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第十二章 協議

第十五話 雅と愛

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 鳳凰との戦いは熾烈を極めた。
 エレノアとティアマトが空中戦を挑み、くろがねは地上から仕掛ける。

 ビュンッ

 鉄が投げた槍は、まるでスナイパーライフルから放たれた弾丸の如き速度を持って鳳凰の羽に迫る。地上から離れて飛び回る鳳凰に対し、寸分違わぬ見事な偏差投擲で攻撃した。

 ギィンッ

 羽に直撃したその瞬間、自分が投げた速度の倍以上早く槍が帰ってきた。

「!?」

 驚いた鉄は何とかその攻撃を避ける。ドンッという音と共に先ほど居た場所にはクレーターが出来ていた。

「……なるほど、生半可な攻撃は反射されてしまうわけか……」

 ここで”生半可”という言葉を用いたのは鉄の願望だ。万が一にも全ての攻撃が反射されてしまう事態に陥れば、万に一つも勝ち目は無くなってしまう。自分を奮い立たせるための方便でもあったのだが、それはエレノアとティアマトも同じだった。

「鉄の攻撃が弾かれた。物理攻撃は効かないかもしれない」

「じゃぁ、こんなのはどぉかなぁ?」

 ティアマトの危惧にエレノアは即応する。得意とする電撃を放ち、鳳凰にダメージが入るかを試みた。バリバリと目に痛い光を放ち、鳳凰を電撃で包む。鳳凰は空中で一瞬丸まると、つんざくほどの大きな鳴き声と同時に体を開いた。電撃の膜はシャボン玉のように粉々になり、空中に霧散していく。

「無理かぁ……」

 エレノアは悔しそうな素振そぶりを見せて、そのまま突っ込んでくる鳳凰から体を逸らして回避する。横を通り過ぎた際のあまりの風圧に吹き飛ばされそうになったが、元々姿勢制御に長けていたエレノアはすぐに体勢を立て直して鳳凰を睨む。

「今度は私がっ!!」

 上手いこと鳳凰の上を取ったティアマトは、熱線の如き青い炎のレーザーを勢いよく放つ。体内で生成した炎を、夫ドレイクの形見である額の宝石に収束させて撃つという、ティアマト渾身の必殺技だ。
 もしもドレイクが使ったなら主砲から放たれるビームのような高出力であったろう。だがこれほど繊細な制御が出来るのはティアマトならではあることから、ドレイクを引き合いに出すのは単なる妄想に過ぎない。

 ジィィィィィ……

 何もかも焼き切りそうなレーザーに流石の鳳凰も嫌がった。

「ピュイィィィ!!」

 鳳凰は空中で回転し、ティアマトを羽で叩いた。死角から安全に攻撃が出来ているものと勘違いし、最大火力を持って攻撃していたティアマトに驚きと痛みを与える。姿勢制御が上手く行かずに、どっちが地上か分からないまま空中で何とか静止する。持ち直すことを視野に入れていた鳳凰はすぐさま旋回し、ティアマトめがけて突進していた。

(不味い……っ!)

 もう少し早く立て直せれば回避も余裕だったが、打たれた衝撃と三半規管の狂いから、ほんの少し時間がかかってしまった。このほんの少しが危険であることは理解していたが、想定と本番は大きく異なる。羽に叩かれた程度で乱されるなら、突撃の衝撃たるや致命傷は避けられないだろう。

 バリィッ

 一本の稲妻が空気を走って鳳凰の左目に飛び込んだ。あまりのことに目を瞑って顔を逸らし、本来行くべきティアマトの射線からも逸れる。

「だーいじょーぶー?」

「……あ、ああっ!」

 間一髪のところでエレノアに助けられた。鳳凰の戦闘能力に舌を巻いていては足手まといとなってしまう。
 地上では物理攻撃が無駄と分かっているはずの鉄が今も投擲で援護を続けている。物理攻撃でもダメージが入りそうなところを探っているように思える。その度に地上が穴だらけとなっても御構い無しだ。
 後でこの土地の支配者である蒼玉にしこたま文句を言われそうな状況だが、古代種エンシェンツに勝つためなら仕方のない犠牲だ。

「……というより、蒼玉は何をしているの?」

 ティアマトの支配地域でなく、同胞も部下もいない。戦闘の空気に感化されて戦っているが、疑問を感じずにはいられない。

「朱槍も出てくる気はないみたいだし、この戦いに意味なんてあるの?」



「……どうなってる?」

 ガノンは剣を構えて不思議な顔をする。それはケルベロスと対峙するみんなの疑問だった。

「エット……威嚇スルバカリデ攻撃ガ無イ?」

 ジュリアはその疑問の根幹を口にする。鳳凰と麒麟の戦いは激化の一途を辿っているというのに、ケルベロスは吠えるばかりで反撃がない。鋭い爪で切り裂くのも、炎を散らして周りを炙るのも、全てを丸呑みにするのも、踏みつける
のも簡単に行えるはずなのだ。一見すれば相手を傷つけないように気を使ってじゃれている成犬のような知力を感じさせる。
 古代種エンシェンツは実際賢い。言葉を理解する力は創造主が授けてくれたので、直接喋れなくても言葉を解している。習っていないのに文字が読めるのも生まれた時に備わっていた。戦略も自分で立てることが出来る。故に無敵過ぎて、普通では勝てないのだ。
 そんなケルベロスが攻撃しない理由はただ一つなのだがそれを知る由もなく。

「あの……ラルフ?」

 アンノウンが話しかける。ラルフはケルベロスから目を離さずに耳だけ傾けて「ん?」と生返事した。

「一応ウンディーネの魔法陣が組み上がったんだけど……どうする?」

 この「どうする?」には攻撃をすべきかどうかの疑問が含まれていた。自分が有効な攻撃を仕掛けたばかりに均衡が崩れてしまったら、今大人しいケルベロスの怒りを買うことにならないか。やめる方が得策ではないか?それとも先手を打って葛藤を打ち破り、攻撃される前に倒しきるか?二つに一つ。
 そしてアンノウンの報告に手を振って答える。

「そのまま保持キープ。何が起きているのかを正確に把握しないことには死を招きそうだからな……」

 何がケルベロスをそうさせるのか?色々考える。弱過ぎて反撃するのも面倒なのだろうか?それとも寝起きや移動の疲れから呆けているのか?極度の引っ込み思案でビビって攻撃出来ないのか?反撃しないのは神の介入か?考えても出ない答えに悪戦苦闘を強いられる。
 だが答えは単純明快。それはラルフの頭の中で響き渡った。

『ラルフ』

「っ!……その声はサトリか?」

 ラルフは気を使ってボソボソと周りに聞こえないように語りかける。

『あの子をいじめないであげてください。良い子なんです』

「……いや、んなこと言ったって……ここに現れて俺たちに圧をかけてきたのは確かだぜ?全然勝てない……というより傷すら付かないから途方に暮れてたのに……どうやって戦うってだ?」

『いえいえ、その心配はご無用です。だってあの子は私の創作物ですから』
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