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十四話 腐女子無双

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「始め!」

 試合開始の号令がかけられると、何を思ったのか対戦相手がマギーに話しかける。

「君が『ベイカー家の魔女』か。話には聞いている。怪しげな妖術を使うそうじゃないか。しかし、この僕には通用しない。何故なら僕は才気煥発、魔導優秀と評判の美男子! お嬢さん、悪いことは言わない。今すぐ魔導書を下ろし、実家に帰りたまえ」
「あら、唐突に何をおっしゃいますの?」
「僕は前々から、女性は武器など持つべきではないと考えているのだ。我が分隊にも女性はいるが、彼女にも再三騎士学校を辞めるよう勧めている。女性に戦いは似合わない。立派な男に愛され、子を産み、良き母、良き妻として生きるべきだ。それこそが神のご意志であると言えよう」
「ご高説、痛み入りますわ。同時に先程、うちのヴィンセントと戦った女性にご同情致します。現時点で第二分隊唯一の白星をあげたのは彼女だけだというのに、あんまりな言われようですわね」
「そうよー! あんた普段から鬱陶しいのよー!」

 第二分隊のベンチから、さっきの女の子が同意の声を上げる。

「もちろん貴方のおっしゃるようなことも、女性にとって一つの生き方ですわ。そのような生き方を選ぶ方を否定するつもりはございません。けれどそれは、あくまで本人が選んだ上のことではなくって? 少なくともわたくしは、自らの選択の結果この場におりますの。貴方から押し付けられる謂れはありませんわ。貴方は一見紳士的ではありますが、その実、女性を型に押し込める傲岸不遜な方ですのね」
「何だと! せっかく君の為を思って言ってやっているのに!」
「ほら、そういうところですわ。反論されれば激昂する。二言目には『君の為を思って』。そんな反応が出る時点で、相手の為ではなく自分の為だと表明しているようなものではなくって?」
「くっ……言わせておけば!」

 男は魔法媒体の杖を構える。その反応を見れば、舌戦はマギーの勝利だというのが一目瞭然だった。マギーも魔導書のページを捲る。

「うふふふ……貴方のような人が相手なら、わたくしも容赦する必要がありませんわね。さて、どの設定(シチュエーション)の餌食にしてやりましょうか……なんだかんだ言って、まだ初心な少年のようですから優しい内容で……」
「何をブツブツ言っている! そちらから来ないのなら、こちらから行くぞ!」

 呪文を詠唱して右手をかざすと、杖の先にエネルギーが収束されていくのが見えた。

「危ない、マギー!」

 私は思わず叫んでしまった。だってマギーってば悠長にページを捲っているばかりで、ちっとも戦う素振りがないんだもん!
 相手の気迫なんかどこ吹く風だ。彼女はあるページで指を止めるとにっこり笑い、形のいい唇を開いた。

「ふふっ、行きますわよ――“バラ色の学園物語”!!」
「何!?」

 マギーが右手をかざして呪文を唱えると、相手の動きが止まった。
 時間にしてわずか一瞬。みるみるうちに相手から戦意が失われていく。
 まるで白昼夢を見ているような顔をしていたかと思うと、呆けた表情でガクっと膝をついた。

「ていっ」

 そこにマギーが棍棒で殴り掛かる。ちょっと頭を小突いただけでバタっと倒れ込み、そのまま動かなくなった。

「そ、そこまで! 第一分隊の勝利!」
「やりましたわ!」

 勝利は勝利だけど、何が起きたのかサッパリ分からない。場外もざわつき、教官はマギーに説明を求めた。

「ベイカー、今のはどんな類の魔法なんだ?」
「相手の心に働きかける類の【精神魔法】の一種ですわ」
「精神魔法か」

 精神魔法については、こないだ座学で習ったばかりだ。
 この世界の魔法には、大きく分けて三種類ある。
 炎や雷で対象を攻撃する「物理魔法」。
 魔力(マナ)の力で傷や病を癒す「回復魔法」。
 そして対象の精神に作用する「精神魔法」の三種類だ。
 物理魔法の発動には魔法陣、魔導書、魔術師の杖(ウィザードロッド)といったような媒体が必要になる
 精神魔法の発動には魔導書が必要だ。
 回復魔法は体系が違うので、媒体を必要とせず、呪文の詠唱だけで発動できる。
 ちなみにどの魔法も、使い手に素養がない限り発動できない。たとえば私は魔法の素養がないからどの魔法も使えない。

「マギーは精神魔法が得意だったんだ。私はてっきり物理魔法だけかと思っていたよ。あれ、ヴィンセント。どうしたの? 顔色がさらに悪くなってない?」
「ううう……」

 ベンチの上で震えるヴィンセントを背後に、マギーは嬉々として説明を続ける。

「わたくしの魔法は、この魔導書に記されている設定(シチュエーション)に相手の精神を引きずり込み、仮想の世界を体験していただく魔法ですの。魔導書の設定(シチュエーション)は、わたくしの心に浮かぶ風景を魔法筆で執筆したものですわ。専用の魔導書に、自らの心象風景を記したわたくしでなければ、精神魔法は発動させられませんのよ。魔法をかけられた相手は、現実世界よりも生々しい仮想世界を体験しますのよ。名付けて『仮想現実(ヴァーティアールリアリティ)』ですわ!」
「そうか。高次元の精神魔法は抜群の効力を発揮するが、こういう試合形式の場では観客に見えないので盛り上がりに欠けるな。一体どんな設定(シチュエーション)を発動させたんだ?」

 観戦していたみんなが気になっていたことを教官が尋ねると、マギーは満面の笑顔で語りだした――。

***

「う……ここは……?」

 気が付くと、僕は寮の部屋にいた。ベッドの上で横になっている。窓からは夕日が差し込んでいる。
 そして窓辺には、同室の男の姿があった。僕が目を覚ましたのに気付くと、奴は振り返って笑いかける。

「良かった、目を覚ましたのか」
「僕は……」
「意識を失う前のことを覚えているか?」
「僕は確か、第一分隊の女と戦っていた筈では……」
「敗北して気を失ったんだ」
「何だと……!?」

 ルームメイトの言葉に、僕は頭を抱える。
 敗北したことなど覚えていない。しかし僕がこうして自室で横になっていた以上、それは事実なのだろう。

「そうか、僕は負けたのか……情けない」
「たかが一度の敗北ぐらいで、そう卑下することはないだろう」

 ルームメイトは軽く言う。その物言いにムッとした僕はルームメイトを睨んだ。

「たかが一度とは何だ! 僕は第二分隊の誇りを胸に抱き、決闘に臨んだのだ! それがまさか、か弱い女性に負けるとは……屈辱だ……!」
「女に負けるのが、そんなに悔しいのか?」
「当然だ! 僕は男で、騎士を志す身だ! 女性に負けるなどあってはならない!」
「ならば騎士など諦めたらどうだ?」
「何ッ!?」
「お前の理屈で言うのなら、女は騎士になるべきではない。ならばその女に負けたお前も、騎士に相応しくないのではないか?」
「くっ……!」
「第一、お前はこんなにも美しい」

 ルームメイトは僕に近付くと、ベッドに片手をつき、もう片方の手を僕の肩に添える。
 至近距離で見つめられる。相手の眼差しは真剣そのものだが、僕は何を言われているのか理解できない。

「騎士など目指さずとも、生きる道はいくらでもある。男に――そうだな、俺に愛される人生はどうだ?」
「なっ、何をバカなことを! ふざけるのも大概にしろ!!」
「ふざけてなどいないさ。俺は本気だ。なあ、お前は負けた。お前は弱い。弱い者に戦いなど似合わない。強い者に従い、強い者に慈悲を請う。それこそが弱者が生きる唯一の道、お前の信条でもあったんじゃないか?」
「ぼ、僕はっ……! くっ……!」

 ベッドに押さえつけられる。男の腕が僕の体に伸びてくる。
 全身に鳥肌が立つ。それなのに、悲しいことに確と押さえつけられた僕の体は動かない!

「止めろ、離せ、止めてくれっ!!」
「お前自身が言ったことじゃないか。それとも他人には押し付けられても、自分自身で実践するのは嫌なのか? それはいけないな。自分の発言には、最低限の責任を持つべきだ」
「僕は、僕は……な、何故だっ!? 何故僕は、自らズボンのベルトを外し始めているのだ!?」
「それがこの世界の設定(シチュエーション)だからだ。お前の抗魔力では逆らえない」
「な、ん、だと……!?」
「一度この魔導書の世界に捉われてしまった以上、お前は物語が終わるまで逃れられない」

 男の腕が伸びてくる。
 全身に鳥肌が立つのに、僕の体は動かない!
 それどころか、自分の腕が男の背中に回される!
 逃れたい! しかし逃れられない! 心の底から嫌がっているのに、体は相手を求めている!

「嫌だ……嫌だ……!」
「さあ、大人しく俺に抱かれろ。お前が押し付けた生き方を、一度その身で実践してみるといい」
「やめ、止めろ! 変なところを撫でるな! 鳥肌が……ひっ、やめ、うわああああぁぁ――ッ!」

 迫りくる男の顔を前に、僕の視界は暗転した――。

***

「――というシチュエーションですわ」

 マギーが語り終えると、場内は水を打ったかのように静まり返った。
 みんなドン引きしている。マギーの対戦相手だった男は、チームメイトと観客から同情の視線を注がれていた。
 私の背後では、ヴィンセントの震えがさらに激しくなっている。

「マギーは小さな頃から、将来政略結婚することが決まっていた……彼女自身もその運命を受け入れた。ベイカー家の令嬢に生まれた者の務めだと言ってね……おかげであの子には、自由恋愛が一切認められていない。成長するにつれ芽生えてきた異性への関心を、男同士の関係を愛でるという形で昇華させるようになってしまったんだ……!」
「ああ、それで――」
「マギーに魔導書を渡した大叔母も同じ運命を辿った人だった……幼い頃から薫陶を受け続けたマギーは、あの年齢にしてすさまじい発酵を遂げてしまったんだ!」

 腐女子は前世の世界でも珍しくなかった。私は特に好きじゃなかったけど、かといって嫌いだったわけでもない。
 それだけに腐女子の妄想が、場合によってはかなり恐ろしいと理解している。特に男の人にとっては、かなりえげつなく感じる妄想もあると思う。

「ねえ、ひょっとしてヴィンセントも、あの魔法を食らったことがあるの?」
「聞かないでくれ!!」
「あ、ごめん」

 この反応、確実に食らったことがあるな。私はつい同情の眼差しでヴィンセントを見てしまう。

「だからって、あれを女の標準だと思われても困るんだけど」
「うちの一族の女性は、あんなのばっかりだぞ!?」
「そ、そうなんだ」

 この世界の貴族って一体……。
 私は認識を改める。この分隊でおかしいのは男だけじゃない。マギーも変人だ。この分隊にまともな人間は、私一人しかいない!
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