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第十二章 協議

第三十六話 小さな異次元

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 暗闇でミーシャに抱かれながら泣いたラルフは、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
 ミーシャの胸で泣いたのはこれで二度目。羞恥心が湧き上がり、そっとミーシャから離れた。名残惜しそうなミーシャは無視して鼻を啜る。
 死んだ父を思い泣き腫らした目を擦りながら涙を拭き取った。

「……悪いな。無様なとこ見せちゃって」

 藤堂は頬を掻いて苦笑する。

「ハハッ良いさぁ、どうってこたぁねぇ。むしろ良かったよ。親が死んでも泣かねぇような奴だったらどうしようかと思っちまったぜ」

「ラルフはそんな奴じゃない。他種族にも涙を流せる男だぞ?親族には尚更……」

「わーっ!ちょっ……ミーシャっ!恥ずいって!!」

 ラルフはワタワタしながら身振り手振りで誤魔化そうと努力するが、今までの言動から無理である。藤堂もミーシャも微笑ましい目でラルフを見ていた。これは延々とネタにされると思ったラルフは、気恥ずかしさを振り払って毅然と振る舞うことにした。

「もういいじゃねぇか。それより問題は出口だ」

 指輪をポケットに突っ込んで踵を返した。その時チクッと手に刺さる感触があった。指輪を仕舞うより先にポケットの中の物を取り出す。

「通信機……あ、アスロンさん!」

 ネックレス型の通信機。ゼアルから奪った戦利品。それに大魔導士アスロンの記憶を挿入した人工知能魔道具。ジジジ……という起動音が響き、通信機に明かりが灯る。

『呼んだかのぅ?』

「良かった!これで助けが呼べる!」

 息巻いたラルフだったが、アスロンの答えは否定だった。

『……すまぬラルフさん。今外と交信しようと思ったが、何らかの障害があって通信出来ぬ。ここが何なのかを一から調べる必要がありそうだのぅ』

「あー……そんな暇ないって……」

 ラルフはガックシ肩を落とす。だが、この空間で誰より魔法に精通した人物の助言が聞けるというのは大きい。
 ラルフはミーシャと藤堂の前に座って通信機を真ん中に置いた。その際、指輪をポケットに入れようか首にかけようか迷う。”小さな異次元ポケットディメンション”に入れれば失くすことも取られることもないが、何せ広い空間なので見失う可能性は大いにある。指輪のために三日くらい探すことにでもなったら大ごとだ。
 もっとも安全に保管出来る方法は自身の特異能力ではあるが、ラルフはもう一つの可能性に着手する。

「ミーシャ。ちょっといいかな?」

「ん?何?」

「この指輪なんだけどさ、良かったら預かってくれないか?」

「え!?私が?」

 ミーシャは驚き戸惑う。両親の形見を預かるなんて、失くしたらどう責任を取れと言うのか。ラルフが落ち込んでしばらく口を聞いてくれなくなったりしたら嫌だ。ミーシャは首を振って拒否する。

「駄目?いや、さ。俺がこの指輪を持ってたらいつまでもこれのことばかり考えちまいそうで落ちつかねぇんだ。要塞に帰るまでで良いからさ」

「え?ああ、一時預かりってことね。それならまぁ良いよ。持ってあげる」

 ミーシャはラルフの手から指輪を受け取ると、首に掛けて落とさないように服の中に仕舞った。

「ありがとうミーシャ。さて、それじゃこの空間についてだが、実はある場所にそっくりでな。もしかするとそこを模倣して作られた魔法の空間かもしれないってのが俺の推測だ」

 唐突の本題だが、二人はすぐに真剣な表情に切り替えてくれた。

「それが本当なのだとしたら、出方も知っていると言うことかい?そうだと助かるがなぁ……」

「残念ながら出方までは知らない。正確にはそこに居たサトリってのに毎回よく分からない内に出してもらってたから分からないだけだけど」

「サトリってのは神だよね?ラルフはどうやって知り合ったの?」

「俺が死にかけた時にだけ会える、とっても希少な存在さ。いや、最近夢枕に立ったか?まぁとにかく、その神様の助力で魂を肉体に返してもらってた。取り込まれたのが事実なら、肉体は今ここにあることになる。太もも……いや、いつもの帰還方法では戻れないだろうってのが俺の見解」

 ”太もも”という一言はかなり気になったが、今は一旦置いておく。唸りながら顎に手を添えた。

「うーん。ここに来る時、黒い渦に飲まれたのだけは分かったけど、それ以外はさっぱりなのよね。出口なんてあるのかな?」

『諦めてはいかん。儂も何度か通信を送ることにする。外と繋がれば活路が見出せるやもしれんからな』

「それじゃ頼みますアスロンさん」

『うむっ』

 それ以上は喋らない。外との通信を専念して欲しいがために、アスロンとの会話を慎んだ。

「俺たちは物理的に出口を探しましょう。ケルベロス!」

 そばに控えていた犬が吠える。「「「ワンっ」」」一斉に鳴いて賢さをアピールしていた。

「また何かあったら鳴いて知らせろ。出口を見つけてとっとと出たいからな」

 ケルベロスはさらに一声鳴いた後、さっさと走り去ってしまう。

「何か見つけてくれると嬉しいが……」

 正直、藤堂を見つけただけでも快挙だ。これ以上を期待するのは間違っているが、もしあったらという気が膨らんで命令していた。何も見つけなくたって怒るもんかと自分に制限を入れていると、ミーシャが口を開いた。

「やっぱり魔力で空間を破壊してみようか?イミーナは城だし、遠すぎて攻撃してくることはないだろうし、案外簡単に出られるかも?」

「なら余裕を持ってやるのが良いだろうなぁ。魔力の回復を待って、一気に放出するやり方のほうがミーシャさんの負担も少なくて済むだろう」

「魔力は寝て回復するものだよ?時間をかけるわけにはいかないのよ?」

 ベルフィアはともかく、ブレイドたちが心配だ。

「まぁ慌てるなって。とりあえず缶詰でも食って落ち着こう」

 ラルフは空間に手を突っ込んだ。ゴソゴソと探して缶詰を取り出すとミーシャと藤堂に渡す。

「……ラルフ、それ……」

「ん?ふふ、気づいたか?これはイルレアンでこっそり手に入れていた缶詰たちだ。安物ばかりで悪いが、こいつが中々の……」

「いやぁ違う違う。その空間に手を突っ込んだ奴だよぉ。今どうやったんだい?」

 そうだった。藤堂とは長らく会ってないし、特異能力に目覚めているのも知らなかったことに今気づいた。

「あ、これぇ?これは”小さな異次元ポケットディメンション”っていう俺の特異能力さ。俺が弱すぎるってんでサトリがプレゼントしてくれた俺だけの力だ。どうだ凄ぇだろ?」

 ミーシャと藤堂は顔を見合わせた。考えていることは同じだ。

「ラルフさん。ひょっとするとそいつは元の場所への出入り口を開けられんじゃねぇのかい?」

 その言葉にきょとんとする。ミーシャは珍しくこの言葉の意味が分かっているのか頷いてこちらを見ていた。

「これは俺の次元の扉を開けられる特異能力だよ?どうやってそんな……」

 自分で言ってて気づいた。次元の扉を開ける能力。それを可能にしているのは、藤堂の質問を否定しようとしている他ならぬラルフである。この手は何もない空間に突然穴を開けて倉庫がわりの次元から物を取り出す。それは即ち次元干渉。
 ”小さな異次元ポケットディメンション”とは異次元そのものを生み出す特異能力ではなく、何もない異次元にアクセスする能力なのだ。
 ある一定の空間にしか作用しないというなら話は変わってくるが、そうでないなら……。

 自分の手に視線を落とす。能力を覚醒してもらったあの日のことを思い出した。
 手があるのに手が無いような、そこにあるのに遥かに遠いような……自分でもよく分からない感覚。大広間の扉を開けるために伸ばした手。取っ手とそれを掴もうとする手の間に絶対に越えられぬ壁というか、目と鼻の先にあった取っ手を絶対に掴めないという錯覚。
 ラルフはニヤリと笑ってミーシャと藤堂を交互に見た。

「……試してみる価値……大ありじゃねぇか?」
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