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第十五章 終焉

第五十七話 戦いの余韻

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 アルテミスが死んだ直後、大陸中の生き物たちが正気を取り戻した。

「撤退だ!!撤退しろぉっ!!」

 誰より早く反応したのは第三魔王”黄泉”。魔族は最初こそぼーっとしていたが、自分たちが良いように使われていた記憶が蘇り、すぐに撤退をし始めた。ゼアルたちのところに行っていた魔族はほぼ全滅させられていたが、生き残った魔族は逃げることが出来た。ゼアルたちも正気に戻ったばかりでぼーっとしていたのが逃げる時間を作ったようだ。
 戦い終わったロングマンたちは武器をしまって飛んでいく魔族を見送る。何が起こったのかはきちんと記憶している。感情を操られ、どうしようもなくその通りに動かされていただけなので意識がなかったわけではない。

「ふんっ、自滅とは間抜けなことよ。いやしかし、何故あの程度の雑魚がこうも煩わせるのか……」

 ロングマンは腕を組んでその場で考え始めた。その様子を見ていたパルスたちも特に何をするでもなくそこに佇む。そこに藤堂が声をかけた。

「おやぁ?逃げねぇのかい?」

 挑発するような物言いに睨む程度のことはするが、それ以上の動きは見せない。藤堂は監視目的でその場に座り込んだ。ラルフの力になろうとするその忠誠っぷりにロングマンはため息をつく。

「何が目的だ?そうまで奴に尽くして何を得る?」

「何度も言ってんだろ?俺ぁただ帰りてぇだけ。そしてその力を持ってんのがラルフさんなだけ。簡単な話だろ?」

 元の世界に帰る。それが元々の目的。

「帰る……か」

 ロングマンは反芻するようにポツリと呟いた。



 ──ガシャァンッ

 突然地面に投げ出された金属の塊にゼアルたちは目を見張った。赤黒い禍々しい鎧の残骸。薄っすら魔力を纏っているところから魔道具であることが予想される。そしてゼアルはこの魔道具に見覚えがあった。
 目を見開いて鎧が排出されたであろう先を確認すると、思った通り空間に穴が空いている。間違いなくラルフの仕業であると確信できた。

「……ラルフッ!!」

 ゼアルは剣を構えて異次元の穴に踏み込もうと足に力を入れた。だが穴から覗いた顔を見てすぐにブレーキを掛ける。

「おおっとそこまでだぜ。あんたの上司がどうなっても良いなら話は別だけどなぁ?」

 髪が乱れてぐったりしているマクマインの顔だ。きっと気絶しているのだろうことが窺い知れる。襟首を引っ掴んでグイッと前に出した手は忘れもしないラルフの右手だ。マクマインを盾にしてゆっくりと顔を出し牽制する。

「貴様……公爵を離せっ!!」

 今にも飛びかかってきそうなゼアルに対しナタリアが肩を掴んで止める。

「ダメよゼアル、あんな奴の挑発に乗っては……。それにしてもなんで公爵をこんなところにまで連れてきたの?」

「俺との決着をつけるためにわざわざお越しいただいたのさ。結果は……見ての通りだけどな」

 ラルフは得意満面にマクマインの醜態を晒す。そろそろ我慢の限界を迎えようかというゼアルの前にガノンが立ち塞がった。

「……手前ぇ……老人を甚振いたぶって楽しいかよ?男の風上にも置けねぇ野郎だぜ」

「その老人は今やあんたらよりずっと強いんだけどな。俺じゃなきゃ死んでたね、マジで」

「ふはっ!面白いことを言う。……ラルフよ、その根拠はどこにある?」

 アロンツォはニヤニヤと笑いながら質問を投げかけた。ラルフは肩を竦める。

「根拠?ねぇよ。だって誰も見てないからな」

「……証明出来ねぇってんじゃ俺の言葉は否定できねぇ。ここで叩き斬られても文句は言えねぇってこった」

 ガノンの自慢の大剣が地面をザリザリと抉る。間合いが遠いのに気迫だけで目の前にいる気持ちにさせられた。実際彼ら白の騎士団なら一息でこの間合いを詰めることだろう。ゼアルだってナタリアに止められていなければコンマ1秒にも満たない速度でラルフに迫り、首を斬っていただろうことは想像に難くない。
 いくら強化されたとは言え、ゼアルの速度には対応できない。強化前のゼアルならいざ知らず、今のゼアルには天地がひっくり返っても勝てない。たまたまマクマインに特化していただけだ。

「俺とやろうっての?良いぜ、掛かってきなよ」

 だと言うのにラルフは挑発に入った。襟首から手を離し、地面に落ちるマクマイン。その瞬間のゼアルの行動は早かった。覚悟を決めて飛び込んだゼアルの速度は前述の通りコンマ1秒にも満たない。マクマインの体が地面に着く前にラルフの前に辿り着いた。

 ──ヒュンッ

 しかし何をするでもなくマクマインを連れて元の場所に戻っていた。この場の全員が驚きの表情を見せる。

「あらら?こりゃ意外だな……」

 ハットの鍔を指で押し上げながら目を丸くしている。ゼアルはフンッと鼻を鳴らしてラルフを睨んだ。

「貴様の魂胆は分かっている。一人でないことを含めてな」

「何よバレてるじゃない」

 ゼアルの指摘に次元の穴から顔を出したのはミーシャ。ゼアルが攻撃を仕掛ければ、すぐにミーシャが止めに入るところだったのだが、ゼアルは公爵の救助を優先して攻撃はしなかった。それを見たゼアルの部下、並びにガノンやナタリアは呆れた顔を作り、アロンツォはくつくつと笑った。

「抜け目ないとはこのことよ。奴は結局単なる囮に過ぎない。大方、公爵も奴の罠にはまって倒された口よな」

「ま、そう言うことだ。俺的にはこんな面倒なことであんたらの気を惹こうなんてこれっぽちも思ってなかったんだよなぁ。マクマインをイルレアンにほっぽり出しても良かったんだけど、英雄が道端で倒れてたら格好がつかないと思ってさ。配慮って奴かな?てことで、後は任せちゃっても?」

「……行け」

 ラルフの言葉にゼアルはぶすっとした顔で答えた。ラルフはハットの鍔を摘んで挨拶すると、ミーシャを穴に押し込みながら帰っていった。ミーシャは終始「つまんなーい」と不服を口にしていたが、穴が閉じて静かになった。

「……良いのかよ逃がしちまって……?」

「負けが濃厚な戦いはしないに限る。それに公爵は生きている。これ以上は不毛だ」

 ラルフとの戦いを想定していなかったわけではない。もしかしたらもう一度戦えるかもしれないとは感じていた。しかし、マクマインのぐったりしている姿にそれどころではないと考えを改めさせられた。

「ラルフ……貴様はどこまで我々を愚弄すれば気が済むのだ?」

 ゼアルは自身の思い、苛立ちと少しの悲しみの中にちょっとだけラルフに対する感心があることに気付いた。そんな心に喝を入れ、次こそは絶対に勝つと心に誓う。
 トレジャーハンターなどと吹聴し、盗賊の真似事をしている輩如きに騎士の位を持つゼアルが挑む。という何とも言えない構図。
 自分こそ数奇な運命にあることを心で理解し、ゼアルは小さく微笑んだ。
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