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第十四章 驚天動地

第四十六話 鎖からの脱却

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 ミーシャはジッと藤堂を見ていた。
 何を考えているのか。ケルベロスと藤堂の夢との直接的な関係性とは何か。鎖の耐久性に対する謎の信頼等、色々な事柄で不可解という他ない。

「どうかしました?ミーシャさん?」

 藤堂は首を捻ってミーシャに疑問を投げかける。その言葉にようやくハッとする。
 少し時間をかけ過ぎた。
 イミーナはこんな時にも懸命に支えているというのに、主人であるミーシャが呆けていては可哀想だ。トンっと床を蹴って背後に飛ぶ。その手には魔力が貯められ、今にも放ちそうな雰囲気を醸し出す。
 そんな様子を端から見ていた藤堂は、少しガッカリというような顔を見せる。魔力での攻撃などでは鎖の呪いが払拭されるわけではない。破壊は出来ても破壊された端から直ってしまう。とはいえ、藤堂が不死身であることくらいしか知らないであろうミーシャに察しろというわけにもいかず。

「それじゃ、よろしくお願いしま……」

 ドンッ

 ミーシャはいきなり本体である藤堂に向けて魔力砲を放った。藤堂の全身を丸々包み込むほどの一撃。その瞬間に藤堂の体は鎖ごと消滅する。

「こんなものか?」

 ミーシャは鎖を断ち切るより先に根底を攻撃した。確かに手っ取り早いのだが、これによって次の策が消える。
 藤堂の体は消滅した矢先に再生し、あっという間に元の状態にまで戻った。終わったと思ったミーシャに突きつけられた現実。吸血鬼よりもタチが悪い本物の不死身。

「……呪いの鎖のせいでなぁ、この世界に縛り付けられた無様なおっさん。それが俺なんだよなぁ……」

「なるほど厄介な奴だ。吸血鬼の方が簡単だとは思わなかったな……あっ。じゃあ、こんなのはどうかな?」

 ミーシャはスッと出した握り拳をゆっくりと広く。そこにビー玉くらいの小さな魔力の塊がちょこんとあるのに気づく。

「吸血鬼を一網打尽にしたこの技ならどうにか出来る。かも?」

 指で弾くように飛ばした小さな魔力。藤堂の目と鼻の先で静止すると、突然ブワッと大きくなって彼を包み込んだ。その光景はまるでシャボン玉に包まれた男のようだ。

「あっなるほど、魔障壁ですかい?鎖と切り離しちまえばハラハラと鎖が解けるって思ったみてぇですが、そういうわけにもいかねぇんだなぁ。こいつを見て分かる通り全然切り離されちゃいねぇでしょ?こんなんじゃどうしようもねぇよ?」

「うん大丈夫。まだだから」

 ミーシャの言葉に首を傾げたが、直後に理解する。その魔障壁が狭まって窮屈になっていることに気づいたからだ。

「へぇ?やるねぇ……」

 ベキッゴキバキッ……ビジュッジュジュー……

 藤堂の体は魔障壁の縮小に耐えきれずに所々がへし折れ、最後には肉の塊となって消滅した。鎖の呪いにより、血が出ることがなくなっていたために肉体の原型が崩れる様をまじまじと見せつけられ、少々グロテスクではあったがこれで生き返ることはないだろう。少なくとも吸血鬼はこれで死んだ。
 しかしやはりというべきか、当然のように藤堂の体は再生する。粒子と化した肉体は、光の粒が収束していくと共に復活し、何事もなかったかのようにそこに居た。

「え?何よ、それ?」

「すまない。差し出がましいことを言うようで恐縮なのだが、最初にやったこととあまり変わらないように思えた。良ければもう少し工夫してもらえたら嬉しいなぁ。で、これは小さいことなんだが、先に鎖をどうにかしてくんないかなぁ?出来れば鎖の呪いと心中したくねぇからよ」

 藤堂は余裕そうに鼻を鳴らす。ミーシャはそれに対し、懐疑的な目で見る。

「……不死身ったって痛みは感じてるんでしょ?何でそんな他人事なわけ?」

「俺ぁ痛みに耐性があってなぁ。流石に全身の消滅は初めてだったが、粗方味わってきた痛みの集大成って感じだったしどうってこたぁねぇ……いや、どうってこたぁねぇのは流石に嘘だがよ?死なねぇなら他人事にもなるぜ?」

 千年以上の時を洞窟で過ごし、自暴自棄になろうが発狂しようが捨てることの出来なかった自我の中、痛みだけが藤堂の全てだった。
 ミーシャはあまりに異質な存在にようやく気味の悪さを感じた。強ければ何とでもなってきた状況は一気に覆される。碌に痛みすら感じていないような得体の知れない存在は、誰の目から見ても怪物に映るものだ。

 グゴゴゴッ……

 ミーシャですらお手上げの状態に追い打ちをかけるように要塞が傾き始めた。

(不味い……イミーナがもう限界か?)

 鎖を断ち切る。たったこれだけのことが出来ずに手をこまねく。
 正直ミーシャはもう諦めていた。力押しが通用しない敵は自分の管轄ではない。このまま引き下がるのは癪だが、如何しようも無い。

「トウドウ……この勝負、預けた」

 バッと踵を返して要塞の下に消える。

「へっ……いつでも待ってますよ。この鎖から解放してくれるのをねぇ。……そんなこたぁ夢でもあり得ねぇが……」

 藤堂を残してミーシャはイミーナの元に来る。イミーナはやって来たミーシャの不服そうな顔を見て鼻を鳴らした。

「……ダメだったようですね」

 ミキミキと奥歯を噛み締めて何とか持ちこたえていたが、とうとうイミーナにも限界が近付く。ミーシャの失敗を経てさらに力が抜けたイミーナは徐々に高度を落とす。

「鎖の呪い……呪いって何よ?」

 ミーシャは腕を組んでむくれる。

「そ、そんなことは良いので……これを下ろしてもよろしいでしょうか?何しろあまり重い物を持ち慣れないものでして……」

「……良いよ。ただしゆっくりね」

 イミーナは細心の注意を払いながら海のすぐ側まで降り、タイミングを見計らって魔障壁を解く。波間に要塞が挟まり、沈み始めた。

「!?」

 それに気付いたケルベロスは本格的に暴れ始めたが、鎖に縛られた体はピクリとも動かない。このまま溺れて死ぬか、何としてでも脱出かの二つに一つ。いや、死ぬことなど論外である。ケルベロスは巨大化させた体を一瞬にして小さくし、分裂する逃走方法を持ち合わせている。雁字搦めに取られた体もこれで自由の身だ。

 シュンッ

 ケルベロスは三体のしば犬に変化し、鎖の捕縛から解放された。
 だが、これは罠である。

「……ふっ、ずっと待っていたぞ」

 彼岸花の数ある花弁の陰で、ロングマンはほくそ笑んだ。
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