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第十五章 終焉
第四話 平和とは
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「ラルフさん!」
ハンターは清潔で美しい身なりでラルフに向かって手を振った。緑を基調としたスーツを着込み、金のカフスボタンがキラリと光る。成金趣味とも取れる豪奢な装いだが、ハンターのようなイケメンにはピッタリと当てはまる。美しい絵画を飾る額縁のようで、祝いの席にはもってこいの着こなしだ。
片や全身草臥れた雰囲気のある茶色を基調とした地味な衣装。ラルフは美の高低差に少々落ち込みながら手を振り返す。負の感情を振り払うかの如く、腹から声を張った。
「おぅハンター!忙しい時に押し掛けちまって悪かったな。これ俺たちの祝儀ってことで受け取ってくれ」
ラルフは腰に下げたダガーナイフを取り外し、ハンターに差し出した。
「ええ!?これラルフさんのダガーナイフでしょ?受け取れませんよ」
「武器は他にもあるから大丈夫だ。そいつはウィーが作った特注のゴブリンダガーでな、すっげぇ切れ味だから扱いには気を付けろよ。……あとこいつはそれなりのとこに売れば一生遊んで暮らせるぜ。困ったら売っ払いな」
大事なところは口元を隠してコソッと伝える。ラルフのウインクに笑顔で恐縮しているハンター。今日彼は幼なじみと結婚式を挙げる。二人の門出に偶然立ち合うことになったラルフは賛辞と祝福を贈った。
「しっかしあの時一緒に居た二人が結婚だなんて驚いたぜ。元より婚約してたとかか?」
「違いますよ。あの遠征も結婚に至る過程の一つです。というかミーシャさんが古代竜にちょっかいを掛けてなければ今こうして正装なんて着てないでしょうね。ちょっと不謹慎かもですが、密かに感謝しています」
「マジかよ……運命ってのは面白いな!」
二人は楽しそうに会話を続けていたが、ハンターの側に控えていた部下と思しきエルフがタイミングを見計らって声を掛ける。
「ハンターさん。そろそろ……」
「おっと、ついつい時間を忘れてた。グレースと最終調整があるので僕は失礼しますね。そういえばミーシャさんたちはまだお休みでしょうか?」
「ああ、みんな疲れてるしな。式には全員顔出すからよ」
「あまり無理はされないようにして下さいね?それじゃ」
颯爽と去って行く後ろ姿を見送り、ぐっと体を伸ばした。
「あ~……どうすっかなぁ……」
体をほぐしつつ今後のことを考える。第六魔王”灰燼”から奪い取った空中浮遊要塞スカイ・ウォーカー。八大地獄と結託した藤堂源之助がケルベロスの討伐に利用し、海の藻屑となってしまった。移動も楽な上に魔力砲や魔障壁を備えたかなり良い拠点だったので喪失感が半端じゃない。
「……移動要塞を一から作るってのはどうだろうな?」
魔法使いでも無ければ建築家でもないトレジャーハンター。そんな自分に生み出せるものなど、精々ちょっとした野営地を設営するくらい。危険から逃げ、宝を掠め盗って来ただけの人生に建物を作る余暇などありはしない。
ましてスカイ・ウォーカー規模の要塞ともなれば、建物だけで数十年、魔力をその建物内に張り巡らせるのにもまた長い年月が掛かるだろう。何とも気の遠くなる話だ。
ラルフはおもむろに首を振った。
「まぁ……式が終わってから考えれば良いか……」
出来ないことを並べて自分を腐しても何も進みはしない。何が出来ないかを嘆くよりも、何事も先ずは出来ることからちょっとずつやっていくのが一番である。
式までにまだ時間があるラルフは、普段訪れることの出来ないエルフェニアを散策することにした。
*
そろそろ昼に差し掛かりそうな日の元、寝坊助たちがちょろちょろと部屋から出始めた。それを待ってましたと迎え入れたのは魔法省の現局長アイナ=マクマイン。
「久しぶりねアルル。元気そうで何より」
「わぁっ!お母さん!!こんなところで会えるなんてビックリだよ!!」
母娘の再会。ニコニコと笑いながら談笑する二人を遠巻きにエレノアが見ていた。その目は物珍しいものを見るかのような、興味津々といった雰囲気を醸し出している。
「ん?どうしたの?」
ブレイドはそんなエレノアに声を掛ける。エレノアはブレイドをチラリと見た後、視線を戻してニコリと笑った。
「ブレイブからぁ仲が良かった女性の話を聞いたことがあってねぇ。あれがぁアイナって人なんだねぇ。何だか凄く若く見えちゃうなぁ」
「ああ、分かる。二人並ぶと姉妹なのかな?とか思えるし……」
ブレイドは腕組みをしながらアルルとアイナを交互に見ている。アンノウンはジト目でブレイドとエレノアを見た。
「それはひょっとしてツッコミ待ち?あなたたちも側から見たら決して親子には見えないからね?」
「え?……そう?」
エレノアはコテンと首を傾げた。少女とまではいかないが、未成年と成人を行き来しているような美貌を保つエレノアと10代のブレイド。確かに見た目では分からない。隣で聞いていた歩もこれには苦笑いだ。
「いいな~。私もエルフや魔族だったら年なんて取らないのに~」
猫なで声がブレイドたちの背後から聞こえてくる。その声に聞き覚えのあったアンノウンと歩は「あっ……」とバツの悪そうな顔で振り向いた。そこに居たのは美咲。唯一エルフの里に残った守護者の一人。
「美咲さん。ひ、久しぶり」
「は?ちょっと前にも会ったくない?あ、でもそん時はあんま喋る機会なかったか。まいいや、あんたたちもハンターさんの結婚式に出席するの?」
「そのつもりだけど?」
「あっそ。あ~あ、あんなのと結婚するとかマジショックなんですけど。一応狙ってたのに……」
美咲はガクッと肩を落として全身で気を落とす。
「あ、あんなのって……失礼だよ!せっかくこれから結婚しようって人のことを悪く言うなんて!」
歩は美咲を叱りつける。突然のことに驚きを隠せない美咲は眉を吊り上げて苛立ちを表情に出した。反論をしようと口を開き掛けた時、アンノウンが横入りする。
「歩の言う通りだね。少し言葉が過ぎるんじゃないかな?阿久津 美咲」
アンノウンの凍りつくような眼差しにビクッと体が跳ね、ブルブルと体を震わせて怖がっている。既に滅亡した国”カサブリア王国”にて、美咲のあまりの横暴さにアンノウンは”特異能力”という拳を振り上げて脅したことがあった。その時のことがフラッシュバックしたのかもしれない。
「やめろよ。美咲が可哀想だろ?」
そこにまたしても新手がやって来た。正孝である。ガノンと行動を共にし、エルフェニアから離れていたが、ハンターの結婚式のために数ヶ月ぶりに戻って来たのだ。正孝の背後には件のガノンとアリーチェ、一角人で旅仲間では新参のルカ=ルヴァルシンキの姿もある。
「まーくん……」
美咲は正孝に憧憬の眼差しを向ける。味方してくれる存在に感謝の念を抱いている美咲を放っておいて、余裕そうなアンノウンと目を逸らさない歩とを見て小さく笑った。
「……そりゃ俺だけじゃねぇよな」
正孝はそのまま直進し、歩とすれ違いざまにポツリと呟いた。
「……強くなったな、歩」
歩は一瞬何を言われたのか脳に浸透するのに一拍の間が空いたが、理解が及んだ時大きく頷いた。
「え?何か言われた?」
「き、気にしないで。何でもないから……」
男同士の秘密である。そんな詮無い会話の中、ラルフが散策から帰って来た。合流後、時間も頃合いとなり、みんなで式場に移動する。
何気ない日常のような空気感。結婚という平和溢れる儀式。これからの世の中を表してくれているような平穏な一日。
『仮初めだ』
そんな光景を忌々しく見る超常の存在。気配だけで実態のない存在は声を低く唸りながら発する。
『何を浸っているこのバカ者共が。……いや、まぁ良かろう。結婚だの何だの微笑ましいことではないか。この私が全てを台無しにしてやろう』
ハンターは清潔で美しい身なりでラルフに向かって手を振った。緑を基調としたスーツを着込み、金のカフスボタンがキラリと光る。成金趣味とも取れる豪奢な装いだが、ハンターのようなイケメンにはピッタリと当てはまる。美しい絵画を飾る額縁のようで、祝いの席にはもってこいの着こなしだ。
片や全身草臥れた雰囲気のある茶色を基調とした地味な衣装。ラルフは美の高低差に少々落ち込みながら手を振り返す。負の感情を振り払うかの如く、腹から声を張った。
「おぅハンター!忙しい時に押し掛けちまって悪かったな。これ俺たちの祝儀ってことで受け取ってくれ」
ラルフは腰に下げたダガーナイフを取り外し、ハンターに差し出した。
「ええ!?これラルフさんのダガーナイフでしょ?受け取れませんよ」
「武器は他にもあるから大丈夫だ。そいつはウィーが作った特注のゴブリンダガーでな、すっげぇ切れ味だから扱いには気を付けろよ。……あとこいつはそれなりのとこに売れば一生遊んで暮らせるぜ。困ったら売っ払いな」
大事なところは口元を隠してコソッと伝える。ラルフのウインクに笑顔で恐縮しているハンター。今日彼は幼なじみと結婚式を挙げる。二人の門出に偶然立ち合うことになったラルフは賛辞と祝福を贈った。
「しっかしあの時一緒に居た二人が結婚だなんて驚いたぜ。元より婚約してたとかか?」
「違いますよ。あの遠征も結婚に至る過程の一つです。というかミーシャさんが古代竜にちょっかいを掛けてなければ今こうして正装なんて着てないでしょうね。ちょっと不謹慎かもですが、密かに感謝しています」
「マジかよ……運命ってのは面白いな!」
二人は楽しそうに会話を続けていたが、ハンターの側に控えていた部下と思しきエルフがタイミングを見計らって声を掛ける。
「ハンターさん。そろそろ……」
「おっと、ついつい時間を忘れてた。グレースと最終調整があるので僕は失礼しますね。そういえばミーシャさんたちはまだお休みでしょうか?」
「ああ、みんな疲れてるしな。式には全員顔出すからよ」
「あまり無理はされないようにして下さいね?それじゃ」
颯爽と去って行く後ろ姿を見送り、ぐっと体を伸ばした。
「あ~……どうすっかなぁ……」
体をほぐしつつ今後のことを考える。第六魔王”灰燼”から奪い取った空中浮遊要塞スカイ・ウォーカー。八大地獄と結託した藤堂源之助がケルベロスの討伐に利用し、海の藻屑となってしまった。移動も楽な上に魔力砲や魔障壁を備えたかなり良い拠点だったので喪失感が半端じゃない。
「……移動要塞を一から作るってのはどうだろうな?」
魔法使いでも無ければ建築家でもないトレジャーハンター。そんな自分に生み出せるものなど、精々ちょっとした野営地を設営するくらい。危険から逃げ、宝を掠め盗って来ただけの人生に建物を作る余暇などありはしない。
ましてスカイ・ウォーカー規模の要塞ともなれば、建物だけで数十年、魔力をその建物内に張り巡らせるのにもまた長い年月が掛かるだろう。何とも気の遠くなる話だ。
ラルフはおもむろに首を振った。
「まぁ……式が終わってから考えれば良いか……」
出来ないことを並べて自分を腐しても何も進みはしない。何が出来ないかを嘆くよりも、何事も先ずは出来ることからちょっとずつやっていくのが一番である。
式までにまだ時間があるラルフは、普段訪れることの出来ないエルフェニアを散策することにした。
*
そろそろ昼に差し掛かりそうな日の元、寝坊助たちがちょろちょろと部屋から出始めた。それを待ってましたと迎え入れたのは魔法省の現局長アイナ=マクマイン。
「久しぶりねアルル。元気そうで何より」
「わぁっ!お母さん!!こんなところで会えるなんてビックリだよ!!」
母娘の再会。ニコニコと笑いながら談笑する二人を遠巻きにエレノアが見ていた。その目は物珍しいものを見るかのような、興味津々といった雰囲気を醸し出している。
「ん?どうしたの?」
ブレイドはそんなエレノアに声を掛ける。エレノアはブレイドをチラリと見た後、視線を戻してニコリと笑った。
「ブレイブからぁ仲が良かった女性の話を聞いたことがあってねぇ。あれがぁアイナって人なんだねぇ。何だか凄く若く見えちゃうなぁ」
「ああ、分かる。二人並ぶと姉妹なのかな?とか思えるし……」
ブレイドは腕組みをしながらアルルとアイナを交互に見ている。アンノウンはジト目でブレイドとエレノアを見た。
「それはひょっとしてツッコミ待ち?あなたたちも側から見たら決して親子には見えないからね?」
「え?……そう?」
エレノアはコテンと首を傾げた。少女とまではいかないが、未成年と成人を行き来しているような美貌を保つエレノアと10代のブレイド。確かに見た目では分からない。隣で聞いていた歩もこれには苦笑いだ。
「いいな~。私もエルフや魔族だったら年なんて取らないのに~」
猫なで声がブレイドたちの背後から聞こえてくる。その声に聞き覚えのあったアンノウンと歩は「あっ……」とバツの悪そうな顔で振り向いた。そこに居たのは美咲。唯一エルフの里に残った守護者の一人。
「美咲さん。ひ、久しぶり」
「は?ちょっと前にも会ったくない?あ、でもそん時はあんま喋る機会なかったか。まいいや、あんたたちもハンターさんの結婚式に出席するの?」
「そのつもりだけど?」
「あっそ。あ~あ、あんなのと結婚するとかマジショックなんですけど。一応狙ってたのに……」
美咲はガクッと肩を落として全身で気を落とす。
「あ、あんなのって……失礼だよ!せっかくこれから結婚しようって人のことを悪く言うなんて!」
歩は美咲を叱りつける。突然のことに驚きを隠せない美咲は眉を吊り上げて苛立ちを表情に出した。反論をしようと口を開き掛けた時、アンノウンが横入りする。
「歩の言う通りだね。少し言葉が過ぎるんじゃないかな?阿久津 美咲」
アンノウンの凍りつくような眼差しにビクッと体が跳ね、ブルブルと体を震わせて怖がっている。既に滅亡した国”カサブリア王国”にて、美咲のあまりの横暴さにアンノウンは”特異能力”という拳を振り上げて脅したことがあった。その時のことがフラッシュバックしたのかもしれない。
「やめろよ。美咲が可哀想だろ?」
そこにまたしても新手がやって来た。正孝である。ガノンと行動を共にし、エルフェニアから離れていたが、ハンターの結婚式のために数ヶ月ぶりに戻って来たのだ。正孝の背後には件のガノンとアリーチェ、一角人で旅仲間では新参のルカ=ルヴァルシンキの姿もある。
「まーくん……」
美咲は正孝に憧憬の眼差しを向ける。味方してくれる存在に感謝の念を抱いている美咲を放っておいて、余裕そうなアンノウンと目を逸らさない歩とを見て小さく笑った。
「……そりゃ俺だけじゃねぇよな」
正孝はそのまま直進し、歩とすれ違いざまにポツリと呟いた。
「……強くなったな、歩」
歩は一瞬何を言われたのか脳に浸透するのに一拍の間が空いたが、理解が及んだ時大きく頷いた。
「え?何か言われた?」
「き、気にしないで。何でもないから……」
男同士の秘密である。そんな詮無い会話の中、ラルフが散策から帰って来た。合流後、時間も頃合いとなり、みんなで式場に移動する。
何気ない日常のような空気感。結婚という平和溢れる儀式。これからの世の中を表してくれているような平穏な一日。
『仮初めだ』
そんな光景を忌々しく見る超常の存在。気配だけで実態のない存在は声を低く唸りながら発する。
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