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第十三章 再生

第三十四話 掌握

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 ボンッボンッボンッ……

 縦横無尽に動き回り、魔法を駆使してミーシャの攻撃を掻い潜るクロノス。火の玉を飛ばしてみたり、高水圧カッターで牽制してみたり、雷を放ってみたりと多彩な攻撃を見せる。
 一方のミーシャは魔力砲一辺倒で単調に見える。しかし威力の面ではミーシャの方に軍杯が上がるのは言うまでもない。
 魔族や魔法使いにとって、ただ魔力を放つのは水道の蛇口を捻るくらい簡単なこと。精々出す量の調整くらいしか工夫の余地がなく、その上すぐにも魔力は枯渇する。
 魔法は魔力を媒介とした事象の具現。創意工夫で得られる効果は絶大で、生活から戦いまでの全てを網羅可能。回復魔法に至っては傷もなかったことに出来る。最も効率的なのはただ魔力砲を放つよりも節約が可能という点だ。
 確かに魔力砲は魔力そのものを光学兵器の如く飛ばすので威力は高いのだが、節約出来て便利な魔法があるのに、わざわざ魔力砲を撃つなどバカのやること。時代と逆行していると言われても不思議はないほど原始的な攻撃方法だ。

「チッ……ちょこまか動いて鬱陶しいな……」

 ミーシャはクロノスの多種多様な魔法など意に介していない。自身の放つ魔力砲の足下にも及ばない攻撃など気にするだけ無駄だ。
 ミーシャが最強の所以はほとんど枯渇しない魔力の総量にこそあった。魔力の総量が多いということは無駄遣いが出来るということ。魔力を無駄遣い出来るということはそれに応じた威力を出せるということ。魔障壁にしても同じことが言える。厚さ10mmの鉄板と厚さ1000mmの鉄板では強度において比べるべくもない。
 誰しもが知る強さとは、見ただけで話にならないと呆れてしまう、それほどまでの格差ある物なのだ。

「ミーシャ、確かにあなたは強い。しかし、その最強の座は今日変わる。全て私がいただくのだから」

「ふんっ!粋がるなクロノス。異世界人の特異能力を手に入れたところで、私に近づけなければダメなことぐらい分かってるんだ。ここで消滅させて、裏で画策していた悪事を清算させてやる」

「私の罪を贖っていただけると?大変嬉しい誘いですが、まだ死ぬわけには参りません。むしろこちらがその命を絶ち、その遺骸を家具として永遠に私の部屋に飾って差し上げます」

「……いや、キモいから。それは流石に……ね」

 ミーシャもドン引きの性癖を露出するクロノス。その顔は醜く歪み、邪悪に笑う。

「永遠に私の物となるのであれば別に死んでいても良かったんです。ですがあなたは生きていた。だから囲うことにしたのです、ペットとしてね。しかしあの男に阻まれ、その願いは儚く散ってしまいました。ならば最初に立ち返ろうと思いまして、一先ず肉片だけでも持ち帰りたく画策しております」

「ね、ねぇ、ちょっ……ちょっと頼むから、もう喋らないでくれる?こんな奴に気を許していたなんて欠片も思いたくないから……あの美しかったペルタルクでの思い出を汚さないでくれる。いや、むしろ今すぐ死んでくれる?」

「……酷いですね。こんなにも胸襟を開いているのに……流石に傷つきましたよ?」

「そんなの暴露された私の身になれないの?お前以上にショックを受けたんですけど?」

「ふふ……左様で。お喋りはこのくらいにして、そろそろ決着と行きましょうか?」

「え?何こいつ一方的に……いや、まぁその方が良いか。そのクソみたいな性壁と共に消えてもらうわ。影も残さないからそのつもりでいてね」

 ドンッ

 ミーシャは言うが早いか、魔力砲をぶっ放す。その出力は山を消滅させるほど。高出力のビームの太さはクロノスを丸っと飲み込む大きさだ。避けねば消滅は避けられない。クロノスはそんな魔力砲に手をかざす。魔力砲がクロノスのかざした手の表面を焼いた直後、それは起こった。

 ギュバッ

 その音を聞いた瞬間にミーシャは魔力砲を握り止める。ズゾゾゾ……と排水溝に水が一気に流れ込むような音を立てながら、肘まで消えたクロノスの手に吸われていった。クロノスは更なる力を手にしたが、その代償に腕を欠損させていた。

「何を……そんな風に能力を使ったらその内手足が無くなるでしょ?」

「ええ、まぁ。それに痛いですし。しかし心配ご無用。私の元々の能力は……」

 ジュウゥゥッと肉が焼けるような音が鳴り、クロノスの腕が徐々に元の形を取り戻していく。右手の中指の爪の先まで再生しきる。

「ん……ふぅ、時を戻す能力ですので」

 ミーシャの頬に汗が伝う。

「そうか……良い能力を手に入れたな……」

 ”吸収”と”時を戻す”能力。吸収しながら時を戻せば何のリスクもなく能力を使用できる。異世界人は厄介な魔族に捕まったものだと閉口する。これほど面倒な変態を生み出したのだから。

「お褒めに預かり光栄です。それでは改めて、始めましょう……死の輪舞曲ロンドを」

 ゴクリと固唾を吞む。ミーシャが緊張する。こんなことは魔王の座を戴き、初めて円卓の場に顔を出して以来だ。あの時はグラジャラクの頂点という責任感から来ていたものだが、恐怖による緊張は生まれてこの方初めてだ。イミーナに裏切られた直後にも感じなかった死への恐怖。間近に迫るクロノスという存在に目が離せない。

「……助けてぇ……!!」

 この微かに聞こえる声を聞くまでは。
 この声にはミーシャだけでなく、クロノスも視線を切った。アルテミスに追われて逃げるラルフの姿が見えた。

「ふっ、無様ですね。何故あれほどの力を持って立ち向かわないのか理解に苦し……む?」

 クロノスがミーシャに視線を向けると既にその姿はない。ミーシャはクロノスとの戦いから離脱した。クロノスは肩を竦める。

「いよいよですねミーシャ……私とのダンスはそんなにも退屈ですか?ラルフがそんなにも大事ですか?」

 クロノスは両手を広げた。

「私の元から離れられないように、ここをキルゾーンとして閉じ込めましょう。私の鳥籠を……」

 空を覆い尽くすほどの魔法陣が出現する。それが天地を囲う。人の街を守る魔障壁のように巨大で、それ以上に強固。この場にいる全員が完全に閉じ込められた。

「神も人も魔族も、ミーシャも……そして忌まわしきラルフも。誰も彼も逃さない。全てが私の手中……そう、全てが私のもの……」
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