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第十三章 再生

第四十六話 勅命

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『む?アルテミスの気配が消えたか?……ふんっ!奴め、とことん間抜けよな』

 アトムは鎧の巨神を動かし、三体の召喚獣と互角に戦いながらアルテミスを罵る。まるで自分は負けたこともない面構えだが、ラルフたちに突っかかる度に負けていることは棚に上げている。
 アルテミスが間抜けだとする観点はここに集まる神々全員の意見である。エレクトラも例に漏れずアルテミスの敗北にそこまで驚きはなかった。しかしながら、身代わりとは言え創造した肉体を滅ぼされたとあってはいただけない。神に反旗を翻したのだ。その罪は重い。

『ソフィー』

 エレクトラは未だに決着のつかないソフィーを呼んだ。

 バギンッ

 ソフィーとエレノアの打撃が噛み合い、反発しあって双方吹き飛ぶ。態勢を立て直して着地すると、地面に抉ったような跡を付けながらブレーキを掛けた。ピタッと立ち止まり、構えを解かぬままにエレクトラに声を掛ける。

「……お呼びでございますか?」

『そいつはもう良い。あの魔族を殺すのよ』

 ミーシャを指差す。ソフィーはチラッと一瞬ミーシャを見てすぐに視線を戻す。最も殺したい相手はこの女だが、神の勅命を聞かないわけにはいかない。心の中では即座に自分の目的を捨て、ミーシャに狙いを定める。だがエレノアがこのまま自分を見逃すはずはないだろう。必ず立ち塞がる。それを掻い潜る方法を模索し始めたその時、エレノアは戦闘態勢を解いた。

「……何のつもりでしょうか?」

「ミーシャとやり合うんでしょぉ?良いよぉ、勝てるもんなら行ってみなよ。邪魔はしないからさ」

 エレノアは肩を竦めてソフィーに道を譲る。訝しみながらもエレクトラのためにとすぐに動き出す。

「ああ、待って待ってぇ。槍を持っていかないとダメよぉ?」

 その言葉に促されるまま、ソフィーは突き刺さった槍を握って引き抜く。多少地面の抵抗があったが、引き抜くだけに集中出来たならやはり造作もなく抜けた。

「……みなごろしに死んで欲しいということでしょうか?」

 エレノアは人差し指を口元に持っていき、静かにするようにとジェスチャーをして見せた。

「彼女ね、その二つ名が嫌いなのぉ。呼ぶならミーシャか別の可愛らしいニックネームを付けてあげてぇ?」

「何の心配ですか……てっきり私に殺して欲しいのかと思ってしまいました」

「その度胸は買ってあげるぅ。あ、良いこと思いついちゃった。もしミーシャを倒せたら私の命をあげるぅ」

「は?」

 突然の申し入れに驚愕から間抜けな声が出た。ソフィーは頭を振って表情を引き締める。

「……もし倒せなければ?私は何かしなければならないんでしょうか?」

「何もしなくて良いよぉ?見返りなんて求めてないしぃ……そうねぇ、負けた事実だけを持って帰りなさい。上には上がいると認識するのは間違いじゃないのよぉ」

「強者は傲慢な者しかいませんね。自分に自信があるのは結構ですが、図に乗るのも大概にしなければ足元を掬われますよ?」

 上には上がいる。そんなことは小さな頃から理解していた。
 ソフィーは魔法は使えたが、肉体能力は無いに等しかった。魔道具とエレクトラの力で身体能力を強化される前は惨めだったと振り返る。エレノアのように生まれた時から強者を約束された魔族などとは比べるべくも無い。

 ドンッ

 地面にヒビを作り、ソフィーは瞬時にその場を去る。エレノアはそれを目で追いながら呟いた。

「……鏡でも見てたのかなぁ?」

 エレノアに「足元を掬われる」と言い放ったが、それはソフィー自身にも言えることだった。相手の戦力を読み間違えればどうなるか、それは痛みでしか分からない。
 槍を構えて、光の如き神速でミーシャとの距離を一瞬で縮めるソフィー。簡単な攻撃だ。間合いに入った途端に槍を突く。どれほど頑強でも、この速度から放たれる突きは、生き物では防ぐことは出来ない。

 ガシッ

 しかし槍で脇腹を突く直前にミーシャに握り止められる。急停止を食らったソフィーは前方に体がブレたが、ミーシャは全く変化なし。相変わらずケロっとした顔で立っている。

「あっぶな!……何こいつ?誰だっけ?」

 まさか攻撃を回避されるなど露ほども思っていない。ソフィーが槍を引くと、それに合わせてミーシャも手を離す。ソフィーはそこまで急に手離されると思っていなかったので、若干ふらついたが、すぐさま戦闘態勢に移行している。

「辞めろソフィー……この女には勝てない」

 ゼアルは意気消沈といった風で、肩を落として敵対意識が薄れている。先のアルテミスの頭爆散が頭から離れない。

「そんな風に諦めていては勝てる者も勝て無いでしょうに……神の御名みなにおいて”魔王ミーシャ”、あなたを葬り去りましょう」

 これでもかと宗教を宣伝するソフィー。

「ああ、私に果たし合いを挑みたいのか?……受けて立とう」

 ミーシャはザッと一歩踏み出し、全身力んで魔力の奔流を見せびらかす。強者とは、傲慢で隙だらけな者だとソフィーは知っている。ミーシャだって例に漏れず傲慢で隙だらけだ。そう、隙が隙にならないだけだ。つまり勝率は皆無。
 二人の睨み合いで先に動いたのはソフィーでもミーシャでもなく、ゼアルだった。実はソフィーの加勢に勝ち目を見出していたゼアルはアルテミスを目の前で亡くしたショックで意気消沈を演じていた。まんまと騙してこの機を狙ったが、ミーシャには通用しない。

 ゴッ

 傷をつける、つけない以前に、当たらなければ意味がない。振り下ろそうとした剣より先に拳が飛んできたのだから。これにはソフィーもがっくりと肩を落とす。ゼアルが水平に飛んで失神しているから。

「おいおい。騎士の団長を務めるゼアルが一対一の決闘を邪魔するなんて世も末だな……」

 ラルフには分かっていた。こんなことを言いながらもゼアルにはそれしかなかった。ここでミーシャの全てを打ち砕く拳。
 それを見て尚、ソフィーはミーシャを攻撃する。神の勅命は彼女の中で何ものにも変え難い。
 だが攻撃がミーシャに当たることはなかった。ソフィーの自慢の槍の攻撃は全て読まれ、ミーシャは反撃する。

 メギュッ

 槍の柄が半分に折れ、さらに魔道具と化した義手をも破壊した。

「ぐっ……!!」

 それでも態勢を立て直そうと努力するソフィーを見てラルフは思ったことを口にする。

「わぁ……しつこいなぁ……」
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