上 下
661 / 718
第十五章 終焉

第五十五話 決闘

しおりを挟む
(ヤ、ヤベェ……)

 ラルフはアルテミスの脅威から逃れることに成功した。だが今度はマクマインという殺意が待っていた。

 ──メキミキッ

 体の中で骨が悲鳴を上げる。本来ならあの前蹴りの一撃で死んでいる。それでもこうして生きていられるのはサトリのお陰だ。身体能力を向上してくれていなければ、今頃……いや、そうだったならもっと前に死んでいる。この考えは不毛であることに気付いてラルフはカッと目を見開いた。
 視線の先に見えるのは弾丸のように飛んでくる鋼。禍々しい鎧に身を包んだマクマインだ。人間とは思えない気迫と力にラルフは圧倒される。無意識に左手で保持していた草臥れたハットを深く被り、体の痛みを堪えながら空中で体を捻る。

「へっ!いきなりやってくれるじゃねぇかマクマイン!!あれで死んだらどうするつもりだった!?」

「手加減はした!!」

 マクマインは剣を振り下ろす。ギィンッと鋭く硬質な音が鳴り響いた。ラルフのダガーナイフに接触した音だ。

「死んでたらそれまでだったが、やはり貴様はそう簡単ではないな……!」

 マクマインの持つ斬馬刀の威力に劣らないダガーナイフ。瞬時に裁断できるかと思っていたが、ゴブリンダガーのなんと硬いことか。

「こいつはウィーの作った特注だぜ?驚くにはまだ早ぇよっ!!」

 ラルフはナイフを振り回し、急所に向けて切りつける。圧倒的不利な状況から攻撃に転じたラルフの行動に若干驚いたが、マクマインは全ての攻撃に対処した。鎧を着込んでいることを思えば、これほど敏感に対応することもなかったが、武人としての誇りが体を動かした。

「甘いっ!」

 ボッ

 攻撃全てを弾いた直後に放ったマクマインの胴回し蹴りがラルフの腹に刺さった。

「おごっ?!」

 ラルフはあまりの威力に流星のような勢いで地面に落ちる。しかしクレーターも出来なければ土煙も上がらない。どころかラルフの姿が消える。

「チッ……逃したか」

 異次元に飛び込んだものと思われる。ワープホールを使えば、何処へだろうと飛んでいける。一度体勢を立て直すつもりか、それとも雲隠れするつもりか。いずれにしても逃したことに変わりない。

「っ!?」

 その考えは改めさせられた。逃げたと思ったラルフは異次元から這い出てくるようにヌルッと姿を表した。「ゴホゴホッ」とひっきりなしに咳をしている。腹に食らった一撃は相当こたえたようだ。ゴロッと大の字に転がると、痛みがマシになるまで息を整えている。

「……どうした?もう終わりか?」

 禍々しい鎧に身を包んだ男はラルフを見下ろし挑発する。ラルフは腹を押さえ、口から血を流しながら虚ろな目を向ける。

「……へへ……いいや、まだ終わらねぇよ……」

 足がガクガクと震え、力も思うように入らないが、全身の力で何とか立って見せる。草臥れたハットを被り直し、右手人差指と親指でハットの鍔をスルッと左から右に挟み撫でる。

「……あんたをぶっ飛ばすまでは終われねぇよ……マクマイン」

 顔まで包みこんだ全身鎧、その鋼の奥深くに宿る喜悦をマクマインは惜しげもなく発散させる。

「ふはははっ!やはりそうか!そうでなくてはなぁっ!!……もう少しだけ……もう少しだけこの時を愉しもうぞ!ラルフ!!」

「いやいや、全然楽しくねーから……出来ればすぐにも俺にぶっ飛ばされてくんねーかな?」

「ふふ……遠慮するな。最後まで付き合え」

 斬馬刀を力の限り握りしめる。今度こそ真っ二つだ。その意志を感じ取ったラルフは痛い腹から手を離し、だらんと両手を下げた。もう抵抗する気はないと言いたげなラルフの格好にマクマインは騙されない。いつどんな時もラルフは諦めたりしない。
 ただ意外だったのは、生き残るためだったら平気で約束を反故にしそうな男がこうして目の前に立っていることだ。
 この戦い、アルテミスの攻撃から逃げるためのダシに使ったのは現場を見ただけで分かった。それでもそれに乗ったのは念願叶った戦いが出来ることへの期待と、自分の手で殺したい欲が出たためだ。

「……感謝するぞアルテミス。今こうしていられるのは貴様のお陰だ……」

 ポツリと呟き、高揚する気持ちを剣に乗せる。武人と呼ばれた若い頃ですら振ったことのない大剣をまるで長年の相棒かの如く握りしめる。ラルフは口角を釣り上げた。

「ふっ……あんたには似合わない剣だ。いくら鍛えているからって持てる重量には限界ってもんがあんだろ?そういうのが関係ない武器ってのは魔剣だな?」

 マクマインは構えたままじっとしていて答える気配がない。

「正解か。なぁ、不思議に思っていたんだが……あんたの特異能力はなんなんだ?」

「……この私が能力を晒すバカだと思うのか?」

「いや、そうは思わねぇよ?でもその反応で大体分かったぜ。今装備してる鎧も武器も全部魔道具だな。それ全部が真価を発揮してんのなら……推して知るべしってとこだな」

 マクマインはラルフの言葉にイラっとした。それはラルフの言っていることが当たっているからだった。
 マクマインの特異能力”マスターユーザー”。全ての道具アイテムを完璧に使いこなせるという能力で、選んだ主人にしか使えないとされる魔道具の類も御構い無しに使用可能。ゼアルの魔剣イビルスレイヤーもブレイドの怪魔剣デッドオアアライブもアルルの槍マギーアインスも、マクマインが握れば所有者関係なくマクマインの力となる。

「だったらどうする?それが分かったところで貴様に勝ち目はないぞ?」

 怒りによる感情の起伏からか語気が荒くなる。その反応を見たラルフは肩を竦める。

「何とかするさ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...