上 下
518 / 718
第十三章 再生

第二十四話 混濁の果て

しおりを挟む
「……ラルフ」

 ミーシャは口を開くなりラルフを呼んだ。ラルフは感極まって泣きそうになるが、ぐっと我慢してコクリと頷いた。

「……そうだ」

「私がミーシャであなたがラルフ。それで正解?」

 この質問には少し違和感があったが、記憶が別の誰かのと混濁したらこういう反応になるのも不思議ではないのかもしれない。ラルフは鼻をすすりながら頷く。

「うん」

 ラルフの泣きそうな顔にミーシャは首を傾げながら辺りを見渡した。

「そう……それで、ここは何処?」

 十分周りを見渡したからか、きょろんとした純粋な目がラルフに向けられる。こちらを縦長の瞳孔でじっと見つめる様は、猫が獲物を見つけて吟味しているように見える。
 ラルフもじっと見つめ返す。それはまるで視線を切ったら負ける遊びの様な空気を醸し出していた。

「ここはミーシャの心の中さ」

「私の?」

 今一度周りに目を配りながら口をへの字に曲げた。

「随分辛気臭いところね。私は腹黒だったってことの現れなのかな?」

「何言ってんだよ。ミーシャは素直で良い子じゃないか、腹黒とは程遠い。イミーナとは違うだろ?」

「うん……確かにイミーナとは違うけど……」

 それにしては暗いと考える。腹黒くなければ根暗ということだろうか。確かにあまり騒がしいのは好まない。旅行は好きだが、主に景色や食事に関しての楽しみであり、行事や祭りなどは出来れば避けたい。風習や慣習、所作などの面倒なことが嫌いであることと、ぶっちゃけ楽しみ方が分からないからだ。これらを統合すると”根暗”ということで間違い無いかもしれない。

「あの……ミーシャ、ちょっと聞いてくれ」

「うん?」

「実はお前の頭に俺の記憶を流し込んだ。色々ごっちゃになって整理が付かないから考え込むことが多いんだと思う。俺の思考や言動がうつってるかもしれないからそこは先に謝っとく。ごめん」

 ラルフはグッと頭を下げた。ミーシャとしても薄々は気づいていた。物事がハッキリせず、ふわふわ浮いているような感覚。あまりに実感がなさすぎてスルーしてしまっていた感情を呼び戻す。

「……良いよ、分かってる。私の記憶を戻そうとしたんだよね。さっき見えた。ラルフが私を助けたこと、イミーナがしでかしたこと、ベルフィアやみんなとの生活、そして蒼玉が私に何かしてるのが……」

 ミーシャの言葉に顔を上げる。その顔には微笑みがあった。

「……私ってあんな風に笑うんだ……」

 第三者視点で自分を見る機会などほぼ無いだろう。ラルフの視点から見たミーシャはわがままで甘えん坊な子供。毎回抱き枕にされることに辟易しているが、ミーシャが気持ちよく寝られるように努力してくれている。それを知ってか知らずか嬉しそうに一緒に寝たり、ご飯を食べたり、ふざけあったり……。記憶が消えていたミーシャの中に差し込まれた行間。それはミーシャが欲しがった家族の理想形だった。
 笑顔を見せたミーシャに信じた全てが報われたような気になる。小柄なミーシャにしがみ付いて子供のように泣き喚きたくなったが、自分をクールと信じてやまないラルフはコホンと咳払いをして立ち上がる。

「……消された記憶は元に戻らないだろうし、その時のミーシャの気持ちや思考は残念ながら復活しない。だからまた最初からやろう。俺たちの旅をさ」

 ラルフはハットを被り直してニヤリと不敵に笑った。気取った態度は自分の弱さを隠す時の癖。イキった態度も自分を普段より大きく見せようとする言動も、全てがカラ元気だ。ミーシャはそんな弱々しい男の内面を知っている。或いは忘れた昔よりももっとラルフを身近に感じていると断言出来る。

「……うん。一度裏切った私だけど……許してくれる?」

「俺を殺さないって約束出来るなら許すよ。つってももう心配なさそうだけどな」

 ラルフが手を差し出す。ミーシャはその手を取ってさらに微笑んだ。宝石のような笑顔と右手薬指のシンプルな指輪がより一層の輝きを見せた。
 白絶は二人の精神体の外側でフッと笑顔を見せる。

「……はぁ……何とかなったようだね……それじゃあ……次は戦争か……」

 中々終わりそうに無い二人の再会の喜びに、若干冷ややかな目を向けながらも祝い事のように心が高揚していた。



重力操作=圧グラビティア プレス

 ズンッ……

 先ほどまで懸命に戦っていたメラが地面に突っ伏した。地面にめり込むほどの力に尽きかけの体力では一秒とて耐えることは出来ず。
 デュラハン9シスターズのさらに半数が”魔女”ソフィー=ウィルムによって消滅させられた。それを背後で見ていたバクスはあまりの強さに震えた。

「つ……強い……アンデッドイレイザーの異名は噂だけじゃなかった……」

 感動のあまり気づいていないが、聖職者であり、神の祈りによってアンデッドを死滅させる力は浄化の光。決してデュラハンの剣戟に付いていけるほどの身体能力は、まして人間では持ち合わせられない。これには別の力の介入があったのだが、バクスではそれを見破る術も、それに至れる知識が不足している。

「はぁ……はぁ……エールー……シーヴァ……カイラ……ティララ……ごめんなさい……わたくしが……い……なが……ら……」

 メラは地面に埋まってそのまま意識を手放した。先に死んだ姉妹たちが光の粒となって消えていく。シャークも完膚なきまでに叩きのめされて自慢の荒っぽい性格も意識と共に飛んでいる。デュラハン姉妹だけでも壊滅させられそうだった軍勢は、それより強い個によって覆された。
 ソフィーは槍をくるっと優雅に回してバクスに微笑む。

「神の思し召しです。神はいつでも私を見ておいででした。この勝利に感謝を……」

 会釈程度にお辞儀して下がろうとすると、何かに気づいて首を傾けた。

 ドンッ

 魔力砲がすぐ横を通り抜け、衣類が少し焼けた。肩越しに後ろを確認するとガンブレイドを構えた男が立っていた。側には女の子もいる。

「どこ行こうってんだ?」

 その目は殺意に満ち満ちていた。

「あなたはどこかでお会いしましたね。確かイルレアンでラルフと一緒にいた……」

 あの時はラルフばかりに気を取られて気がつかなかったが、この男の子は誰かさんにそっくりだ。記憶をほじくり返す必要はない。自分の人生で最も辛く悲しい出来事。そんな風にしてしまった張本人にそっくりなのだ。

「その顔……気に入りませんね……」

「そうか……奇遇だな、俺もだ……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...