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第十章 虚空

第二十六話 公爵の参加

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 黒曜騎士団は焦っていた。
 ラルフの情報を追って店に来たまでは良かったのだが、その姿形はどこにもない。店の周辺を当たってみるが、一向に見つかる気配がない。

「おいっ店主!ラルフがどこに居るかハッキリ言わないか!言わないなら詰所に連れて行くぞ!」

「ラルフがどこ行ったか何て知らねぇよ!厄介なことになると思ってさっさと追い出したんだからな!そしたらこのザマだ!疫病神でしかねぇや!!」

 店主はカウンターに押さえ付けられる形で拘束されている。両手を後ろに捻り上げられ、頭を掴まれて頬に机の冷たい木の感触が貼り付いている。ここまでやって吐かないとなると本当に知らないとしか思えない。既に小一時間経っている。このままではゼアル団長からの叱責は免れない。

 普段のバクスならもう少し穏便な対応を見せるのだが、国内の、しかも絶対安全を保障している壁の中での醜態だと言うのだから事は急を要する。部下たちも普段以上に張り切って探し出してはみたものの、宿という宿、他店や空き家に至る多くの場所を手当たり次第に当たっているが手がかりはない。

 諦めて店に戻ってくる部下もちらほら増え出し「見間違いだったのでは?」という声も出始めた頃、外が騒がしくなった。ざわざわという声に混じって「公爵!」「マクマイン様!」という声が聞こえた瞬間、バクスの血の気が引いた。

「ええい!邪魔だ!退けっ!!」

 怒号が聞こえ、そのすぐ後くらいに公爵が店内に入ってきた。

「マ、マクマイン様!どうしてこちらに……?!」

「バクス……貴様が指揮をとっていたか。通りで話が進まん訳だ」

 公爵は呆れ顔でバクスを見ていた。その蔑むような目にでかい図体を縮こませる。公爵は視線を外し、カウンターに押さえ込まれている店主を見た。

「また貴様か。アルパザを去ったと報告があったが、ここに居を移していたとはな。奇しくもあの時と同じような状態だが、今回は私が目の前にいる」

 公爵は腰に提げた剣を抜いた。

 ビュッ……タンッ

 目にも留まらぬ速さで店主の目と鼻の先に剣を突き立てた。「ひっ……!」店主は小さく悲鳴を上げる。突然の鋼の輝きには騎士たちも大いに驚く。痛めつけたのは確かだが、壁の中に住む国民に対して剣を抜こうとは思わない。

「……私を前に誤魔化しきれるとは思わん事だ」

 その目はギラついて殺意すら浮いていた。



「あたしゃ何も知らんよ!」

 騎士に怒鳴るように返答する。街の裏通りの小さな酒場。飲んだくれが集まる安酒場に騎士が数人入って酒場のママに聞き込みをしていたが、十回質問して十回この返答である。耳も遠い上にボケが始まっていると言わざるを得ない。

「やめときなよ兄さんたち。ママは知らないって言ってるだろ?他を当たんな。酒が不味くなる」

 昼から酒を飲んでいる呑んだくれが鼻を真っ赤に染めながら眠そうに話した。騎士たちもこれに賛成である。聞いても無駄を体現しているおばあさんに、いつまでも構っているのは時間の無駄である。騎士たちは舌打ちをしながら出て行こうとするが、開けようとした扉が勢いよく開かれた。

「あ……え?公爵?」

 思いも寄らない人物の登場に目を丸くする。ズンズンとカウンターを目指して無人の野を行く。店内の客、騎士たちは動揺から後ずさりするのに対して、ママは全く動じる事なく座り続ける。ボケ老人の強みだと周りは気の毒に思った。

「……ここに罪人を泊めているらしいな。すぐに引き渡せ。隠すと為にならんぞ?」

 公爵はピシャリと言い放つ。

「あたしゃ何も知らないよ!」

 だがその質問にも全く同じ返答だ。もはやこの言葉しか喋られないのでは思えるほどにパターン化している。

「あの店主もそうだが、見上げた度胸だ。この私を前にしても彼奴を庇うか……だが無駄な努力だ」

 公爵は茶色い淵のグラス部分がバキバキに割れたメガネを取り出してママの前に置いた。プルプル震えて今にも倒れそうな体から震えが止まる。しわくちゃで垂れ下がった重そうな瞼が持ち上がってキラリと瞳を見せる。その目はメガネを見た後、公爵を見据える。
 その態度の変化に驚いたのは店の客だ。一度も見たことのないママのキリッとした顔に度肝を抜かれたのだ。

「……口が堅いあの子が話したんだ。あたしがいくら頑張っても無駄ってもんさね」

 そういうとクイっとカウンターの先の奥の間を顎で指し示した。

「ふっ、話が早い。その潔さに免じて貴様らのお咎めは今回に限り無しにしてやる」

「……気前が良いこったね……」

 面白くなさそうなママの脇を通り抜けて公爵が先陣を切る。この時を待っていた。危険かもしれないのに自分の前に壁となるはずの部下ですら置きたくない。映像ごしに何度も会っているのに対して、その実対面したことのないラルフと公爵。まるで文通で知り合った異性同士が時間や場所を示し合わせて初めて会うような高揚感がある。
 好意ではなく殺意ではあるが、公爵の心臓は妻とベッドに入るその瞬間よりも高鳴り、剣を握る力が強まる。完全なる不意打ち。ラルフの驚く顔が目に浮かんでいた。

 鍵の掛かっていない扉を思いっきり開ける。

 もぬけの殻。

 安宿の相部屋は誰にも借りられていないのを寂しく思うようにその空間をさらけ出していた。

「まさか……店主に謀られましたか?!」

 部下は慌てたが、公爵はそれに首を振った。

「気付かれたようだ。見ろ」

 公爵が指差した場所には水差しとコップが六人分置かれてあった。コップには液体が半分ほど入っていて、亡くなっているのもある。ついさっきまで誰か居たような雰囲気を醸し出している。

「まだそう遠くへは行ってないだろう。すぐ皆に知らせろ。捕える必要はない。見つけ次第交戦し、その首を取れ。無理なら居場所を共有し、包囲網を張って彼奴らを逃すな」

「「「はっ!!」」」

 公爵の命令に即座に反応し、走って店から出て行った。

「どこまでも一筋縄とはいかんな……」

 公爵はネックレス型の通信機を取り出した。起動してしばらく待つと、ゼアルが通信に出た。

「ゼアル。今は取り込み中か?」

『いえ、今は何もございません。何かございましたか?』

「何かも何も、ラルフの件だ」

『……』

 そのことについてを報告しなかったゼアルに対し、叱責の一つもするつもりだったが、今はそんなことをしている場合ではないと心に止める。

「そちらの用事が済み次第、即刻ラルフの捜索にあたれ。現在、彼奴らのこの国での拠点を潰した。街を逃げ回っていると思われる。見つけ次第殺すように部下には伝えてある。貴様も参加しろ」

『……はっ!』

 ゼアルは返答後、すぐに通信を切った。バツが悪いと見るのが良いだろう。ラルフのこととなると、いつもは優秀なゼアルも判断が鈍る。とはいえ、ラルフだけならゼアルでなくとも騎士が三人くらいで囲めば一溜まりもない。
 万が一、みなごろしと一緒なら……。

「いや、魔障壁もあれば関所もある。ラルフは通れても、魔族が通れる道理はない……はず」

 途端に不安になった公爵は、店から出ると近くにいた騎士を呼び止めた。

「関所に何人か回せ。私もこれから参る。虫一匹逃がさないように出入り口を封鎖し、ラルフを徐々に追い詰めるんだ」

「了解しました!」

 公爵は騎士を十数人連れ立って関所を固めた。関所の門は完全に封鎖し、公爵の指示の下にラルフの捜索が本格始動した。
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