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第十二章 協議

第四十四話 自己中心的なふたり

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『ちぃ!ちょこまかと鬱陶しい奴にゃ!!』

 アルテミスとミーシャの空中戦。それもかなり高高度で戦っていた。黒縄の鞭が雲を切り裂くさまを見れば、その高さが分かると言うものだ。

 鞭で打たれた場合、通常あまりの威力に皮膚が耐えきれずに弾ける。内側から爆発したかのような傷は誰の目にも痛々しい。
 だが黒縄の傷は文字通り切るのだ。
 ミーシャは鞭を目で追いながら手が切られた仕組みを探っていた。見れば見るほど形状に鋭利さを感じない。不思議に思うのも無理はない。見た目通りの魔道具とは違う特別な魔道具である。
 魔道具は能力のON/OFFが可能で、通常の鞭として使用することも出来る。魔道具はその道具自体に認められた者にしか能力を使えない仕様であり、認められていない者が使えば単なる武器となる。
 ただ一点、魔道具は破壊困難な武器なので、壊れない武器という点では誰もが使用出来る。

 ミーシャが思考し、これほど警戒を見せたのは自分の手が切れた事実もそうだが、じゃあ他の武器はどんな能力を秘めているのか気になったからだ。
 遠距離の攻撃は今のところ鞭だけだが、槍が突然伸びてこないとも限らないし、背中についた機械仕掛けの羽が魔力砲を放つかもしれない。一定の距離を保ちつつ見に回る。

『もう!面倒くさいにゃ!!』

 アルテミスは変化に乏しい現状に嫌気がさした。
 鞭を振ってたら相手が近寄ってくるかと待っていたのに、その気配は微塵も感じられず、挙句魔力砲も撃ってこない。近くなら槍を構えたし、魔法による攻撃なら機械仕掛けの羽がカウンター魔法で逆に攻撃し返している。どんな状況でも対応してやろうと内心ほくそ笑んでいた。なのに何もしてこないのだ。
 元から我慢出来ない性質たちのアルテミスは始まって早々に痺れを切らしてミーシャに向かっていった。
 それはまるで小型戦闘機の最高速度。音速を超えた時のソニックブームと水蒸気の雲、ベイパーコーンを纏っている。生き物でこの現象を起こせる生物は本来存在し得ない。まさに神と呼ぶべき強大な力。

「あっ!」

 ミーシャは何かに気づいたように背中を見せて飛び始める。アルテミスの頭に「逃走」の二文字が浮かんだ。

『あっはは!無駄にゃ無駄にゃ!!神を置いていけると思ったら大間違いにゃ!!』

 アルテミスの追走が始まる。

(あれ?うちの予想では「無駄にゃ無駄にゃ!!」のところで追いつくと思ったのに……?)

 互いに大気の壁を破りながら飛び回る。ミーシャも時々ベイパーコーンを纏ったりして逃げる。つまり互いの速度は大して変わらない。
 誰もが追いつけず、誰にでも追いつける身体能力を持つ二人が追いかけっこした時、どちらかの降参が必須であり、どちらもが負けず嫌いであったならそれは永遠に決着のつかない戦いとなる。

『こ、こんなバカにゃ!?あり得ないにゃ!!』

 古代種エンシェンツを屠って尚ピンピンしているのだ。少し考えれば分かりそうなことである。
 アルテミスが心の中で勝手に格付けのハードルを用意し『この高さを飛べるのかにゃ~ん?』とかやっている隙に飛び越えられたと言うか、思っていた規模と違ったために用意したハードルが小さすぎて一歩で跨がれたような憤りと虚しさが去来していた。

 一向に鞭以外の魔道具を用いないアルテミスにミーシャもそろそろ我慢出来なくなってきていた。

(なんだこいつ……?)

 他の魔道具が接近戦用なのかもしれないし、移動に機械仕掛けの羽を使用しているのかもしれない。手の内を晒さないのはこちらも同じとはいえ、何もしなければ何も始まらず、何も終わらない。ある意味理想の平和の形だ。
 しかしこれは戦い。喧嘩を売ったのはアルテミス、買ったのはミーシャ。決着がつかないまま戦いが流れるなど、二人の性格上あり得ない。

(仕掛けてみるか)

 ミーシャは追走するアルテミスに向かって振り向いた。その時、アルテミスの顔に花が咲いたような笑顔が見える。うんざりしていたのはアルテミスとて同じだったとミーシャは気づいた。

(?……なら攻撃すれば良いのに……)

 その何とも言えない違和感がミーシャの心を支配した。何かは分からないが虫の知らせと呼ぶべき第六感の感覚。

「あ、そうか。カウンターか」

 アルテミスにさり気なさはない。罠を仕掛けるなら、相手に表情を読ませるのはご法度。それすら罠ならば良いが、アルテミスのように感情で訴えてくる者は待つことを知らない。故に同タイプのミーシャも気づくことが出来た。
 きっと魔道具の性質上、それでしか力を発揮出来ないのだろう。不便な事だ。
 ミーシャは考える。
 今のまま逃げても良いが、戦っている以上、何らか成果は欲しい。みすみす魔道具の力を引き出してやることもないが、このまま攻撃に転じられない方があり得ない。
 あれがカウンターを待つ顔だったにしろ、そうで無かったにしろ、アルテミスの期待値は跳ね上がったことは確かだ。

「……ふっ、そうまで期待されたら悪い気がしないじゃん」

 ミーシャも多少乗り気になった。ラルフの「警戒しろ」の言葉に応えて見に回ったが、こんなことなら最初から攻撃を仕掛けて相手の様子を見た方が早かった。ミーシャもまた、単純で我慢が効かない。極端に走るのは感情的で、且つ独善的な者特有の行動原理だろう。

 ドンッ

 ミーシャの決断は魔力砲によって示された。アルテミスの綻んだ顔は機械仕掛けの羽に隠される。本来なら羽を貫通してアルテミスの頭が吹っ飛ぶところだろうが、そうはならない。一瞬ピカッと強烈な光を発した後に、ミーシャの魔力砲はミーシャ本人の元へと帰ってきた。

「やっぱりそうか」

 その魔力砲を半身で避けると、すぐさま攻撃の準備に移る。今度は接近戦に切り替えるつもりだ。

 バシュッ

 羽を広げると同時に、その羽から魔力の玉が発射された。遅くはないが、速くもなくミーシャに迫る。カウンターだけが能なんだろうとタカを括っていたミーシャにとって、この攻撃は新鮮で興味があった。とりあえず魔障壁を展開した。どの程度の威力かを見分けるのに、生身で食らってやるわけがない。

『掛かったにゃ!』

 バジッ

 ミーシャの魔障壁に当たった魔力玉はまるで液体のように魔障壁を包んでいく。

「ん?」

 すっかり魔障壁の形に取り込まれ、ミーシャは疑問符を浮かべた。今から行われるのは一角人ホーンの魔法使いの部隊を一蹴した第四地獄”叫喚”の得意技。プラズマボールである。
 魔障壁を解いてもあり続けるこの魔法は何なのか。魔障壁へのカウンター魔法だろう。さしずめ封印。動けなくして接近するのも考えられる。

「よくもこの程度の魔法で大丈夫だと思えたな。こんな魔法私の拳で……」

 パリッ……バリバリバリッ

 握り拳を固めた途端の出来事だった。魔障壁を包んだ魔法の内側に雷が舞い込んだ。突然の事態にミーシャも驚き、為す術なく食らった。

『これにゃ!これにゃ!これが見たかったにゃ!!』

 アルテミスは手をブンブン振り回しながら喜ぶ。これほどのクリティカルヒットは白絶との戦いの時以来だと記憶している。あれも姑息極まりないものだったが、プラズマボールも負けていない。
 雷撃に曝されたミーシャの頭の中ではふっとラルフの顔が浮かんでいた。

「な?言ったろ?」

 特に言われた事がない台詞なのにミーシャの頭の中ではフルボイスで響いた。
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