上 下
556 / 718
第十四章 驚天動地

第八話 無駄な抵抗

しおりを挟む
 黄泉が先行で出した一つの提案に対し、ラルフの条件は既に三つ目に突入していた。
 一つ、黒影の引き渡し。一つ、ミーシャと黄泉間での和平を結び、今後戦争に発展しないようにする。一つ、どうしても領空、領地、領海に難が無い限りは外への侵略行為は辞めること。万が一必要となった場合は一度ミーシャ側に相談し、判断を仰ぐこと。

「馬鹿な……それでは俺の立場が無いでは無いか?この際、和平を結ぶことに異論は無い、異論は無いが対等の関係を希望する」

「じゃあ協議という形は?それで決着を付けるのはどう?」

「……それに応える前にちょっとした質問だが、唯一王は魔族と人族の間に立とうというのか?魔族の生存圏の拡大を制止するということは、同時に人族の侵略行為を阻止する必要があると考えるが……つまりどちらからの攻撃も牽制し、平和に導けるというのか?」

 ミーシャは面倒なことを聞かれたと眉を顰め、腕を組む。必ずしも平和に導けると豪語出来ない。何故ならどれほど王の威光を振りかざしても、隠れて行動をする者が現れてしまう。これは黄泉の方が良く知るところだろう。というのもつい先ほど部下が勝手にミーシャたちの迎撃を考えていた。
 ミーシャにも思うところがある。断然イミーナの存在だ。勝手に動き回って内政を統治し、魔王を蔑ろにしていた。それはミーシャにとって助かっていたことだが、裏切られ、殺されかけたのは容認出来ない。好き勝手やったくせに円卓でその地位を確実なものにしていたのも止めることは出来なかった。
 イミーナは蒼玉が裏で操っていたのだが、そういった裏の存在が争いを助長していれば、どれほど注意していてもいさかいは起こる。戦争とは往々にして小さな”いざこざ”の拡大である。そう言ったことを念頭に入れた上での平和を問うなら、簡単に肯定出来ないし出来る訳も無い。

「ちょっとした質問だって?おいおい笑えるなぁ。そんなの簡単に答えられることじゃないだろ?平和なんて水物だ。どれだけ気をつけても、どれだけ警戒しても無駄だぜ」

「ふっ……開き直りか?そんなことで条件が達成されると思っているのか?」

「曲解すんな。俺たちの条件は「このヲルト大陸から出たいなら俺たちを通せ」と言っているんだ。平和に導こうなんて鼻っから思ってねぇよ。そこは人族と魔族でよろしくやれとしか……」

「何?ではその条件を飲むことは出来ないぞ?」

 ラルフと黄泉は睨み合う。途中から参加した黄泉の家臣がハラハラしながら固唾を呑んで見守る。怯えるのはミーシャやエレノアの力に対してだが、ラルフの一声で戦争に発展しないかと恐れているのだ。

「まったくぅ……揚げ足取りも良いところよねぇ。それじゃぁ私から良い?」

 エレノアは前のめりに肘をついて不遜な態度を取る。

「これは例えばの話なんだけどねぇ。双方を平和にするっていうのを考えた場合、必要になってくるのは人と魔族が干渉しないことなのぉ。つまりは私たちが人と魔族の境界線に立って、近づく者たちを消滅、あるいは海洋生物の餌になってもらうことで、争いの火種を駆逐するってこと。領域の拡大を阻止することが目的となるからぁ、一切の抵抗も、一切の言い訳も聞かないことになるよねぇ。さらに遠距離による攻撃はどちらにとっても不利になるように双方滅亡してもらう。もちろんこの条件を飲んだヲルトから真っ先に消滅してもらうことになるけど、それは問題ないよね?」

「何だその極論は……?!」

「極論も何も、当然のことでしょう?争いが生まれる理由は、争いを生みたい側からのちょっかいなんだからそれを断つの。ちょっかいを掛けられなければ争いは生まれない。結果、平和。そして私たちに攻撃を仕掛けないことで平和が保たれるなら条件を飲まない手はないでしょう?」

「馬鹿な!そもそもお前の説明の中にあった「遠距離による攻撃」についてはこちら側が最も不利ではないか!!人間側が攻撃を仕掛けた場合であっても真っ先にこちらを滅ぼすなど、冷静に考えなくても頭がおかしい!!」

「頭がおかしいのはあなたよぉ。二つの種族が争っている現状、平和のみに舵を切った場合は、片方の種族を絶滅させる必要があるのは今の話で分かるでしょう?両側の平和となれば話は別。どちらも滅んでもらうのが手っ取り早いわぁ。ふふ……誰かに平和を委ねるということは、その誰かに命を預ける行為だと知りなさい」

「ぐっ……!」

 黄泉は論破された。悔しいがその通りだと納得せざるを得ない。

(ん?おいおい、ちょっと待てよ。こいつ何がしたいんだ?)

 ラルフは黄泉の発言に違和感を覚えた。交渉を提案した側が何も出来ずに一方的に口撃されている。何らかの切り札があるのではないかと条件を人族に有利なものに持っていったが、黄泉から出たのは曲解による論点ずらし。それもエレノアの極論で破綻する程度のゴミ手。
 この攻防……いや、ラルフたちによる一方的な蹂躙から見えたのは、黄泉は出たとこ勝負を仕掛けているということだ。どうにかこの不利な状況を覆せないものかと苦心している。その姿はまるで一昔前のラルフそのものだった。

「……もう辞めよう黄泉。あんたにこの牙城を覆すことは出来ねぇぞ?」

「ぬっ……いや、そんなことは……」

 しどろもどろになる黄泉。このことから察するに「国民を盾に取られたから仕方なく」と言った態度や「王としての気丈な振る舞い」は全てが単なる負け惜しみだったことが判明する。言葉の穴をついて、何とか自分のペースに持ち込もうとしたあたりは往生際の悪さが目立つ。
 これがラルフであったなら、自分の命を優先し、隷属を願い出たに違いない。黄泉は王という立場から、国民を守る名目で対等の立場を保とうとしている。実に浅はかだ。浅はかだが、国民を助けようとする気持ちに偽りはなさそうだ。

「俺も言葉が過ぎたぜ。和平を結ぶ以上、伺いを立てろってのは無神経すぎた。ミーシャの言う通り、協議って形で落ち着かねぇか?」

「……」

 答えは沈黙。しかしその態度が物語っている。黄泉は既に諦めたようだ。何を言おうがこちらの思うがまま。決着だ。
 呆気ない幕切れだが、同時に当然だとも言える。ラルフの持つ戦力は世界最強。ラルフの生きてきた中でここ一年がピークであるが故に気づけなかった。どんな奴が相手であっても誰も交渉のテーブルにつけるはずがないと言うことに……。
 ラルフはおもむろに立ち上がった。

「帰るぞ」

「え?何で?」

「話し合いは終わった。これ以上は無意味だ」

 黄泉の弱点や癖、その他諸々の攻略法を考えてきたというのに、それを使うことなどない。黄泉は戦う前から負けている。
 ラルフは踵を返した。異次元トンネルをこじ開け、引き取った黒影と共に浮遊要塞へと戻る。その光景を目の当たりにした家臣たちに戦慄が走った。転移阻害が通用しなかった事実、迎撃魔法の意味の無さ。罠を張ることの無意味さ。ただのヒューマンに何を手こずっているのかと苛立ちすら覚えていた家臣たちの目から戦意が喪失する。

 後日届いたラルフからの書状は、和平やその他条件に逆らわないとする誓約書であった。黄泉は家臣たちの目の前でそれにサインすることになる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...