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第十四章 驚天動地

第七話 より良い方策

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「……ええいっ!まだかっ?!」

 定刻を過ぎても現れないミーシャたちに腹を立て、家臣の一人が小剣を地面に叩きつけた。

「拾いなさい。いくら頭に来たからと、武器をないがしろにするのは間違っている。その一つで命を拾うこともあり得る。さぁ」

 苛立ちを諭され、感情に走った家臣はムッとしながらも渋々小剣を拾った。冷静に場を見ている老齢の家臣。しかしその実、体の震えを抑えることは出来ていない。皆いっぱいいっぱいなのだ。

「……しかし本当に遅いですなぁ」

 いつまでも来ない敵に嫌気がさしているのは家臣連中だけではない。息を潜めて待っていた部下たちもざわざわと音を出し始める。「謀られたのではないか?」「転移阻害は機能しているのか?」「迎撃魔法の調整は……」など聞き取れる限りでも、恐怖以上の不安が押し寄せてるのが分かる。

「こうなっては日程の調整が必要であろう。黄泉様に今一度書状をお願いし、時を稼ぐのはいかがか?」

「うん!それは良い案だ!」

「それでは私が行ってこよう。奴らが突如動き出しても良いように監視の目を光らせてくれ」

 我慢の限界に達した家臣の一人が立ち上がる。「心得た」と見送られた家臣は何人かの供回りを付けて歩き出す。

「しかし、何とも拍子抜けな展開ですな」

「もしや我々の策略に気づいたのでは?」

「あり得る話ではありますが、それにしても動きがないですな。偵察隊を出したいところですが、宣戦布告と取られては歯がゆいものがあります。先に手を出したのがあちらでないと……」

 家臣の中でも過激な連中は、黄泉の日和った行動に我慢が出来なかった。魔族の半数以上を殺されたのに、復讐しないなどあり得ない。黄泉がどれほど気をつけても結局は戦争になっていたのだ。家臣の勝手な行動は、どれほど有能な支配者であっても全ては掌握しきれないことの証左。どんな組織も一枚岩ではいられないのだ。
 だが、それはすぐに覆ることになる。足並みの揃っていなかった家臣たちは急いで戻ってきた部下の報告で肝を冷やし、一つの方向へと顔を向ける。かつて黒雲の居城として魔族たちの心の支えであった建造物に……。



「さて、聞こうじゃないか?」

 ラルフはミーシャとエレノアが座ったところで口を開いた。

「気安いぞ人間、俺は唯一王と話がある。少し口を閉じてろ」

 黄泉は精一杯の威厳を絞り出し、不利な状況を掌握しようと試みる。その微笑ましい抵抗をラルフは肩を竦めてなす。

「どうやら状況が分かってねぇようだな。今のあんたに出来んのは、そこに座って俺たち・・と交渉を進めることだけだ。そうだろう?ミーシャ、エレノア」

「うん。私はあんまり口が得意じゃないし、こういうことはラルフに任せてるよ。と言っても横から口を挟むけどね」

「そういうことぉ。それにぃ、みんなで話し合った方が「より良い方策」が見つかるよぉ?これに関してはあなたも望むところでしょぅ?」

 書状に書いてあったことを引用されてたじろぐ。エレノアは親殺しを果たした後、十数年に渡って密かに第一魔王の代理を務めてきた。いや、正確には黒影が務めてきたのかもしれないが、支配者としての格は十分過ぎるほどにある。
 それ以上に厄介なのはエレノアやミーシャを含めた敵の数だ。暴力を伴っていると言えるレベルで強者が多い。ぞろぞろとデュラハンや数々の魔族を退けて来たヒューマンなど、言葉だけではなく物理的な実力でもこちらを黙らせる。
 いつまでもこの話で伸ばすことが出来ないと悟った黄泉は姿勢を正し、気持ちを新たにようやく交渉のテーブルに着いた。

「……良いだろう。少々窮屈だが、始めようか。俺の提案はいたってシンプルだ。ヲルト大陸への侵略行為を辞めて欲しい」

「は?何を勘違いして……」

 黄泉の言葉に即座に反応したミーシャだったが、ラルフが手を振って止める。ミーシャはラルフの行動に気づいて唇を尖らせた。

「なるほど、それを言いたかった訳だ。確かに俺たちの最近の行動は円卓にとって不都合だって言えるだろうな。つーことで俺たちからの提案だが、攻め入られたくなけりゃいくつか条件を飲んでもらうってことでどうだ?」

 ミーシャはラルフの言葉にハッと気づいて大きく頷いた。相手はミーシャたちの力を恐れている。それが黄泉の一言ではっきりした。となれば交渉を提案して来た時点で降伏宣言に等しい。多少難しい条件でも「生き残るためならば」と飲んでくれることは目に見えている。
 ミーシャが言いかけたことを黄泉は察していたが、ラルフが即座に放った「侵略行為」の事実上の肯定により、何とか保てていた均衡は崩れた。
 感情が揺さぶられる。苛立ち、狼狽し、恐怖し、呆然とする。思えば異次元トンネルの出現から既にラルフの術中に嵌っていたも同然。黄泉は冷静に対処していると自分自身についた嘘で追い詰められていた。実際はパニックから即座に本題に入ってしまっていたようだ。悔いても悔いても、後の祭り。

「まさか出来ねぇなんてことはねーよな?だって攻め入られたくねぇ訳だし?」

「……お前……」

 ラルフを殺したい衝動に駆られるが、頭を軽く振って雑念を追い払う。

「……条件を聞こう。出来るかどうかを精査するためにも先ずは聞かねばなるまい……」

「全ての条件が飲まれることを祈ってるぜ。それじゃ軽く小手調べだ。あんたたちが捕虜にしている黒影をこちらに引き渡してほしい。出来るか?」

「黒影を?」

 黄泉の目はエレノアに向く。

(これは奴の条件か……黒影はエレノアを信奉している。助けてやるのが主人の仕事とでも考えてそうだな……)

 すぐにラルフに視線を戻して口を開く。

「そういえば前回の円卓での騒ぎの折、黒影に助け出す旨を伝えていたな。約束を果たすためにわざわざ来たという訳だ」

 ラルフはご明察と言わんばかりのしたり顔を見せる。

「言ったろ?先ずは小手調べってな。出来るのか出来ねぇのかはっきりしな」

(図に乗りやがる……今すぐ殺してやろうか?)

 黄泉は怒りを溜める。あまりに図に乗る行為はご法度だ。追い詰め過ぎれば、破れかぶれになって、命を賭してでも危害を加えてくるかもしれない。下手をすればミーシャですら守りきれずに殺される可能性すらある黄泉を相手に調子に乗りすぎだ。
 黄泉の心が殺人に傾きそうになったその時、コンコンッと扉をノックする音が聞こえた。黄泉はハッとして扉を見る。

「おっと、部下がやって来たかな?俺たちは別に良いぜ、入って来てもさ」

 黄泉一人であれば何とでもなった。しかし部下たちと国民を天秤にかけるわけにはいかない。黄泉は思い直して一言「入れ」と言葉を紡いだ。入って来た部下は驚愕し、部下の一人は即座に走り去る。

「あれぇ?何かしら?すんごい殺気を感じるんだけどぉ。部下には伝達出来てないのぉ?」

「何だやっぱり罠だったか?この上はこの城を消滅させて……」

「待てっ!早まるなっ!!お前たちの今現在の訪問が下の者に伝達出来てなかったから慌てているだけだ!そ、そうだ!黒影だったな!すぐにも引き渡す!」

 黄泉は焦って条件を飲む。いや、飲まざるを得ない。黄泉は扉の前で立ち尽くしている部下に黒影を連れてくるように伝え、ミーシャたちの戦う気を削ぐのに成功させた。

「うんうん、何事もすんなりってのが良いよな。この調子で条件を飲んでくれることを祈ってるぜ」

 最大戦力は最高の抑止力。力のない者に自由な交渉は望むべくもない。暴力を生業として来た一魔族だからこそ、抗うことの出来ない真理がここにあった。
 そうだ、暴力は全てを解決するのだ。
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