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第十三章 再生

プロローグ-1

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 暗闇が支配するヲルト大陸。
 魔族が唯一危険を忘れて暮らせる魔族安息の地。今この地、世界一大きな陸地には方々に散らばった魔族たちが集まっていた。
 魔王たちが軒並み滅ぼされ、行き場所を失った者たちが途方に暮れ、すがる思いでやって来たのだ。
 第一魔王”黒雲”の領地であった大陸は、黒雲の活躍により大陸内部に平和を与え、魔族の楽園を築き上げ、千年という時を魔族繁栄に注いだ。居住可能地域も広く、逃げてきた魔族に十分なスペースを確保可能。食料の確保と陽の光が当たらないという欠点を除けば暮らしていくのには申し分ない。
 裏では十数年以上昔に黒雲の娘エレノアが密かに王位を簒奪さんだつして、手放しに安全とは言い難いものになっていたのだが、国民はそんなことなど知る由もないのでその問題は棚上げしている。
 馬鹿な娘の独りよがりで黒雲の積み上げた成果は一夜にして御破算。代わりの統治者が居なければどうなっていたことか……想像したくもない。

「黄泉様」

 物思いに耽っていた第三魔王"黄泉"は自身と同じ種族である家臣に声を掛けられた。
 人影を立体的に具現化したようなその姿は、見るものによっては恐怖の対象となり得る。顔も無ければ特徴と呼べる突起物のようなものもない。目だけが光っている奇妙な種族。真っ黒なだけの人影を判別する術はない。黄泉が豪華な服を着て、家臣が鎧を着ていなければどっちがどっちであるか傍からは分からない。
 シャドーアイ。それが種族名だ。

「ふぅ……おいおい、何のようだ?今日の執務ならばもう済んだ筈だが?」

「お疲れのところ申し訳ございません。蒼玉様より書状が届きましたのでお届けに上がりました」

「む?そうか。それはすぐにも受け取らないとな。……すまない。このところ急な用件が増えて気が回らなかった。許してくれ」

「勿体無きお言葉」

 家臣はキビキビとした動きで丸められた書状を、王の顔を見ぬよう頭を下げて両手で差し出した。黄泉は一つ頷き、それを手に取る。家臣は受け渡しが完了すると、三歩下がってそのまま頭を上げずに留まる。

「ご苦労だった。下がって良い」

「はっ!」

 家臣は更に深々と頭を下げて二歩下がる。頭を上げると同時くらいに回れ右をすると、そのまま歩き去る。
 疲れからか家臣の姿が隠れるまでぼーっと眺めていた黄泉は、肩を竦めてようやく書状をチラリと見た。

(……やはりアレ・・を敵に回したのは失策だったな……)

 元第二魔王”みなごろし”。その名はミーシャ。純粋で一途な最強の化け物だ。

 一応冗談とも呼べる対抗手段があった。第八魔王”群青”が言い出した人間との停戦協定。最近魔王が続々と倒れ、国の維持が難しくなってきた為の苦肉の策であり、共通の敵を定めることで妥協を誘おうとしたのだ。
 正面切って無策に戦えば死ぬだけだが、全ての種族が手を取り合ってミーシャを孤立させれば、那由多の果てに勝利出来るかもしれない。奇跡を起こすのは常に大勢の情熱と希望だからだ。
 だが、群青の案は断れば滅ぼすという歩み寄りのないもの。ついでに人族も滅ぼしてしまおうとの画策が丸見えではあったが、先に滅んだのは群青の方だった。
 オーク国の滅亡はミーシャとは違う勢力が関係しているようだが、真偽の程は定かではない。
 憶測ではあるが、カサブリアの時と同様にオーク同士の内ゲバと仲間割れが滅びを招いたのでは?とも考えている。
 もしもミーシャを何とか味方に引き入れられていれば、第九魔王”撫子”も死ななかっただろう。味方までは無理でも、第十魔王”白絶”の様に中立の位置に甘んじてもらうことが出来ていたら、他の魔王たちの死も回避出来ていた。並びにオークの国の危機にも対応出来ていたし、逆にドワーフの国は滅亡していただろう。

(下らん……全て妄想だ。「もしも・だったら」など意味のない戯言よ……)

 でも考えずにいられない。どこで間違ったのか、どうすれば良かったのか……と。
 そして気付く。

「ふっ……それは死を回避する方法に近いな」

 ポツリと漏らした言葉が自身にズシリとのしかかる。死は誰にでも訪れ、誰もが迎える概念。不老不死身と名高い第六魔王”灰燼”すら免れ切れなかった最期の時。決して避けられない運命ならば今この状況こそが正しい形なのかもしれない。
 つまり魔王たちの度重なる死と生存圏の極端な縮小は抗えられない事象にすぎないということ。
 栄枯盛衰、諸行無常、盛者必滅。終わらないものなど無いのだ。
 そう思えば希望すら湧く。

(あの女にも終わりが来るのだろうな……それが何時いつになるのかは別にして……)

 黄泉はその瞬間を思い描こうとして諦める。想像も付かないことは考えるだけ無駄だ。
 詮無いことばかりの振り返りと妄想から逃げるために、部下から手渡された書状をようやく開いた。スッと斜め読みして大筋を捉えた黄泉は「ん?」と疑問符を浮かべ、もう一度上から順にしっかりと読み始めた。
 要所要所で言いたいことが浮かび、口を開けては閉じてを繰り返す。全てを読み終わり、しばらく蒼玉のサインを食い入るように見つめていた。やがて気が済んだのか書状から視線を外す。

「……馬鹿な……」

 その感想が黄泉の感情の全てだった。
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