練生たちが押し寄せて一斉に口を開く。

「俺たちを騙していたのか!?」
「何の目的で女子のフリをしていたの!?」
「変態! 嘘つき! 裏切り者!」

 みんな口々に容赦のない罵声を浴びせかける。ルゥは黙ってじっと受け止め、みんなの激情が去るのを待っていた。

「ルゥ……」

 心配して声をかけると、ルゥは小さく首を振る。それを見てどう思ったんだろう。訓練生たちの怒りが私にも向けられる。

「アイリ! お前、知っていたんじゃないのか!? お前たちは同室だもんな!」
「ってことは、知っていて黙っていたの!?」
「この変態に協力していたのか!!」

 私も初対面では変態呼ばわりしたから人のことは言えない。でも事情を知った今となっては聞き捨てならない。

「変態とは何なの、変態とは! ルゥにも事情があったかもしれないとは思わないの!?」

 強めに言い返すと、口論はますますヒートアップしていく。

「女装して女子寮に忍び込むような奴に、変態以外のどんな事情があるっていうんだ!」
「そうだそうだ! どうせ風呂や着替えを除くのが目当てだったんだろう! なんて羨ま――けしからん話じゃないか!」
「ちょっとあんた、今羨ましいって言いかけたでしょ!」
「おい、お前たち……」

 私たちが騒ぐ傍らで、教官はどうしたものかと往生していた。

「彼女は関係ないよ。悪いのは僕だ」

 喧騒の中、小さく呟いたルゥの声は不思議と響いた。刹那、場は水を打ったように静まり返る。けれどそれも一瞬のこと。
 ルゥが自らの非を認めたことで、再び訓練生たちがヒートアップしていく。

「ああ、そうかよ! じゃあどういうことなのか、詳しく説明してもらおうじゃないか!」
「――構わない。しかし説明はルーファス王子ではなく、俺の方からさせてもらおうか」
「え!?」

 訓練生たちが作る人の波の奥から、凛とした声が届いた。人混みを縫うように、颯爽とレスターさんがやって来た。

「レスターさん! 外出していた筈じゃ……」
「たった今帰ってきたところだ。そうしたらこの騒ぎだからな、驚いた。だが考えようによっては、いいタイミングだったかもしれない」
「どういうことですか!?」
「ゲイリーは王都にいるルーファス王子が、影武者であると見抜いたようだ。七月の表彰式でルゥを見て以来、どこか引っかかるものを抱えていたのだろう。王家の人間に反応するクリスタルを影武者に触れさせたが、反応がなかったから偽物だと見抜かれた。現在、影武者は監禁されているそうだ。俺はついさっき王城に潜んでいる協力者から報せを受け取ってきたばかりだ」
「なんですって!? ほ、本当ですかっ!?」

 レスターさんは淡々と話しながら、ベッドの際まで歩み寄ってきた。

「ゲイリーにとって傀儡である王子など、偽物でも構わないのだろう。しかしそうなると、本物の王子の存在が厄介になる――そこで刺客を放ち、密かに本物のルーファス王子を亡き者にしようと目論んだ。王子を襲った刺客は捕まえてあるのだろう? 尋問すれば口を割る筈だ」
「おい、どういうことだ? ジョンソンさん、ルーファス王子とは……?」

 教官が震える声で尋ねると、レスターさんは目線を上げて言い放つ。

「この方はイース王家直系の血を受け継ぐ最後の一人――ルーファス=クリストファー=イリアステル様です。邪悪な摂政ゲイリーに身の安全を脅かされそうになった王子は密かに城を抜け出して、このアルスター騎士学校に身を隠しておいでになられたのです」
「なっ――」

 今度はさっきまでとはまた違うざわめきが巻き起こった。

「どういうことだ!? ルーファス王子だって!?」
「寮に戻ってくると騒ぎを聞きつけたので、王家のクリスタルをお持ちしました。ルーファス様、どうぞ」
「ありがとう、レスター」

 いつか見たクリスタルにルゥが触れる。透明だった水晶が銀色の光を放ち、王子の名前が映し出された。
 ルゥがルーファス王子であるという絶対の証明。さっきまで騒いでいた誰しもが言葉を失い、目の前の光景に見入っていた。

「……この通り、僕はルゥ=ジョンソンじゃないんだ。ルーファス=クリストファー=イリアステル、それが僕の本名だ。数年前の王子誘拐事件は、摂政ゲイリーが仕組んでいたものではないかとずっと疑っていた。兄の死後、僕はゲイリーの目から逃れて身を隠してこのアルスター騎士学校に入学した。僕自身が強くなる為でもあった。正義に燃える若い騎士見習いの中から、ゲイリーと戦う同士を見つめる為でもあった」
「そうか、王子だとバレない為に女装していたのか……」

 訓練生の一人が言うとルゥは頷く。

「もちろん褒められたことではないと分かっている。だけどあのゲイリーを欺く為には、性別すら偽る必要があると考えたんだ。結局見抜かれてしまったけど、今日まで時間を稼げたのは意味があることだと思っている」
「そういうことだったのか……」
「僕は自分に与えられた時間を使って、ゲイリーが数年前の王子誘拐事件の黒幕だったという証拠を掴んだ。王子誘拐に関わった一味の中に生き残りがいて、彼から証言を得た。同時に彼がゲイリーからの依頼状を保管していたことも知った。先日レスターが受け取って筆跡を鑑定した結果、ゲイリーのものと一致すると判明したよ」
「俺はルーファス王子の専属執事であり、同時に工作員でもあります。兄と偽って騎士学校で働いていましたが、もちろん血縁関係はありません」

 もはや誰も、ルゥを非難しようとする人はいなかった。
 相手は王子様だ。騎士見習いの従士である訓練生たちが、これ以上責めるような真似をできるわけもない。

「あの摂政、前々から鼻持ちならない奴だとは思っていたけど……」
「まさか王子を誘拐した犯人だったとはな! けしからん! 臣下の風上にも置けない奴だ!」
「そういった事情があるのでしたら、ルーファス王子は悪くありませんわ。いいえ、それどころかゲイリー卿の罪を糾弾する為の材料を集めていたんですもの。ご立派ですわ。わたくし、臣民の一人として王子を誇らしく思いますわ」

 人混みの中からヴィンセント、ディラン、マギーが歩み出てきた。彼らは思い思いの言葉を告げる。
 第一分隊の三人に感化されるように、訓練生たちも同意を示し始めた。

「そうだ、そういう事情があるのならルーファス王子は悪くない! 悪いのはあの摂政だ!」
「事情を知った上で王子を責めることはできないわ!」
「証拠も押さえてあるんだもんな! なんという素晴らしい判断力と行動力! 我が国の王子はなんて立派なんだ!」
「おいお前、さっき王子を変態呼ばわりしていなかったか?」
「い、いや、俺じゃない! あいつじゃなかったか?」
「知らないなあ~! 済んだことだろ! それより今はゲイリーだ! 悪いのは全部あの摂政だ!!」
「そうだ、そうだ!!」

 すさまじい手のひら返しだ。私が言えた立場じゃないけど、みんな単純というか何というか。
 それでも、ルゥがこれ以上責められないで良かった。

「話は終わったか?」
「教官。はい、終わりました」
「ジョンソン、いや、ルーファス王子。改めてご説明を賜わりたく存じます。後程教官室にご足労を願えますか?」
「はい。教官、僕は現在この騎士学校の生徒で、あなたは教官です。どうぞ今まで通り、訓練生に接する態度でお願いします」
「……承知した。では教官室まで来てくれ。レスターさんも一緒にお願いします」
「かしこまりました」

 ルゥは立ち上がるとレスターさんを連れ、教官と一緒に医務室を後にした。
 彼らがいなくなった医務室は再び騒然となったけど校医に追い出され、食堂に場を移して思い思いのことを話し合う。
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