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第十三章 再生
第三十六話 愛憎の鬼神
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難しい話じゃない。ただ必要なのは敵を倒すこと。
この世界にあるのは二つ。人かそれ以外。人が生きられる環境を作ることは強き者の責務。
幼き頃から一角人の中でも優秀な力を持つソフィー=ウィルムは宗教家の家柄もあって、神を信仰する僧侶として大成した。死んだ者の成れの果てである不死者が大挙してホーンの国に攻め入った時は率先して戦い、最も多くのアンデッドを神の国に帰したとして”アンデッドイレイザー”の称号を賜る。
敬虔にして謙虚な彼女はホーンの誇りとも言われ、国内外にその名を轟かせた。
ブレイブのチームに編成されて三日の後、イーリスとの仲は急激に深まった。同性であり、共に活動することが多かったイーリスとの旅は、自国でも出来なかった親友を得るに至る。
きっとこの旅が終わっても彼女とは生涯友でいられるだろう。ホーンの祭りに招待し、翼人族の祭りに参加し、休暇には南の島で共に過ごすのだ。歳を取り、体が思うように動かなくなった時、バードの国の周辺に移住し、ゆったりとした生活の中で息を引き取る。もちろん彼女を看取ってから、若しくは彼女に看取られて……。
「……私の些細な夢を潰されました。ブレイブという愚か者に奪われたのです」
ソフィーはブレイドたちの前に来るや否や唐突に言葉を紡いだ。
「死んで当然の男です。もっと苦しんで死んで欲しかったですが、私の前で処刑されたのですからこれ以上は贅沢というものでしょう……」
それを聞いたエレノアは目を見開くと、ブレイドたちより一歩前に出て質問を投げかけた。
「あの人の最期を見たの?教えて、あの人は……あの人はどんな最期を迎えたの?」
「……無様なものでしたよ。何も言えず、痩せ細って俯くしか能のない虫の如き矮小な存在。処刑人に首を差し出し、この世の未練を死によって断ち切ろうとする裏切り者。あんな男と共に戦っていたなど考えただけで吐き気を催します」
恨みが篭った念を唾を吐き出すように撒き散らす。人のためならその身を捨てられるほど心が澄んでいた女性はここには居ない。居るのは憎悪にまみれ、人の心を失った悲しき鬼だけである。ブレイブの死は彼女の心に救いを与えず、逆にもっと拗らせることになったのだ。
元よりエレノアの心に寄り添う気もなかったであろうが、それにしても言い過ぎであることは間違いない。彼女にとって、世界に二つあるのは人かそれ以外などではない。自分かそれ以外である。
「そう……そうなのね……」
エレノアは自嘲気味に笑う。処刑の話は当時既にエレノアの耳に入っていた。ブレイブは第一魔王”黒雲”討伐の栄誉を蔑ろにされ、茫然自失するほどに身も心も痛めつけられ処刑されたのだと推察出来た。思った以上に悲しい死だったに違いない。
エレノアの肩をポンっと叩いてブレイドが前に出る。
「ソフィーだったな。確かに親父……ブレイブは死に値する存在だったかもしれない。本気で嫌っているのがヒシヒシ伝わってくる。でもそんなあんたに問いたい。ブレイブの罪は母さんや息子である俺に受け継がれるものなのか?既に処刑で贖われた罪を蒸し返すなんて不毛じゃないのか?」
ブレイドは歳に似合わず小難しい質問をする。ソフィーは訝しい顔でブレイドを睨みつけた。
「……この私に倫理を問おうというのでしょうか?であるならば傑作ですね。答えは当然でしょう。何故なら罪を死で贖うのは当然として、ブレイブは責任から逃げたのです」
「責任から逃げ……?……え?」
「イーリスを死に追いやった罪は償いました。でもイーリスの遺体はどこにあるのです?間違いなくヲルト大陸に置いていったのでしょうね。彼は大切な仲間を放置したのです。これは由々しき事態です。私にイーリスの遺体はおろか、形見の一つも持ち帰りませんでした。責任から逃げ、死を選んだ彼の罪が妻や子に受け継がれるのは当然。今度はあなた方がその命で贖ってください」
ブレイドは身震いする。それは武者震いではなく、発狂した人間の狂気に触れた時特有の不快感からだ。
「怖い怖いとは思ってたけど何か納得したかも……こんな人なら自分の体を改造するくらいわけないもんね」
アルルはブレイドの背中に隠れるようにソフィーの様子を窺う。
「避けられないか……」
ブレイドはソフィーを説得するのを諦めた。ソフィーの思考は、現在天空でミーシャと対峙する魔王クロノスと似通っている。人魔同盟などなくてもどこかで意気投合していたのではないだろうかと思えるくらいだ。
「待ってブレイド。ソフィー、あなたは誤解している。イーリスとオリバーは自ら陽動を買って出た。お父さ……イシュクルの元に行くにはそれ以外に道がなかったから。彼らの死は無駄ではなかったのよ。その遺体は私が丁重に弔ったから、もう憎悪を向けないで……」
エレノアの言葉はソフィーの逆鱗に触れた。
「魔族の弔い?!なんて悍ましいの!?神様への冒涜だわ!!」
宗教とは自身の拠り所であり、ソフィーにとっての人生。人を虫けらの如く殺す魔族に宗教などあってはならない。第一その場合の神は何なのか?ソフィーの知らない神は全てが邪神であり、悪神であり、魔神に該当する。
ソフィーは怒り狂って槍を構える。やはり戦いは避けられない。
『そうよソフィー。あなたは私の子。魔族も半人半魔も敵対するなら人間も。誰も彼も殺し尽くしなさい。その全てを私は肯定します。何故なら私はあなたの唯一の味方なのだから』
エレクトラはソフィーに耳打ちする。大義名分は我にあり。ラルフがミーシャと共に避けられぬ戦いに身を投じる中、こちらもこちらで負けられぬ戦いが再開されていた。
ブレイドたち三人 対 エレクトラの加護を受けたソフィー。
クロノスの機転で張られた魔障壁。
この戦いを持ち越すことは出来ない。無論、勝敗の行方はどちらかが死ぬまで。
ソフィーは周りの喧騒を無視してブレイドに突っ掛かる。気が済むことのない永劫の憎悪が身も心も燃やし尽くすまで彼女は戦い続ける。それが正義であると信じて……。
この世界にあるのは二つ。人かそれ以外。人が生きられる環境を作ることは強き者の責務。
幼き頃から一角人の中でも優秀な力を持つソフィー=ウィルムは宗教家の家柄もあって、神を信仰する僧侶として大成した。死んだ者の成れの果てである不死者が大挙してホーンの国に攻め入った時は率先して戦い、最も多くのアンデッドを神の国に帰したとして”アンデッドイレイザー”の称号を賜る。
敬虔にして謙虚な彼女はホーンの誇りとも言われ、国内外にその名を轟かせた。
ブレイブのチームに編成されて三日の後、イーリスとの仲は急激に深まった。同性であり、共に活動することが多かったイーリスとの旅は、自国でも出来なかった親友を得るに至る。
きっとこの旅が終わっても彼女とは生涯友でいられるだろう。ホーンの祭りに招待し、翼人族の祭りに参加し、休暇には南の島で共に過ごすのだ。歳を取り、体が思うように動かなくなった時、バードの国の周辺に移住し、ゆったりとした生活の中で息を引き取る。もちろん彼女を看取ってから、若しくは彼女に看取られて……。
「……私の些細な夢を潰されました。ブレイブという愚か者に奪われたのです」
ソフィーはブレイドたちの前に来るや否や唐突に言葉を紡いだ。
「死んで当然の男です。もっと苦しんで死んで欲しかったですが、私の前で処刑されたのですからこれ以上は贅沢というものでしょう……」
それを聞いたエレノアは目を見開くと、ブレイドたちより一歩前に出て質問を投げかけた。
「あの人の最期を見たの?教えて、あの人は……あの人はどんな最期を迎えたの?」
「……無様なものでしたよ。何も言えず、痩せ細って俯くしか能のない虫の如き矮小な存在。処刑人に首を差し出し、この世の未練を死によって断ち切ろうとする裏切り者。あんな男と共に戦っていたなど考えただけで吐き気を催します」
恨みが篭った念を唾を吐き出すように撒き散らす。人のためならその身を捨てられるほど心が澄んでいた女性はここには居ない。居るのは憎悪にまみれ、人の心を失った悲しき鬼だけである。ブレイブの死は彼女の心に救いを与えず、逆にもっと拗らせることになったのだ。
元よりエレノアの心に寄り添う気もなかったであろうが、それにしても言い過ぎであることは間違いない。彼女にとって、世界に二つあるのは人かそれ以外などではない。自分かそれ以外である。
「そう……そうなのね……」
エレノアは自嘲気味に笑う。処刑の話は当時既にエレノアの耳に入っていた。ブレイブは第一魔王”黒雲”討伐の栄誉を蔑ろにされ、茫然自失するほどに身も心も痛めつけられ処刑されたのだと推察出来た。思った以上に悲しい死だったに違いない。
エレノアの肩をポンっと叩いてブレイドが前に出る。
「ソフィーだったな。確かに親父……ブレイブは死に値する存在だったかもしれない。本気で嫌っているのがヒシヒシ伝わってくる。でもそんなあんたに問いたい。ブレイブの罪は母さんや息子である俺に受け継がれるものなのか?既に処刑で贖われた罪を蒸し返すなんて不毛じゃないのか?」
ブレイドは歳に似合わず小難しい質問をする。ソフィーは訝しい顔でブレイドを睨みつけた。
「……この私に倫理を問おうというのでしょうか?であるならば傑作ですね。答えは当然でしょう。何故なら罪を死で贖うのは当然として、ブレイブは責任から逃げたのです」
「責任から逃げ……?……え?」
「イーリスを死に追いやった罪は償いました。でもイーリスの遺体はどこにあるのです?間違いなくヲルト大陸に置いていったのでしょうね。彼は大切な仲間を放置したのです。これは由々しき事態です。私にイーリスの遺体はおろか、形見の一つも持ち帰りませんでした。責任から逃げ、死を選んだ彼の罪が妻や子に受け継がれるのは当然。今度はあなた方がその命で贖ってください」
ブレイドは身震いする。それは武者震いではなく、発狂した人間の狂気に触れた時特有の不快感からだ。
「怖い怖いとは思ってたけど何か納得したかも……こんな人なら自分の体を改造するくらいわけないもんね」
アルルはブレイドの背中に隠れるようにソフィーの様子を窺う。
「避けられないか……」
ブレイドはソフィーを説得するのを諦めた。ソフィーの思考は、現在天空でミーシャと対峙する魔王クロノスと似通っている。人魔同盟などなくてもどこかで意気投合していたのではないだろうかと思えるくらいだ。
「待ってブレイド。ソフィー、あなたは誤解している。イーリスとオリバーは自ら陽動を買って出た。お父さ……イシュクルの元に行くにはそれ以外に道がなかったから。彼らの死は無駄ではなかったのよ。その遺体は私が丁重に弔ったから、もう憎悪を向けないで……」
エレノアの言葉はソフィーの逆鱗に触れた。
「魔族の弔い?!なんて悍ましいの!?神様への冒涜だわ!!」
宗教とは自身の拠り所であり、ソフィーにとっての人生。人を虫けらの如く殺す魔族に宗教などあってはならない。第一その場合の神は何なのか?ソフィーの知らない神は全てが邪神であり、悪神であり、魔神に該当する。
ソフィーは怒り狂って槍を構える。やはり戦いは避けられない。
『そうよソフィー。あなたは私の子。魔族も半人半魔も敵対するなら人間も。誰も彼も殺し尽くしなさい。その全てを私は肯定します。何故なら私はあなたの唯一の味方なのだから』
エレクトラはソフィーに耳打ちする。大義名分は我にあり。ラルフがミーシャと共に避けられぬ戦いに身を投じる中、こちらもこちらで負けられぬ戦いが再開されていた。
ブレイドたち三人 対 エレクトラの加護を受けたソフィー。
クロノスの機転で張られた魔障壁。
この戦いを持ち越すことは出来ない。無論、勝敗の行方はどちらかが死ぬまで。
ソフィーは周りの喧騒を無視してブレイドに突っ掛かる。気が済むことのない永劫の憎悪が身も心も燃やし尽くすまで彼女は戦い続ける。それが正義であると信じて……。
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