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最終章

第五話 反発

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『不快極まる』

 全てがあの男……ラルフの意のまま。

 何故そうなるのかアトムは理解している。
 それは自分を犠牲にすることをいとも簡単に提案出来るからだ。ラルフは自分の命を担保に選択肢を狭め、自分の出した要求を通りやすく持って行く生粋のギャンブラー。死ぬこと自体には忌避感を持っているが、いざという時は命を張れる。
 しかしその程度ではまだ足りない。上位者はラルフの意気込みを大なり小なり買ってはくれるが、結局相手の考えを覆すほどには至らない。ラルフが一人で生きて来た時は全てを投げ出して命を拾いに行くほどに生き汚い。
 もしラルフの意見を丸々通すことが出来るとしたら、神の勅命も意思をも排除出来る力。全てを跳ね除ける破壊不可能の壁が必要となる。

 それは奇跡的に存在した。ミーシャだ。ミーシャという壁を見た途端に皆が引き返し、ラルフが提示したものこそ唯一無二の道なのだと錯覚し、それに向かって進んでしまう。
 たかだか一人間の咄嗟に出た逃げ口上に、神を含めた全員が回り道を要求されてしまう。

 ミーシャはそれほどまでに強いのだ。

 最近では戦闘面に優れた神、力の神エレクトラ、光の神ユピテル、闇の神イリヤの三柱の神々がことごとく倒されてしまった。
 アトム自身が見聞きしたわけではないので確証はない。多分ミーシャがやったのだろうという確信があるというだけなのだが、他に誰が神の化身を殺せるというのか。

 この世の理を無視した魔の王ミーシャ。
 サトリは創造主として神々の一歩先に抜きん出たといって過言ではない。

『認めん』

 アトムはキレた。ミーシャに勝てないのは百万歩譲って我慢出来てもラルフに良いようにされるのだけは我慢出来ない。他の神々が妥協してもアトムは妥協しない。

 サトリの制作物によって起こされた暴動。それに手助けするという裏切り行為。そんなサトリの行動が見直されようとしている。

 ラルフの口八丁手八丁が神々の心を変えた。

 それを咎め、何とかしようとしているアトムを無視し、邪魔者のように扱う神々。責められるべきはサトリであるはずなのに、現在は戦いを放棄した四柱を除く半数が裏切ろうとしている。
 あり得ない珍事だ。

『クククッ良いだろう……貴様らがその気なら私は全力でそれを否定する』

 統御とうぎょの神アトムは反発する。
 10柱存在する神々の中で戦闘能力はそこそこという立ち位置にいながらも、全てを敵に回していく決断を下した。

 他の神には頼れない。ここが……ここからがアトムの正念場。



 最近いつも見ている天井を眺める。朝起きた時、夜寝る時、この天井を見て安心する。「ああ、俺はきちんとここに居る」と実感するのだ。

 左側でぐっすりと眠るミーシャは、ラルフの痩せ我慢騒動からこっち、殊更ことさらに抱きついて眠るようになった。
 引っ付いていないと色々不安なのだろうと察するが、寝返りがし難いことこの上ない。

 神に協力を頼んだラルフは肉体に戻され、粛々とその時を待ち望んだ。次元渡りのその時を──。

「どうするかなぁ……」

 実はまだ次元渡りについてみんなと話し合ってはいない。
 この世界からの脱却。
 一旦自分の肉体に戻るための方便であったとはいえ、勢いのままに話し過ぎた。
 アトムを引き合いに出したお陰で色々上手く言ったが、ちょっと露骨過ぎたと反省している。アトムに対し、弁解の機会があれば謝罪したいところだが、この調子だと永遠に訪れなさそうだ。
 ラルフはチラリとミーシャを見る。

(ミーシャを連れていくとなったら、ベルフィアは確実についてくるだろうな。ブレイドとアルルはどうだろ?ブレイドがついてくるってなったらアルルは来たがるだろうけど、アイナさんって言う素敵な母親がいるし、マクマインは父親なんだよな……。親族に黙って連れて行くか、相談すべきか……。まぁここはアルルの気分に任せよう。ジュリアはどっかの国に行くあてもないだろうからついてくるだろ多分。となればデュラハン姉妹も……)

 深夜ふと目覚めて中々寝付けない時に急に巡る考え。
 完璧な答えなど出るわけもない堂々巡りの考察を延々と続け、いつの間にかうとうとし始める。

 死の危険から逃げ切ったと思い込む浅はかなトレジャーハンターは、ようやく掴み取った束の間の休息を噛み締めつつまどろみの奥深くへと沈んでいく。
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