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一章

三話 帝国の皇子

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 アリーシャはセバスチャンに案内されて、アストラ帝国の宮殿内を歩く。

 アストラ帝国は大陸屈指の大国だ。
 宮殿は荘厳で豪奢。そして広い。柱一つとっても巨大で質が良く、美しい彫刻が施されている。
 美しい模様が刻まれた床に、等間隔に配置された芸術品。天井からはシャンデリアが幾つも飾られている。
 さすがは世界有数の強国だ。アリーシャは圧倒されてしまう。
 
「……凄いですね。宮殿の中って、こんなに豪華な造りになっているのですね」
「はい。皇帝陛下のお住まいである宮殿は、特に手がかけられているのですよ」
 
 やがて二人は謁見の間に到着する。
 扉が開かれると、真正面にある王の椅子の傍らに、金髪碧眼の青年が佇んでいた。
 肩の上で丁寧に切り揃えられた金髪がサラリと揺れる。
 白を基調とした仕立ての良い服に身を包み、帝国の紋章がついたマントを羽織っている。
 青年はアリーシャの姿を認めると、爽やかで優しい微笑みを浮かべた。
 
「やあ、聖女アリーシャ。セバスチャンから話は聞いているよ。父上を助けにわざわざアストラ帝国へ来てくれたそうで、感謝するよ」
「は、はい……アリーシャでございます、以後お見知りおきを――」
「ははっ、そう固くならないで。僕はロラン。ロラン・エル・アドアストラ。一応、この国の第二皇子さ」
 
 ロランは端正な顔に美しい微笑みを浮かべる。
 まるで芸術品を思わせるような美しい笑顔だった。
 
「よ、よろしくお願いいたします……」
「君の事は報告で聞いているよ。なんでもセバスチャンが助けを求めに行った時に、神殿から追放されていたんだって? 一体どうしてそんな事になったのか、教えてもらってもいいかな?」
「……ええと、実は――」
 
 アリーシャは神殿を追放された経緯について、かいつまんで話した。
 すると話を聞いたロランの表情が、どんどん険しくなっていく。
 
「そんなにひどい事があったのかい!? 君は毎日真面目に働いていたのに、ルイン王家も神殿の人たちも報いてくれなかったんだね。なんてひどい話だ……!」
 
 ロランは拳を握りしめて怒る。その気迫に、彼が表面上の同情ではなく、本気で怒っているのが伝わってきた。
 突然神殿を追放され、行き場もないままアストラ帝国に連れてこられた。
 アリーシャは、今回の件で初めて自分の為に怒ってくれる人に出会った。胸が迫り、感情が込み上げてくる。
 
「ありがとうございます、ロラン殿下……そう言っていただけるだけで、私の心は救われます……」
「何を言っているんだ、この程度で救われてはいけないよ。よし、アストラ帝国から正式に、ルイン王国と神殿に抗議を入れよう。それと行き場がないのなら、ぜひこの宮殿で暮らしてくれ」
「そんな、恐れ多いです!!」
「アリーシャは父上の治療を継続しないといけないんだろう? なら外で宿を手配するよりも、宮殿で一緒に暮らしてもらった方がいいよ。もしもの時にはすぐに駆けつけられるしね」
「ですが、アストラ帝国の方々に迷惑がかかりませんか……?」
「問題ないさ。宮殿で働いている使用人は皆優秀だし、聖女のお世話を出来るなんて光栄な事だからね。君は何も心配しないで、安心して暮らしてくれればいいよ」
「あ、ありがとうございます……!!」
 
 アリーシャの了承を取ると、ロランはすぐにセバスチャンたちに指示を出す。そしてアリーシャの部屋を用意しに向かわせた。
 こうしてアリーシャは、アストラ帝国で暮らす事になった。
 恐縮しながら感謝するアリーシャを見て、ロランは目を細めて微笑む。

「それにしても、こうしていると思い出すね。アリーシャ、君は前に僕と会った時の事を覚えているかい?」
「え……!? 失礼ですが、ロラン様とは初対面の筈だと記憶しておりますが……」
「……ふふふ、はははっ! やっぱり君は忘れているんだね、アリーシャ。僕と君は十年前に会っているんだよ」
「えぇっ!?」
 
 アリーシャは驚愕する。
 彼女の記憶では、生まれてこの方ずっと聖ルイン王国領で暮らしてきた。
 アストラ帝国を訪れた事は一度も無い。
 
「まさか、そんなはずは……」
「当時の君は、ルイン王国の辺境にある村で暮らしていたね」
「そ、それってもしかして、私の故郷のルミナ村ですか!?」
「そうだよ。あの村の近くには、僕たち帝国皇族の別荘があったんだ。思い出すなあ、別荘を抜け出した先でアリーシャと出会い、魔物につけられた傷を癒してもらった日の事を。皇子として同年代の女の子と遊ぶ機会が少なかった僕は、君と過ごす日々がとても新鮮だったんだ」
「そ、そんな事って……!」
 
 ロラン皇子の言葉にアリーシャは震える。
 そして思い出す。子供の頃の記憶を――。





 十年前。まだアリーシャが八歳の頃の、一夏の思い出。
 教会近くの森で出会った、金髪碧眼の男の子がいた。
 その男の子は怪我をしていたから、アリーシャが駆け寄って治療した。

 その時は普通に手当をするつもりだった。
 だがその時、初めてアリーシャに治癒の力が備わっていると発覚したのだった。アリーシャは一瞬で少年を癒してしまった。

 少年はその事にとても感動し、「君は女神様が遣わしてくれた天使なのかもしれないね」と言って笑った。



 それ以来、少年はよくアリーシャの元へ訪れるようになった。
 少年はある時は元気いっぱいで、ある時はクールで、ある時は優しかった。
 そんな不思議な彼に翻弄されているうちに、アリーシャは彼を好きになった。
 名前すら知らなかったけど、彼はアリーシャの初恋だった。
 
 だが、夏の終わりに悲劇が起きた。
 少年が住んでいたお屋敷が火事になったのだ。
 幸い火事は一晩で消え、背の高い外壁で覆われていた為に外部への延焼もなかったが――屋敷に生存者は一人もいなかった。

 アリーシャは火事で男の子も死んでしまったと思い込み、悲しみに暮れた。
 そしてその事件の直後、アリーシャの癒しの力が聖女適性であると発覚した。
 アリーシャは聖女見習いとして、神殿へ修行に出される事になった。

 神殿でアリーシャは、聖女の修行に打ち込むようになった。
 あの少年の魂を慰める為にも、彼が見出してくれた力を大勢の人々の役に立てる為にも――。
 
 だが、あの『お屋敷の男の子』は死んでいなかった。
 当時の思い出を知るロランが、目の前にいる。思い出の中の初恋の少年と、目の前のロランの顔が重なる。
 確かにロランの顔立ちは、あの少年が成長したらこうなるだろうと納得できた。
 




「あの時の男の子は、ロラン様……あなただったのですか?」
「そうだよ。アリーシャ」
「じゃあ、あの時の火事を逃げ延びて、帝国に戻って皇子様になったのですね……」
「そういう事になるね」
「私は、ずっと勘違いしていたんですね。てっきり、もう亡くなってしまっていると思っていました……申し訳ありません、ロラン様」
「いいんだよ。当時は帝国内でも色々と揉め事があってね。君に別れを告げる前に、どうしても帝国に戻らなければならなかったんだ。そのせいで君の心に傷を残してしまったのなら、僕の方こそ謝らないといけないよ」
「ロラン様……!」
 
 アリーシャの目から涙が流れる。
 恨む気持ちは一切ない。ただ無事にこうして生きて再会できた事が嬉しかった。

「これからはまた昔のように、仲良くしようね。いつでも気軽に会いに来てくれていいから」
「はい……!」
「もちろん僕からも君に会いに行くよ。いいだろう?」
「はい、もちろんです……!」
「ふふ、ようやく笑ってくれたね。君には笑顔がよく似合う」
「あ……」
 
 その時初めて、アリーシャは自分が泣いている事に気づいた。
 嬉しさと懐かしさがこみ上げてきて、つい笑みが溢れてしまう。
 ロランはアリーシャに歩み寄り、頬を伝う涙を指で拭った。
 
「……!?」
「可愛いよ、アリーシャ」
 
 ロランはアリーシャの顎を持ち上げると、アリーシャの瞳をじっと見つめる。
 彼はアリーシャの肩を抱くと、そのまま顔を近づけた。そして――。
 
「……おいロラン、待て!! 彼女から離れろ!!」
「――っ!?」
 
 その時、謁見の間の入り口から威勢の良い声が飛んできた。
 驚いたアリーシャはロランの腕から逃れて距離を取る。
 そして振り返ると、そこにいたのは……。
 
「えぇっ!? ろ、ロラン様っ!?」
「……あちゃー」
 
 アリーシャの目の前にいるのはロラン。
 そしてたった今、謁見の間に飛び込んできたのもロランだった。

 いや、正確には違う。
 今まで会話を交わしていたロランはプラチナゴールドの髪をしているが、謁見の間に飛び込んできた男性はイエローゴールドの髪をしている。

 髪型もワイルドで、赤を基調とした服に帝国の紋章付きマントを羽織っている。
 顔の造形そのものは同じなのに、顔つきが違う。ロランは爽やかで優しい顔立ちだが、飛び込んできた方は険しく凛々しい顔立ちをしている。

「ええぇっ!? ど、どういう事なのですか!?」
 
 混乱するアリーシャに、ロランによく似た青年が歩み寄る。
 そしてロランの手から庇うように、アリーシャを引き寄せると背後に隠した。
 
「ロラン! この俺を差し置いてアリーシャに手を出そうとするとは、どういう了見だ!? 抜け駆けは許さないぞ!!」
「ごめんごめん、兄さん」
「に、兄さん……!? あ、あなたはロラン様のお兄様なのですかっ!?」
「ああそうだ。久しぶりだな、アリーシャ。俺の名はハイラル・アル・アドアストラ。アストラ帝国の皇太子だ。年齢はロランと同じ二十歳だ」
「えっ、えぇーーーっ!? ロラン様は双子だったのですか!?」
「……正確には、双子じゃなくて三つ子だよ……」
 
 背後からさらに一人、別の声が聞こえてくる。
 振り返るとそこにいたのは、やはりロランやハイラルにそっくりな青年が佇んでいた。
 ただし髪の色はピンクゴールドで、髪型は無造作で片目を隠している。

 青を基調とした仕立ての良い服に、やはり帝国紋のマントを羽織っていた。
 極めつけは、感情の起伏の分かりにくい無表情だ。ハイラルやロランとそっくりな顔立ちなのに、印象が全然違う。
 
「……エクレール・ウル・アドアストラ。一応帝国の皇子……久しぶりだね、アリーシャ」
「えっえっえっ!?」
「俺たち三人は、三つ子だ。一応区別をつける為に、上から順にハイラル、ロラン、エクレールとなっているが全員同い年だ」
「そして、僕たちは三人とも十年前にアリーシャに会っているんだ」
「入れ替わり……してたから……誰がアリーシャに一番好かれていたかは、分からない……」
「なっ、なんですってーっ!!?」
 
 衝撃的な事実にアリーシャは開いた口が塞がらなかった。
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