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第十二章 協議

第三十二話 得るもの、得たもの、去ったもの

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『……消えたにゃ』

 アルテミスは城壁の陰からキョロキョロと辺りを見回す。あれほど巨大な怪物をどこに隠したのか。下で魔障壁を張った面々も何が起こったのか分からず面食らっている。

「消失?いや、転移?」

 ベルフィアは魔障壁を解除して背後に隠れたものたちの確認をする。ブレイドたちは無事。何も起きなかったのだから無事も何も当たり前なのだが、万が一に備えて数の確認をする。
 ケルベロス消失が転移だとするなら、何らかの余波に巻き込まれたなどの前例のないことも考えられる。何せ相手は古代種エンシェンツだ。思いつくことは全て警戒すべきである。

「俺たちは大丈夫です。それよりラルフさん……いえ、この場にいない人たちの方が心配、というか……」

「ラルフか。全くあノ男は……」

 ベルフィアは呆れ気味に辺りを見渡す。ラルフと離れた位置から、移動したであろうある程度の場所を割り出し、小高い丘を指差した。

「あノ丘ノ裏側が怪しいノぅ。ちょっと行ってみルかえ?」

 今はとにかく全員の無事の確認こそ急務。特に何も考えずに一歩踏み出した。

 スパァンッ

 耳をつんざく破裂音が響く。同時にベルフィアの頭がズルッと斜めにズレた。

「!?」

 全員が武器を構えて警戒する。ベルフィアの前方にはボロボロのティファルが肩で息をしながら立っていた。

「ゼェー、ゼェー……とり……とりあえず、一体……」

 よく見れば火に炙られたように半身が焼け焦げている。喉も焼けたのか息しづらそうだ。ケルベロスに一薙ぎされただけだというのにこのザマ。古代種エンシェンツの名に恥じぬ力だと思う他ない。
 ティファルは自身が死ぬことを悟ってとりあえず敵を減らすことを考えた。もう意識もギリギリなのだろう。遊ぶこともせずになりふり構わず攻撃を仕掛けたようだ。しかし狙った相手が悪かった。

「鋭い鞭じゃな。まさかこれほど鋭利に切ルとは思いもヨらん」

 ズレた方の目も同時にギョロリと動かしてティファルを見る。

「は?しん……死んでないの?」

 二撃目を放とうとするが腕を上げるのも億劫に感じる。いよいよ死期が近いというのに対したことも出来ずに終わるのか。

 ドスッ

「あ……」

 ティファルの胸の中心から刃先が出てくる。心臓をひと突き。血が止めどなく溢れて傷口から流れ出る。

「ふっ、ようやくであるな。そなたは余の槍で殺すと決めていた」

 アロンツォは性欲で滾っていた邪念を振り払い、ティファルを追って来ていた。背後で隙を伺っていたのだろう。

「ね……念願……叶った?」

「うむ、このまま死ねば余の願いは達成される。抗うな。そのまま生き絶えろ」

 アロンツォは槍を刺したままグリッと捻った。ゴボッと口からも血が吹き出る。口に直結する内臓を傷つけた証拠だろう。もう白目を剥いて今にもカクッと力尽きそうだが、ティファルは最後の力を振り絞って思いっきり後ろを振り返った。槍を刺したまま、体をズタズタに引き裂きながら。
 あまりの思いっきりの良さと、謎すぎる行動にアロンツォの体は硬直した。目を見開き、ティファルの足掻きをその目に焼き付ける。

「……また会おっか……今度はアタシが引き裂いてあげる」

 先ほどの苦しそうな感じはなく、透き通るような声で囁いた。慈愛すら感じられる眼差しを向けていたが、フッと輝きが消えて、アロンツォの体に寄りかかりながら地面へと腰砕けに沈んでいった。

「願い下げだな。まっすぐ行け、あの世へとな」

 槍に付いた血を振り払ってベルフィアの方を見る。するとそこにはブレイドがこちらに向かってガンブレイドを向けているのが見えた。

 ドンッ

 撃った魔力砲はアロンツォの脇をすり抜けて背後に迫った敵を退ける。
 アロンツォが振り向くとすぐさま態勢を立て直したジョーカーが迫っていた。アロンツォも翻って戦闘態勢に移行する。

「ダメです!」

 叫び声と共にやって来たのは弓矢。ジョーカーは見えにくい位置から撃たれた弓矢を第三地獄”衆合”の力である重力操作で轢き潰した。空中で異様な潰れ方をした弓矢の末路に、アロンツォの戦闘のために据えていた重い腰が上がる。
 だが、逃げるのが遅い。近接戦闘でしか戦えないアロンツォにとって敵との距離が縮まる状態は望ましいこと。このような危険な能力だと最初から分かっていれば戦い自体を避けた。
 迷いなく進んで来たジョーカーと一瞬迷ったアロンツォ。追う者と逃げる者の勝敗は追う者の方に軍杯が上がることだろう。一対一という条件付きだが。

 ゴゥッ

 炎が意思を持っているかのようにジョーカーに襲いかかる。流石のジョーカーも飛び退いた。

「ちぇっ!あたらねぇ!!」

 正孝はここぞという時を狙って火を放った。目標に向かって一直線に、他のものに盲目となった瞬間を狙ったつもりだったが、ジョーカーの判断能力は正孝の浅知恵などでは如何しようも無い。
 みんなに助けられたアロンツォだったが、礼を言うこともなく槍を構えて見据える。ハンターが弓に矢を番えながら大きい声を出した。

「奴は接近戦を得意としています!下手に近寄ればさっきの能力で死にますよ!」

 ハンターが矢を飛ばしたのはアロンツォに敵の力を見せるためのデモンストレーションだったのかもしれない。

「忠告には感謝するが、余にはこれしか攻撃手段がない。他にどうしろと言うのだ?」

「……どうもせんで良い」

 突然のしゃがれた老人の声に発声主を探す。丘の上にトドットが杖を突いて立っていた。手には杖の他にぐったりしている人がいた。襟首を掴んでひこずられ回したような感じだ。

「この者の命が惜しくばジッとしておれ!」

 戦闘中どこで何をしていたのか。その手にぶら下がっているのは人形師パペットマスター、ルカ=ルヴァルシンキ。密かにトドットに接触し、勝負を挑んだのかもしれないが、見事返り討ちにあったようだ。

「単独行動って……各個撃破を狙われた場合は弱点になりますね」

 ブレイドは舌打ちしたい気持ちを抑えて射線をトドットに向ける。いつでも撃てるタイミングを待つ覚悟だ。

「待て待て」

 そこにロングマンが颯爽さっそうと現れた。刀は鞘に収めているが、油断出来ない男だ。誰に狙いを定めるか迷うところ。

「これ以上の敵対は無意味だ。我々は目的を達成した。後はお前らで協議でも何でも好きにやるが良い」

 いつの間にか側に立っていたパルスが小さく頷いた。それを見ていたわけではないが、ジョーカーは衆合ダガーを鞘に仕舞って踵を返す。ロングマンの元に行くと小さな声でボソボソと何かを伝えた。

「テノスとティファルが?そうか……」

「なになに?もう終わりなの?」

 ノーンもロングマンの一声に戦いを中止して戻ってくる。戦闘狂のジニオンだけはいまだに戦いを繰り広げている。ドラゴンの介入もあって楽しそうだ。心底楽しそうな顔を見ると、ロングマンの声は届いてないと見る方が正しいかもしれない。

「ああ、後は最後の大掃除だ。……アルテミス!!」

 ロングマンが声を張って呼んだ神はフワッと空中で停止した。

『うにゃ?なんにゃ?』

「用は一つだけだ。と言うかお前はよく知っているだろう?仕事は済んだ。我らを自由にしろ」

 仕事を終えた先の自由。それを求めて戦った数千年。今この手に……。
 しかし、アルテミスの答えは欲しい答えではなかった。

『んー……ダメにゃ』
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