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第十二章 協議

第四十二話 勝ち目のない戦い

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 ロングマンにかつてない試練が降りかかってきた。
 神に愛された世界最強の騎士ゼアル。目にも止まらぬ早業で、且つ防ぐのもやっとな威力を叩き込んでくる。
 ここまで追い詰められたことはかつて無い。この男だけでも難しい戦いを強いられているというのに、藤堂まで相手にしなくてはならない。
 藤堂はロングマンたちと同じ異世界人。異世界人には特異能力の付与と身体強化の二つを約束されている。技でこちらが優っていても、身体能力は五分ごぶ。特異能力でひっくり返される可能性もある上に、鎖の呪いで不死身ときている。まともにやれば勝てる可能性は皆無。

(……いや、搦め手が通用したとて勝率は1%にも満たない。この戦い確実に負ける)

 刀を構えて牽制しつつジリジリとゆっくり動く。一発逆転が狙えそうなのはゼアルだろう。不死身の藤堂は幾ら斬っても意味がないので放置するとして、ゼアルに何とか致命の一撃を加えられれば良い。それが可能かどうかはこの際置いておく。

 シュバッ

 ロングマンが刀を振ると、斬撃が飛ぶ。これは秘剣”火光かぎろい”のように威力はない。威力がない代わりに特化したのが距離である。白の騎士団が一人、嵐斧のアウルヴァングが使用していた飛ぶ斬撃をロングマンなりに落とし込み、さらに改良まで加えた新技”火喰い鳥”。

 ギィンッ

 ゼアルはそれを難なく弾いた。

「む?これはアウルヴァングの……なるほど、これならば飛び道具があるというのも納得出来る」

「この程度で驚いてもらっては困る。さっきのは単なる小手調べ」

 ザッと刀を上段に構え、大きく息を吸った。

「火閻一刀流”火喰い鳥・群”」

 嘘みたいに高速の連続斬り払い。体がブレて刀を振った音が幾重にも重なって聞こえる。その振りから放たれる幾つもの飛ぶ斬撃はまるで空を覆い尽くすムクドリの群れのようだった。

(何のつもりだ?)

 ゼアルは斬撃一つ一つを注視する。常人なら一瞬で微塵切りの攻撃。しかしゼアルには通用しない。
 先程の飛んできた斬撃を軽く防いだように、威力に乏しい攻撃など幾ら放たれても同じこと。だからこそ感じる予感。これはブラフ。先のラルフを襲った斬撃を放とうとする下準備の可能性もなくはない。ミーシャが防がれなければ確実にラルフは真っ二つだったことだろう。

(……面倒だな)

 乱れ撃たれた攻撃を防ぐのも、あの斬撃が放たれるのも、それを察知して警戒している自分も面倒だ。これは全てゼアルを近付かせないようにしているのだろう。肉迫すれば万が一があることをロングマンは既に見抜いている。

 ギギィンッ

 ゼアルは自分に当たりそうな斬撃だけを選んで弾く。弾くと同時に前に出た。どれほどの弾幕も綻びは必ずある。ゼアルはそれを見抜いて一つ弾いては安全地帯に逃げ込み、また一つ弾いては次の安全地帯に逃げ込んだ。まるで踊るような優雅な移動は、同じ騎士団の仲間とて見ることは出来ないだろう。
 全く無駄な動きのないゼアルの移動に戦慄を覚える。ロングマンの経験をあっさりと超えてくる、まさに人類最強の男。

(これでは火光は使えないな。あれは隙が大きい。となれば……)

 あっという間に群れを抜けたゼアルを睨みつけ、ロングマンは次なる技を発動する。

「……陽炎」

 ゆらりと鈍く動いてゼアルに隙を見せる。その動きにまたも警戒心が芽生える。ロングマンの動きに被って見えたのはラルフの姿。

 バッ

 途端に胡散臭くなったロングマンから少しだけ距離を取る。その動きに戸惑いを覚えたのはロングマンも同じだ。

(!……まだ何もしていないというのに見破られたとでもいうのか?)

 陽炎は相手の虚を衝く攻撃。ゆっくりした動作から一気に加速することで、目の錯覚を利用した最大級の攻撃を仕掛ける。上手くいけば敵がこちらを見失う可能性すら秘めた一発逆転の技でもあった。
 とはいえ、ロングマンの動きを肌で実感しているゼアルにとって陽炎はそこまで脅威ではない。幾らゆっくりした動作を見せつけられても、今までの素早い動作から油断を誘っていることが分かるからだ。それでも敢えて飛び退いたのには理由があった。
 それはゼアルの故郷、イルレアン国でラルフと相見あいまみえた公爵の別荘での戦い。絶対に勝てると踏んだ庭先での決闘は、ラルフの当時の身体能力を見誤ったゼアルの敗北。
 あの時、唯一の武器であるダガーナイフを捨て去った時のラルフのドヤ顔が、似ても似つかないロングマンの顔に薄っすら幻視した。

(これが虫の知らせというものか……ちっ、あの男で学習したなど口が裂けても言えん。このことは墓まで持って行くとしよう)

 虚を衝くはずが逆に虚を衝かれたロングマン。肩透かしを食らったせいか、一瞬硬直してしまう。
 好機。
 ゼアルはこの瞬間、”速度超過クイックアップ”を発動する。全ての時間が止まったように見える。この空間はゼアルだけのものだ。

(やはりこれほどの男でもこの空間には手も足も出ないか。みなごろしだけは別格であると認めざるを得ないな)

 ゼアルは剣を構える。前回ジニオンに放った一発目の攻撃は腕だった。あのせいでドゴールが死んだことを思えば、ガノンの叱咤が心に沁みる。
 ならばここで狙うのはロングマンの首だ。一閃振るって首を落とす。油断はしない。確実に殺す。
 ロングマンは八大地獄の要。ここで討ち取れれば戦線が瓦解するのは火を見るよりも明らか。

 シュピッ

 ゼアルの鋭い一閃でロングマンの首が切れる。そこでクイックアップの効果が切れて元の風景が戻ってきた。

 ザザッザッ

 ロングマンは凄まじい勢いで後ろに下がっていった。その動きにゼアルは違和感を覚える。

「……ん?」

 それはほんの少しの小さな違和感。じっと見ていると、ロングマンは急いで首を掴んでいた。手の間からは溢れ出た血液が凄まじい勢いで流れ落ちる。

(いや、気のせいだ。私は奴の首を確実に切り落とした)

 違和感の正体はクイックアップ使用時のロングマンの立ち位置と、効果時間が切れた時の立ち位置が若干違っていたことだ。入った瞬間は棒立ちだったというのに、能力が終わってみたら後方に飛んでいた。凄まじい身体能力を保有するロングマンのことだから、終わったと同時に背後に飛んでもおかしくはないだろう。
 結局は単なる思い過ごし。そんな詮無いことを考えたところで最早意味などない。急いで首を掴んでも、その首は既に体から離れている。あの行動は無意味以外の何でも無いのだ。

 ゴボッ

 ロングマンの口からも血が溢れてきた時にゼアルは剣を鞘に仕舞った。藤堂は一部始終を火喰い鳥の群れに切り刻まれながら見ていた。

「ヒュー。まさかこんなにも簡単にロングマンをやっちまうたぁ恐れ入ったぜ」

 二対一で戦うことを考えていた藤堂に取っても意外な展開だったようで、頭をボリボリ掻きながら感心していた。拍手までしそうな空気を感じるが、死を前にした元友人に対してそこまで冷酷にはなれない。せめて苦しまずに成仏してくれと願うばかりだった。
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