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第十二章 協議

第二十六話 一時休息

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(ゼアル……一体何者だ?)

 ロングマンは考える。剣術、体捌き、速度、腕力、どれを取っても一流。
 いや、これを一流とするなら、他の者は全て二流に落ちてしまう。とにかく強すぎる。戦ってきた中で最強と呼べる実力者。異世界転移で自身に勝手に付与された力は凄まじいと実感していたが、ゼアルに感じた驚きはそれすら凌駕していた。

 ギィンッ

 目にも留まらぬ目まぐるしい鍔迫り合いを、ロングマンは何とかなして後退した。
 あと少しというところで取り逃がしたゼアルだったが、どうも追撃するつもりにはなれずに立ち止まる。それというのも神という超常の存在に能力を賜ったにも関わらず、仕留め切れなかったこのロングマンという男にある種の恐怖を抱いていた。正直、強すぎる。

「貴様……一体何者だ?」

「はっ……考えることは同じか。この世界の人間には過ぎた力を何故お前が持ったのか、こちらも興味があったところよ。先ずは我から開示しよう」

 ロングマンは一拍置いて話し始めた。

「話したところで理解など出来んかもしれんが、我はこの世界の人間ではない。この世界に無理やり召喚された被害者だ。どうやらこの召喚という奴には神と呼ばれる造物主が絡んでいて、我らのような被害者にちょっとした詫びとして能力を与えるそうだ。お前が感じ取った我の力はそれが大きく関係している」

「何……?ではその力は神様が関わっていると?」

「うむ、実に厄介な連中でな。苦労している」

「……その神様の名はアシュタロト様か?」

 ロングマンは目を細めてゼアルを見据える。

「なるほど……お前もあ奴らにしてやられた口か……いや、すまんが当時は名前など名乗っていなくてな。誰がやったのかは定かではないが、少なくともお前の言うアシュタロトでは無いと断言出来よう」

「そこまでの自信が?」

「ある。要は気位の高さだ。アシュタロトとは悪魔の名前でな。我は神としてのアシュタロトを聞いたことがない。文献を漁ればあるのかもしれんが、神としての知名度はあまり期待出来んだろう。嬉々として神の名を付ける連中が悪魔を冠する名前を自らに付ける訳が無い。つまりは相当な皮肉屋だと分かる。我に関わってきた神の気配には無い素質よ」

 ゼアルは内心ホッとする。同じ神に力を賜ったとするなら、イタズラと好奇心によるただの遊びだと言える。それは勘弁願いたいが、もしかしたらそれこそがこの戦いの答えなのかもしれない。神様が面白半分に与えた力。どちらが勝つのかの試し合い。だとするならそこに神様の違いはあるのだろうか?
 ゼアルは鼻から息を吸って口から長く細く吐く。気を落ち着けてロングマンを見据えた。
 自分で聞いといて何だが、誰からの後ろ盾があろうがどうでも良いことだ。例えアシュタロトが双方に力を与えた張本人だとしても、その力を使って戦うのは力を与えられたゼアルやロングマン。ならば全力で勝利をもぎ取れば良いだけなのだ。自分の力を信じて戦うのみ。

「何だその顔は?……ふっ、そうか。もう満足か。まぁこちらも情報は得た。お前の強さの秘密をな……ところでどうだ?我々は同じものを追っている。どちらもラルフを殺すのが仕事なら、無駄な争いは辞めにして始末しよう。ラルフの首をお前に。あのミーシャとか言う魔族の首を我に。これで目標は達成。我らもお前らも住みなれた街、住みなれた住居に帰ろうではないか」

 ニヤリと不敵に笑ってゼアルを誘う。ゼアルは突きの体勢から身じろぎひとつせずに答える。

「断る。悪魔の手は借りん」

「む?お前の選択はここで死ぬまで戦うと?非効率的だな……ラルフの首まで後もう少しというところで……良かろう」

 バッとロングマンは構えた。ここから繰り出されるは飛ぶ斬撃。ロングマンが得意とする「火閻一刀流、秘剣”火光かぎろい”」の格好だ。これを受け切ったのは第八魔王”群青”のみ。放たれれば、いくら神からのギフトであれ、瞬間真っ二つは避けられない。

「ここで死ね。強き男よ」

「随分な自信だな。相当な切り札と見える。しかし……」

 ゼアルも心のスイッチに手をかけた。一度発動すれば敵の死は確定。速度超過クイックアップは心のスイッチの切り替えでON、OFFが可能。一度念じれば世界は止まり、ゼアルだけがそこを自由に出来る。

 例外は一部存在するが、概ね同じだ。発動すれば十中八九どちらかが死ぬ。
 その時——

 ダッ……ダダッ……ダダッ……ダダッ……

 その音、地面の揺れ。突如起こった天変地異。二人は同時に顔を音のする方へと向ける。やってきたのは山のように大きな獣だった。



 ティファルは今までにない怒りをたたえてブレイドと正孝に向けて歩き出す。
 何の事は無い。どれ程強くても、どれ程気高くても、フェロモンに当てられれば性欲に狂う。唯一性欲から逃げられるとしたら去勢だけだろう。
 三大欲求の一つを抑えられる生き物は経験上考えられない。
 そんなことを考えながら腰の鞭を取り出したその時——

 ダッ……ダダッ……ダダッ……ダダッ……

 巨大で地響きすら起こす足音。これを聞けば何が来るかなどすぐに分かる。

(……おかしい。獣同士で争ってたくせに、何で今こっちに来んの?)

 ケルベロスか麒麟だ。そして音の感じからして足が短い方だ。蹄という感じでもないので十中八九ケルベロスで間違いない。
 音のする方を何気なく見ると、火を巻き上げて一直線にこちらに向かってきている。その速度は尋常ではない。いつの間にかすぐそこまで接近を許していた。ケルベロスの歩幅にして約五歩。

「は?ちょっ……待っ……!?」

 迷いなくやってくる山のような怪物にティファルの体が硬直する。逃げようにも移動するには遅すぎる。
 ケルベロスは人族同士の争いを見かねたように、正気を失いやって来た。アルテミスが仕掛けたケルベロスの錯乱。そしてその鼻はティファルのフェロモンを嗅ぎつけていた。

 ギャドッ

 ティファルはケルベロスの右前足に吹っ飛ばされ、紙くず同然に宙を舞った。
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