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第十五章 終焉

第三十話 苦肉の策

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 全てがゆっくりに動いている世界でラルフはマクマインと対峙した。
 しかしラルフは混乱している。マクマインはヒューマンであり、老齢の身である。このような禍々しい鎧など似つかわしくない。もっと華美な鎧に雅な剣を携えている方が公爵と呼ぶに相応しい。
 だが、今の見た目は美麗な雰囲気をかなぐり捨てた先にある暴力の権化。ラルフを殺したくて堪らないというオーラを撒き散らしている。

「……声がもっちゃいるが、その声は間違いなくあんただな。マクマイン公爵」

「ふははっ!ようやくこの時がやって来た!我が悲願が成就されるこの時が!!」

 マクマインの足が軋む。ラルフはこの音で足に力が入ったのが分かった。(すぐに突っ込んでくる!)そう思ったラルフの行動は早かった。

 ドンッ

 マクマインは踏ん張った足で床を蹴り、ラルフに向かって猛スピードで攻めて来る。

 ブォンッ

 いつ剣を抜いたのか分からぬほどに素早い抜刀。しかし刃の先には誰もいない。何もかもぶった斬る勢いの空振り。それもそのはず、ラルフは寸でのところで地面に吸い込まれるように落ちていった。

「あっぶ……!危ねぇな!!」

「逃げるか!!」

「えぇ……?いや、当然でしょ?命狙われてんのに逃げねぇ奴がいるかっての!」

 ラルフは戦うことは不利と見てすぐさま逃走する。

「間抜けが!ここにどれだけの人質がいるか考えもしなかったのか?!」

「!?」

「なんだその顔は?今更気付いたような顔をしよって。貴様は私に殺される以外に選択肢はなかったのだ!!」

 抜き払った剣を振りかぶる。犠牲になるのはアンノウンか歩か、はたまたミーシャか。

「そんな手に出られるんじゃ仕方ねぇ。俺はあんたのことは嫌いじゃないんだが、ちっとばかし大人しくしててもらうぜ?」

 ラルフは虚空に手を伸ばす。手をかざした先に穴が開き、その先にある足を掴む。

「ぬぉっ!!」

 マクマインはバランスを崩し、ラルフに引っ張られるがまま異空間に落ちた。奈落のようにいつまでも真っ暗な空間。短剣や食べ物などがふよふよと浮いている。

「私を引きずり込むとは良い度胸だ!自らの異空間に抱かれて死ね!!」

「へぇ、良いのかな?俺を殺したらあんたはここから出られないぜ?」

「何っ!?」

 さっきまであった旅館に通じる穴は既に閉じ、ラルフがマクマインの足を握っている。剣をたった一振りすれば全てが終わる中にあって動きを止めてしまう一言。

「……いつもそうだ。貴様は何らかの逃げ道を用意し、私の殺意から逃れる。しかもそのどれもが私自らが諦めなければならなかった……。この展開……もう飽いたわ!!」

 ──ボッ

 殺意が理性を超えた時、本能の濁流が心を支配する。ここに後先など存在せず、ただただ本能のままに動く欲望の化身が居るに過ぎない。ラルフを狙って振るう文句なしの一撃。
 だが手応えはない。ラルフはさっさと手を離してワープホールにて移動を完了していた。

「ちぇっ、思い切りが過ぎるなマクマイン。あんたが冷静なら少しは話が出来たかもしれないけど、どうもそういうわけにはいかないみたいだな?」

「ならばどうする?!小童が!!」

「こうする」

 ラルフはマクマインに煽られるがままに実行する。具体的にはラルフだけワープホールから元の世界に戻り、穴を覗き込むようにマクマインを見ている。

「なっ……き、貴様まさか!?」

「はーい、そのまさかでーす」

「やめろおぉぉぉっ!!」

 ラルフはワープホールを閉じてマクマインを異空間に閉じ込めた。

「頭を冷やしてからまた会おうや。まぁ食べ物もあるし、しばらく放っておいても大丈夫……あ、ワープホール使えないじゃん。参ったなぁ……」

 もしものことを思って居住区域”ジュード”から離れた場所に姿を現していた。ワープホールさえ使えば思った場所に飛べるので便利に考えすぎていたが、敵を閉じ込めることを前提にするなら、こんなにも遠くに来たのは完全に失敗だった。
 ここは元エルフェニア。アトム対ミーシャの攻防のせいで殺風景となってしまった哀しい土地。そんな場所にポツンと一人立ちすくむ。

「いやいや、俺にはアスロンさんがいる。さっさと通信して拾ってもらえばなんてことは……」

 胸ポケットに通信機の膨らみはない。アルルに渡したまま返してもらってなかったことを思い出した。

「あ、あら??これは、もしかして……もしかしなくてもそういうこと?」

 ここに来てラルフは孤立した。しかもマクマインを閉じ込めたせいで、神から授かった特異能力を封印し、運動能力だけで立ちまわる必要が出来た。こうなったら腰に下げたダガーナイフだけが唯一の頼りだ。

「え?それで……はぁ……こっからジュードまでどんだけかかると思ってんだよ……」

 ラルフは頭を抱えて屈んで唸る。ひとしきり唸って出た答えは”歩く”だった。

「この感じ、随分と久しぶりだな……」

 誰も周りに居ない一人旅。
 今後の展望はミーシャたちとの合流だ。何とかしてワープホールを使うのか、自力でジュードまで辿り着くのか、他の方法を探すのか。とりあえず近くの町を目指して歩く。

 マクマインの使用した何か。そのせいで全てがスローモーションのように遅くなった。どういった特異能力であればあのようになるのか。ラルフは悶々と考える。あれのせいで連絡すら出来ない事態へと追い込まれてしまった。
 次に戦う時は勝てるのだろうか。神の力を授かったなら、どうあがいてもマクマインの方がラルフより強い。身体能力も潜在能力も何もかもが負けている。
 今回は特異能力の差で軍配が上がったが、次回は知られた上で戦うことになる。今この時も対策を練られていたりしたら……。

「うん!なるようにしかならねぇわな!」

 ラルフは楽しくなって来て走り出した。何という開放感だろうか。誰も迎えに来れないからこそ感じるのだろう。
 急なことだったとはいえ、連絡も取れずに離れたのがミーシャにどれほどの影響を与えるのか、ラルフはまだ知らない。
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