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最終章

第四十九話 多次元戦争─乱─

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「貴様どこを見ている?我が目の前に居るというのに、余所見をするでない」

 ベルゼバルは初対面のミーシャに惚れ込み、一丁前に嫉妬をしているようだった。ラルフは声こそ聞こえていないものの、何らか面倒な目に遭っていることに気づけたので戻ってこれるかをジャスチャーで確認してみた。ミーシャはそれは無理だろうと初手で首を振る。

「仕方がない。俺が出向くしかないな」

 とはいえ空を飛ぶことの出来ないラルフにはミーシャの元に行くのは困難に思える。こんな時、いつもならアンノウンに召喚獣を出してもらうか、アルルに浮遊魔法をかけてもらうかの二択だが、今回面白そうな登場に挑戦することにした。

「……ん?」

 それは不思議な光景だった。ミーシャの足元の真横、何も無いはずの空間に穴が開き、草臥れたハットがせり上がってきた。ラルフは出口をミーシャの足元に設定し、入り口となる異次元の穴を頭から徐々に出していくことにより、舞台装置のような挙動で出現することに成功した。空を飛んでいるように錯覚するが、足は甲板についているので微妙なところだ。

「何っ!?貴様い、一体どこから!!」

 あからさまに狼狽するベルゼバルを微笑ましい気持ちで見ながらラルフはニヤリと口角を上げる。

「説明したところでお前に理解出来ることじゃ無い。そんなことより、俺のミーシャをよくも可愛がってくれたな……ここでこの俺に殺されても文句は言えねぇぜ?」

 ラルフは胸を張り、踏ん反り返りながらベルゼバルを挑発する。その言葉を聞いた瞬間、ベルゼバルの顔はスンッと無表情に変わる。

「そうか、貴様の名はミーシャというのだな?それはそうとして『俺のミーシャ』だと?貴様はミーシャの何なんだ?」

「俺が何かって?そりゃミーシャの左手薬指に嵌った指輪を見れば察するところじゃねぇかい?」

 その言葉にミーシャもハッとして左手の甲を見える位置にかざす。薬指に光るシンプルなリングはすっかり手に馴染んでいるように見えた。

「……それがどうした?何が言いたい?」

 言葉は通じるのに文化が違うためか、話が一瞬止まってしまう。ラルフは咳払いを一つしてミーシャの左手薬指を指差した。

「こいつは婚約の証だ。つまり俺とミーシャは夫婦ということだ」

 明言は避けていたのだが、回りくどくしては話が伝わらないと感じ、あえて直球を選んだ。
 ベルゼバルの目は大きく見開かれ、ミーシャとラルフの間を行き来する。

「……事実か?」

 ミーシャに恐る恐るといった感じで聞いたベルゼバル。この質問にミーシャは鷹揚に頷くと当たり前だという顔で自慢するようにかざし続けた。見る間に怒りが込み上げてくるベルゼバル。しかし、この怒りは指輪を自慢げにかざしたミーシャにではなく、ラルフに向いていた。

「何故貴様のようなカスにミーシャを取られなければならんのだ!!」

 けたたましい叫び声で威嚇されたラルフは耳を穿ほじりながら肩を竦めた。

「おいおい……そりゃ先に出会った俺がミーシャに気に入られただけってことだろ?お前は別の世界に居たんだから出遅れるのは当然なわけで……まぁ”運命”って奴?」

 ボアッ──

 ラルフの言葉を聞いた瞬間、ベルゼバルはキレた。自分が今、最も欲する存在をものにしたラルフが憎い。筋肉を隆起させ、全身から殺意とエネルギーを放出する。その気にあてられたラルフは苦々しそうに顔を歪める。

「えぇ……なになに?何でそこまでキレるの?」

「我とミーシャの出会いこそが運命なのだ!!貴様の入り込む余地など存在せんわ!!」

 ベルゼバルの怒りに呼応して虫魔人たちも戦闘意欲が向上していく。ベルゼバルが前に出てきてから少しの間止まっていた戦場に火を入れられたような活気が戻ってくる。今この瞬間にも再開しそうな中、ラルフはミーシャに伝える。

「ここは俺に任せて下がっていてくれ。あ、大丈夫大丈夫。俺を信じてくれよ」

 一刻も早くこの勘違い男から引き離そうとする。その行為をあからさまに感じたベルゼバルは右手で振り払う動作をしながら叫んだ。

「鬱陶しいわラルフ!!どこまでも我の神経を逆なでする!!こうなったらこの世界を破壊してくれる!!」

 パァンッと柏手を打つ。するとその音に反応したように、次元の穴からつるんと黒光りする巨大な何かの顔が姿を現した。
 イビルワーム。山を食いそうなほどデカイ体を無理矢理ねじ込み、ベルゼバルの部下を押しのけて出てきた。目も鼻もないが、小さな歯がびっしりと生え揃った口だけがあった。

「何だぁありゃぁ……」

「ふはははっ!怯えろ!!全てを喰らい尽くすイビルワームを前に貴様らは為す術もないわ!!」

 よほど自身のある言い方にラルフはニヤリと笑った。

「何かデカすぎるからさ、輪切りにして元の世界へ送還してやるよ」

 そういうとラルフは手をかざしてぎゅっと手を握る。

 ──ゾンッ

 鳴り響いたその音はイビルワームから発せられていた。メリィッと粘着物質がゆっくりと剥がれるような音を出してイビルワームの頭が落ちた。そして地面に落ちる前に巨大な穴が出現し、頭は虚空へと消えた。
 何が起こったのか分からなかったベルゼバルを前に、ラルフは両手を広げた。

「悪いが侵略者はお前じゃない。俺こそが多次元の扉を開く、文字通りの侵略者だ」
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