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第十三章 再生

第十二話 平和への一歩

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「……以上が式典の内容だ。何か付け足したいものはあるか?」

 マクマインは蒼玉に平和協定の日時、参加者の内訳、式典の予算やそれぞれの種族に設けられたスピーチの時間配分など細かな調整に入っていた。

「そうですね……エルフェニアというのはエルフの国の名前でしたか?」

「その通りだ」

「出来ればその地を同盟の足掛かりとしたいのですが、可能でしょうか?」

「無理だ。その案は先にレオ=アルティネスに進言済みだが、全く以て話しにならん。当然といえば当然ではあるが……」

「それは残念ですね。「人族を纏め上げたエルフが魔族を招き入れる」……これほど宣伝効果のあるものはないと思うのですが……」

「それは私も考えていた。人魔同盟を掲げるならエルフェニアでとな。……レオ=アルティネスが首を縦に振らないことも、貴様がわがままを言い出すことも含めて想定済みだ」

「ふふふ……流石は公爵、感服の至りです。どうでしょう?私たちは相性も良さそうですし、いっそ子供でも作ります?」

 マクマインは蒼玉の魂胆を読んで苦い顔を見せた。この冷ややかな微笑、単なる冗談であると同時に「これは予想していなかったでしょ?」と誇らしげにしている。

「……それは協定の締結後、物好きな者たちに任せるとしよう」

 やんわり断りを入れる。当然の答えに「それは残念ですねぇ」と半笑いで返してくる。この下らない掛け合いのせいで思い出したくもなかった事柄が記憶から浮上してきた。
 物好きな者たち。それは最高の部下にして掛け替えのない友、勇者ブレイブだった。第一魔王”黒雲”の娘、エレノアとの恋愛を経て”半人半魔ハーフ”のブレイドをこの世に誕生させた。ブレイドは忌子だ。いや、時代が今よりもう少し進んでいたら祝福された子供になっていただろう。全てはタイミングが織りなす奇跡だ。
 ブレイドとエレノア。二人の出会いが無ければ黒雲は未だ健在であっただろうし、今の同盟には絶対に繋がらなかった。どちらかが絶滅し、どちらかが繁栄を謳歌する変わることの無かった未来。この場合、九割の確率で人類の滅亡を約束する。
 人魔同盟のことを思えば、国として権力者としての体裁を保つためとはいえ、ブレイブを処刑したのは間違いであった。地下にでも幽閉していれば今頃……。

(バカか私は……一時の感情などではない。そんなことをしていたら今頃ブレイブが旗頭になってイルレアンが戦場になっていたかもしれん……ブレイブを見限ったのは全ては平和のため。そして私個人の目標のためだ)

 後悔などしていない。そういえば嘘になる。しかし成さねばならない事を前に個々人の感情など些事である。

『何でそんな神妙な顔をしてるの?』

 さっきまでこの空間にいなかったはずの女児が足をプラプラさせながら椅子に座っている。

「アシュタロトか。貴様どこをほっつき歩いていた?」

『何処でも良いじゃん。……アトムやアルテミスと会話してたかもね』

「ほぅ、それはさぞ荘厳な会合だったのでしょうね。ぜひ参加したかったのですが……」

『無理無理、プライベートだもん』

「左様でございますか……」

 蒼玉の見るからにガッカリした表情を無視してアシュタロトは意地悪っぽくマクマインを見た。

『それにしても牙の折れた猛獣ってのはどうしてこんなにも大人しいんだろうね』

「……何だと?どういう意味だ?」

『そのままの意味だよ。あんなにも魔族に憎悪していた男が、どうして協定を結ぼうなんて日和ったのか。その真意を聞きたいと思ってさ』

 蒼玉も顔を上げて微笑を湛える。どうやら彼女も気になるらしい。

「我が復讐は成し遂げられた。思った形ではなかったが、これ以上の争いは無意味。幸運なことに理性ある指導者が魔族側にも居たことがこの協定を結ぶきっかけとなった。ただそれだけのことよ」

『あの怪物を殺さない限り協定は無意味だと僕は思うなぁ。勇者ブレイブを手にかけた気概を見せて欲しいもんだけどね』

 ブレイブをダシにされるとは思いも寄らなかった。一瞬頭が沸騰しそうになったが、あることで一気に溜飲が下がる。

「ふふっ……確かに殺さなければならないと常日頃万全の策を捏ねくり回していたさ。だが何度も言うぞ?既に復讐は済んだのだ。あの女の顔を見る度、私の心は清く澄み渡ることだろう。あの怪物が唯一身を挺してまで守りたかった存在を、その手で消滅させた事実。あの純粋無垢な顔で、自分のしたことを何も知らずに生きていくのだ。ふははっ!滑稽でならん!当時を振り返るだけで笑いが止まらん!!」

 黒い。邪悪とも取れる思想だが、アシュタロトは平気な顔で質問を続ける。

『でもさぁ、それって復讐なの?勝手に自爆しただけのように感じるけど?』

「正解だ。だから語りぐさになる」

「なるほど。彼女を殺したがっていた貴方はそれ以上の復讐を知り、逆に生かしたくなった。私は彼女が私のものになった以上、殺す気はない。正に相互利益の関係にあると言って間違いないでしょう。アシュタロト様、こういった観点から私たちは協定へと進むのです。ご理解頂けましたか?」

『お?言うね。僕を前にそれだけ吠えられたのは大したものだよ。でも惜しいなぁ……僕的にはマクマインが行くとこまで行ってくれると思ってたのに……』

「それは悪かったな。だが、私はこの結末に大いに愉悦を感じている。それにこれからは息子たちの未来のためにも平和を作り上げなければならん。まだまだ酷使しなければならんこの体を復讐の呪縛から解くまでよ」

『君の娘はどうするの?』

「……アルルか。あの子には奴の残党である以上基本的には死んでもらわねばならん。もちろん、奴らを裏切ってこちらに来る、または命乞いをするならば救い出そう。アイナと……妻と私の最初の愛の結晶だ。妻もそれを望むだろう」

『あっそ、無理しちゃってさ。感情で動いて身内贔屓びいきしたら良いのに』

「そんなわけにはいかん。私とて国を……」

 まだ話している最中にネックレスが振動したのが伝わった。ネックレス型の通信機だ。手に取って宝石部分を確認すると”6”の字が光っていた。アルパザに駐屯中の黒曜騎士団に持たせていた通信機に違いない。

「ふっやはりな。想定通りだ」

 ラルフ一行の残党は最強の戦力と指針を失い、何かに縋るようにドラキュラ城へとやってくることが想像出来ていた。兵士に監視を強化させたことが功を奏したと言える。アルパザ領内の包囲を頭で考えながら起動させた。だが、そこに映っていた人物のせいでその思考は泡沫と消える。

『あ、便利ー。一々魔法使いに繋がる先を指定しなくていいわけだ。これ廉価版でも流通させたら一儲け出来そう……』

「き……貴様……ラルフ?」

『よぉっ!マクマイン!と蒼玉。短い間だったけども、元気してた?』
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