上 下
501 / 718
第十三章 再生

第七話 迷惑な部外者

しおりを挟む
 それは大体二日前の話。
 八大地獄はペルタルク丘陵での敗北に打ちひしがれ、命からがら逃走していた。休養を欲した彼らは偶然見つけた人族の隠れ里に身を寄せた。パドル村と呼ばれる小さな村だ。
 到着した途端に警備隊に囲まれ、事情聴取を受けることになった。魔族でないことを確認した村人たちは、盗賊の可能性も考慮して一度追い払おうと画策するが、幼い少女パルスが可哀想だということと妖精ピクシーの存在を視認し村への滞在を許可した。
 倉庫に使っていた古い建物に案内され、ようやくくつろぐことが出来たのだった。

「本当に良い拾いものだったな。パルスに感謝せねばなるまい」

 ロングマンは顎髭を撫でながらオリビアに目を向ける。オリビアは嬉しいような悲しいような複雑な顔で頬を掻いた。

「確かに。あん時こいつぶっ殺してたらここの連中は今跡形も無ぇだろうな。飯炊き係が居ないんじゃ面倒事が増えるってもんだぜ」

 顔に似合わず乱暴な物言いで下品に笑うジニオン。体は美女になっても性格は粗暴な野生児のままだ。

「しかしそう長くはれんぞ?他の連中はどうとでもなろうが、あのジェームスとか言う警備隊長。儂等をかなり警戒しておった。総動員、若しくは単独で寝首を掻きに来るかもしれん」

 トドットは胡座をかいた足に杖を置いて先端に付いていた宝石に触れる。

「やめよトドット。そんな度胸のある武人ならばこんなところで手をこまねいてはいない」

「こちらとて警戒は必要じゃろ?」

「ふん、警戒するほどの腕前ではない。いざとなれば我が始末する」

 ロングマンの言葉にトドットは口を閉じる。杖も肩に立てかけるように置き換え、宝石を弄るのを止めた。話し合いも終わり、各自で休息に入ろうと体勢を変えた時、先程までウトウトしていたパルスが勢いよく立ち上がった。

「……?」

 パルスの剣幕に一瞬呆けた面々だったが、彼女のヘイトの先にいるものを考えればすぐに分かる。

「神……か」

『ご明察』

 一瞬まばゆい光が目をくらます。徐々に光量が落ち着き、そこには水泳選手のように鍛え上げられた細長い男が立っていた。肩甲骨の辺りまで伸ばした長い髪を掻き上げて、鼻が高く彫りの深い顔が露わになった。

『我が名はユピテル。君たちに会うのは凍結直後だったかな?』

 ほとんど面識の無い神の出現に面食らう。パルスはそれが誰だろうが関係ない。彼女にとって神の気配を持つものは全て敵だ。だが彼女は動かない。
 パルスの持つ第八地獄”阿鼻”と呼ばれる大剣には、何者をも別空間に閉じ込める”無間”という能力が存在する。攻略不可能と思われたこの能力を引っ提げて神に挑むつもりだったが、ラルフに攻略されてから攻略不可能の自負と自信を喪失。最終目標を前にしながら動けなくなったのだ。

『ふっはは!何だいその顔!ネレイドじゃなくて驚いたのかな?』

「……ああ、その通りだ。ユピテルといったな?何の用だ?」

『……様』

「ん?」

『ユピテル”様”と呼ぶのだよ。あと敬語だ。「です。ます。」は神の前では基本中の基本だろう?』

 ユピテルは呆れたように見渡してため息をつく。ジニオンはイラついた顔を見せた。

「んだ?この野郎は?」

「ふむ。神によって性格が違うのは承知していたが、こんなに面倒臭い奴だとはな……まぁ良い、トドット。こいつは頼む」

 ロングマンは早々に責任を放棄してトドットに擦りつけた。「全く……」とトドットも呆れ気味にそれを受諾する。

「……ユピテル様。儂等に何を求めているのでしょうか?」

『うむ。君らの為体ていたらくを見兼ねてね。八人しか居ないってのに、もう三人も殺されているじゃないか、情けない。これでは何度生き返しても同じことだ。そうだろう?』

 ユピテルの言い分にムッとする。正論だ。確かに諸々の問題が解決しない限り、生き返してもまた即殺されるかもしれない。トドット、ジョーカー、ジニオン、パルスの生き残っている面子が死ぬかもしれない。自身もゼアルの剣に殺されかけた。

「なるほど。まさにユピテル様の言う通りでしょうな。儂等の実力に迫る敵がこれ程いるのは完全に想定外でありました。八大地獄を賜りながらこのような失態を見せたことについては釈明のしようがございませぬ。この度は誠に申し訳ございませんでした」

 トドットは項垂れる仲間たちの代わりに立ち上がって頭を下げた。その頭をしばらく冷たい目で見ていたが、その口元に笑みが戻る。

『全く仕様のない愚か者どもだな。このように頭を下げて恥ずかしくないのか?』

 押し黙る。完全に黙秘を選んだ情けない連中に気を良くしたユピテルは、演劇のように手を振った。

『まぁ良いわ。知能指数の低い君らに良いことを授けよう。ズバリ!人間であることが頭打ちとなっているのだ!人間の体を捨て、魔族の体を手に入れよ!!さすれば現状を打開出来ようぞ!!』

 大仰な言い回しでどんな解決策が出るかと思えば魂の器の話であった。ジニオンを屈強な男性から見目麗しい女性に変更出来たのだ。それくらいのことは神の力なら可能にするだろう。

「……ならばさっさと魔族の体で三人を生き返せば良いだろう?何を勿体ぶっている?」

 ロングマンは訝しげに睨みつける。トドットは焦り気味にロングマンに手を振って余計なことを言わぬように牽制する。ユピテルは冷ややかな目を向けながらも満足そうに答えた。

『神に対する接し方を言って聞かせたというのに……やはり獣か。そんな獣では理解出来ぬかもしれんが、肉体の錬成には物が必要なのだ。君らの体はいつでも複製出来るのだが、魔族となれば話は違う。記録が無いのだ。そこで君らは魔族の体を選ぶのだ。その魔族の肉体を奪い、最強の兵士となりて敵を討ち亡ぼすのだ!』

「な、なるほど。確かに同じことをしていては意味がありませぬな。しかし、儂等は魔族に関する知識が欠けております。どれが強く、どれが弱いかなどの知識がなければ脆弱な魔族を選んでしまう可能性があります。どうかお知恵をお貸しくださいませ」

『ふっふっふっ……中々言葉遣いがなっているではないか。良かろう!この世界で最も暑い大陸”灼赤大陸”を目指すが良い!そこにいる魔族共なら申し分ない。世界を揺るがす刃と化せ!八大地獄よ!!』



「好き勝手言ってくれたものだ。それに結局どの種族を取れば正解なのかという肝心な部分が欠落している。あの神は信用ならん上に胡散臭い」

 ロングマンはぶつくさと文句を言いながら、生き物の気配がする方に歩いていく。

「ううむ、ロングマンの言う通りじゃのぅ。死体で良いと言うのじゃから、教えてくれた方が助かると言うに……嫌がらせのつもりなのかもしれん」

 魔族の体であるなら生き返すことを了承したユピテル。より強い体を選別するためには殺さないように立ち回らなければならない。面倒この上ない。

「とりあえずお試しって奴だろ?もし成功するなら俺もして欲しいんだけどな」

「まだそのようなことを……いい加減諦めたらどうじゃ?」

「出来るか!!」

 ジニオンの顔は怒りにまみれる。とりあえず男性に戻りたいジニオンは難癖つけて移し変えてもらうことを画策中だ。

「それもこれも三人の成功あってのものだろう?ある程度の欠損は許されるだろうが、跡形も消し去る真似だけは絶対にするなよ?」

「わかってるっつーの。……というか気になってたんだが、今この大陸よぉ、戦争真っ只中じゃねぇか?」

「……血の臭い」

「おっ、見ろ!パルスも気づいたぜ!」

 ジニオンの指摘に同調する。

「これはこれは……何とも丁度良い。戦争では必然精鋭が出てくる。せっかくだ。我らも戦いに参戦し、ペルタルクとやらでの一戦を塗り替えようではないか」

 今後立ち塞がるゼアルやミーシャを倒す算段は未だ付かない。しかし負けを払拭し、心の傷を癒すことは必要な儀式である。ロングマンが発した言葉に皆が賛同し、戦いに赴く。
 灼赤大陸の内乱に進んで首を突っ込む八大地獄。だが、彼らを止める術はない。彼ら戦闘狂を退けるには死に物狂いで戦い、勝つしかないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...