上 下
382 / 718
第十章 虚空

第二十八話 待ち侘びた瞬間

しおりを挟む
「急ぎなさい。何をモタモタしているの?」

 魔法省で飛行艇を大急ぎで直していた。実働している一隻以外は解体整備の真っ最中であり、突然の起動要請に驚いて元の状態に戻していたのだ。
 アイナはせっかく作った監視船がここで腐っている現状に苛立ち、部下に対し言葉強く当たり散らす。開発部部長のダルトンは薄い頭を下げて陳謝している。

「大変申し訳ございません。技術班を全員帰宅させた後のことでしたので何分手が足りず……」

「何故今日に限って……これでは何のためにそれを開発したのか分かりません。ジラル様に顔向け出来ませんわ」

 彼女の夫で最高の将、ジラル=Hヘンリー=マクマイン。ラルフの捜索に指揮を取っている。通信機で魔法省にも協力願いがきた時、これは良い機会といつにも増して張り切っていたが、まさかの解体整備。目も当てられない状態だ。

「申し訳ございません」

 ダルトンには頭を下げることしか出来ない。というのも、今回の整備はダルトンの一存であり、急いで解体させたのだ。この判断は当然アスロンの為である。
 本当はここまで事が大きくなる前に全部の船を解体させたかったが、一隻は手付かずのまま定刻を迎えた。予定通りいかなくて残念ではあったが、全部で五隻ある中の四隻をどうにか出来た。急いで解体させた甲斐があるというもの。更に万が一のために技術班を全員帰宅させたのは正解だった。

 アイナはそんなことも知らずにそのハゲ頭に蔑みの目を送り、プイッと顔を背けた。

(何とか逃げ切ってください。アスロン様)

 切に願うダルトンだったが、その思いは簡単に打ち砕かれる。

「ん?あれは……」

 一隻の船が発着場に戻ってくるのが見えた。犯罪者が見つかったとの報告もなく、何事もなかったかのように。

「整備不良?しかし何の報告もないのは不自然ね……」

「何かあったのかもしれません。私が確認してまいりますので、アイナ様はこちらでお待ちを……」

 ダルトンが動こうとするが、アイナが手をかざして制した。

「あなたはここで船の組み立てを手伝いなさい。報告なら私が直接受けます」

 言うが早いか、足早に発着場に向かう。ダルトンがアイナに何度か呼びかけるものの、彼女は無視を決め込み、振り返ることなくさっさと歩いていった。

 魔法省に戻ってきた一隻の飛行艇。アイナが見たのは船の中でぐったりと倒れる部下の姿だった。

「なっ……!?」

 最初に疑ったのはガスなどの危険物質。次いで飛行艇の破損で漏れ出した魔力の奔流による気絶か、若しくは死。そのどれとも違うことは、口を手で覆われた瞬間に気付いた。

「むぐっ……!!」

 口を押さえられたアイナは、そのまま人通りのなさそうな暗がりに連れて行かれた。
 魔法省の局長を担う自分が、まさか魔法省ホームで襲われるという事態に頭が追いつかない。口も塞がれて詠唱も出来ない現状、魔法使いでは到底打開のしようがない。
 暗がりに目が慣れず、困惑と混乱から抜け出せないでいると、すぐ目の前で声が聞こえた。

「光よ」

 ポゥッと小さな光球が浮かぶ。槍を持った女性。まだ若い。隣には何故かサングラスをかけたダークエルフと、若い金髪の男性、そしてどちらかと言うと女性だと思える中性的な人物が立っていた。

「あーっ本当だ。これはアルルのお母さんで間違いないよ」

 ダークエルフは嬉しそうな声でアルルとアイナを交互に見る。
 その名が出てきた時、アイナの目がさらに大きく見開かれた。その瞳に映るのは槍の女性、アルル。アイナとジラルの間に出来た最初の子。実父アスロンに攫われて以来一度たりともその成長を見ることのできなかった最愛の我が子。

 となるとすぐ側に立つ若い金髪の男性。こちらはブレイブの息子、ブレイドで間違いないだろう。”間違いない”などそんなレベルではない。アイナとブレイブはお互いに意識し会っていた仲。思い出すのはデートで行ったスイーツ店の小さなお菓子の味。
 それを意識した時、彼女の体からふっと力が抜けた。今の今まで押さえつけた手から抜け出そうと必死になって抵抗していたのだが、もはやその気はなくなった。我が子らの成長をまじまじと見るのに必死で他の力を削いだのだ。

「お?全然抵抗しなくなったぜ。どうする?親子水入らずってわけにはいかねぇが、会話がしたいってなら手を離してやっても良いぜ。……つっても当然魔法は無しだぜ?」

 妙齢の人妻を拘束する紳士から遠ざかった男、ラルフはアイナの耳元で囁くように伝えた。
 アイナは逡巡する。ようやく会えた愛娘、アルルとは積もる話もある。しかし衆人観衆の中、会話をするのは気持ちが乗らない。そんなことを考えながらもアイナはラルフの提案に頷きで肯定した。この機会を逃せばアルルとは二度と会話できなくなるやもしれない。ブレイドとも喋りたい。そのどうしてもが我慢出来ずに行動で示された。
 さっきまでまるで吸盤の如く張り付いていたラルフの手は、その頷きに即座に口から手を離した。

 ヒュウッと一気に空気を口から取り込み、あまりの勢いにせる。かなりパニックに陥っていたのだろうと、この行動から読み取れた。

「ゴホッゴホッ……ア、アルル……!ゴホッ……!」

 中々回復しない中、アイナは咳をしながらアルルに近づく。変なことをすればアルルを守ると考えてブレイドは軽く武器を握る。それが杞憂だと分かったのはアルルがアイナの胸に包まれた時だった。

「アルル!!」

 ガバッ

 会話どころではない。アイナは自分の娘の感触を確かめるようにぎゅっと抱きしめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...