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第十章 虚空

第十七話 抜け道

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 ラルフはミーシャたちを連れて抜け道のある場所まで歩く。草木をかき分け、現れたのは巨大な岩石だった。

『ちょっと聞きたいのじゃが……』

「ん?何だ?」

 握り締めていたアクセサリーを見る。ほんの少し逡巡する様に一拍置いてから質問した。

『……その抜け道は一体いつ頃から開通していたのじゃろうか?』

「あれか?……確か十年くらい前じゃないかな?イルレアンに用があった三年くらい前に興味本位で聞いたら「七年前」って自慢してたし」

『……誰が?』

「魔法省の奴だって聞いたぜ。名前までは知らないけど、アスロンさんの部下だったりしてな」

 そこまで聞いて『ふーむ……』と考え込む素振りを見せた。もしかしたらやりそうな人物に心当たりがあるのかもしれない。

「おじいちゃんが出てった後だよね。局長不在でチャンスだとでも思ったのかな?」

「だろうね。どの世界でも汚職はあるもんだね」

 アルルの疑問に肯定するアンノウン。ブレイドは木々の間から見えるイルレアンの壁を目でなぞる。

 万が一魔障壁を突破しても堅牢な石壁が立ち塞がる。魔族には飛べる種がいるので、あまり意味無いようにも思えるが、壁が有るのと無いのとではまるで違う。
 上だけしか攻める手立てが無いという選択肢を狭める事と、そびえ立つ壁は見るだけで攻める気を失わせる物理的圧迫感を出すのに役立つのだ。

 とはいえ、先ず魔障壁を突破する事が何より難しいのだから、あの壁は魔獣や盗賊等の外の驚異を国民に見せないようにする配慮であると考えるべきだろう。

「……堅牢に見えて用途はつい立て。これでよく平和が保てたものですね……」

「それだけ魔障壁が頑丈なのよ。この広い土地を丸々覆って、且つこの規模の魔障壁を生み出すなんて……ヒューマンもやるものね」

 ミーシャは感心しながらアクセサリーに目をやった。

「おい!貴様らっ!!」

 その時、大きな声で呼び止められる。岩を仕切りに触っていたラルフがその声に反応した。大急ぎでやってくる人物を見て、待ち人来たりと顔をほころばせる。

「おおっ!待ってたぜおやっさん!……えっと何だっけ?火は水、水は土で土は風、風は火で……」

 ラルフは突然詩のようなことを唱え始める。おやっさんと呼ばれた男は眉間にしわを寄せ、腕を組んで口を開く。

「廻り廻るがこの世の理……って、随分と昔の合言葉だな。と言うか上文は俺の言葉だ。俺を試すような真似をするとは……ん?もしかして、ラルフか?」

 ラルフは草臥れたハットのつばを摘む。

「そうだそうだっ!久しぶりだなぁ!」

 ローブを着込んだ如何にもな魔法使いは、笑いながらラルフの肩をポンポン気安く叩く。

「おやっさんまた髪が薄くなったんじゃねぇか?地肌見えてんぞ」

「はっはっ!うるせぇな……最近局長から突き上げがあって鬱屈してんだよ。頭皮の毒だぜ。最近と言えば、お前さんも大変みたいだなぁ。聞いたぜ、懸賞金のこと」

 ラルフは頭を掻きながら困った顔をしている。その表情を察して、おやっさんもそれ以上は追求しない。二人で他のみんなを置いて共有感を勝手に高め合っていると、アクセサリーから声が響いた。

『……思い出した。おぬしダルトンだな?魔法開発部、副部長のダルトン』

 その声に目を丸くする。そしてどこから声が聞こえてくるのかと辺りを見渡した。

「……そんなはず無い……あの方がここにいるはず……」

 聞こえた声が幻聴だと思い込んで、耳に指を突っ込む。きっと耳垢のせいだと爪で乱暴に掻き出してローブに擦り付けた。

『真面目なおぬしがまさか犯罪に手を染めとるとは……レスターかギャンゴあたりの仕業と思っとったが、虚をつかれたわい』

「げ、幻聴じゃない……ア、アスロン様!申し訳ございません!私はとんだ間違いを……!!」

 先程までの偉そげな態度から一転、手を前に組んで跪いて祈り始める。ラルフはアクセサリー型の通信機を前に掲げておやっさん改め、ダルトンの前に差し出す。

『ううむ、しかし得心がいった。中途半端な役職では、この魔障壁を突破する方法を持てるとは思えん。魔法開発の部署でこっそり作っていたなら出来よう。おぬしは優秀だったしのぅ』

「申し訳ございません……申し訳ございません……」

 彼は涙ながらに語った。

 ダルトンは最も尊敬する人物がこの国を出て行ってしまったことにショックを受けて、悪の道に手を染めた。初めは簡単な魔道具の闇取引だったが、次第に手を広げ、この抜け道を悪徳業者協力の元、製作した。

 関税が高いこの国に物を卸すとなると、外から来た者が店を開くのは貴族階級でもない限り難しい。代々続く老舗を守り、国内での就職を促すための政策。
 その政策から逃れたい悪徳業者の手伝いをする代わりに幾らか貰うことで、双方に利益を得る方法を見出したのだ。起動方法はダルトンしか知らないので、悪徳業者はこの男に頼るしかない。

 ポツポツと漏れ出た懺悔に哀愁が漂う。

「……おじいちゃん」

『うむ。こうなってしまったのは、儂がやるべき事を放棄したせいじゃ。非は儂にこそある。申し訳なかった……』

 体があれば深々とお辞儀をしたのだろう声に、しんっと静まり返った。その空気の中、あえてラルフが発言する。

「おやっさん。俺らこの国に入りたいんだけど、何とか入れちゃくんないか?一応礼なら……」

「いらねぇ……今日限りでこの商売も終わりだ。ですが、アスロン様のためならこのダルトン。いくらでもお力をお貸しします」

『……恩に着る。そうだ、それから……アイナは息災か?』

 アスロンの娘。マクマイン公爵の妻にして魔法省の現局長。

「はっ、変わらずご健康で……三兄弟もすくすく育ち、将来が楽しみであると良く漏らしております」

 それを聞いたアルルは目をパチパチとさせていた。

「それって……私の弟って事?ねーブレイド。知らない内に弟が三人も出来たよ」

「みたいだな。機会があったら遠目からでも見てみような」

 会うと言わなかったのは波風を立たないように考えてのことだ。会えばきっといざこざに巻き込まれる。

「それじゃ早速入れてくれるか?中で待ち合わせしてんだよ。早いとこ行かないとな。アロンツォの気が変わらないうちによ」

 ダルトンは巨大な岩と魔障壁の間に立って何やら呪文を唱える。
 魔障壁が見る見る穴を開けて人一人が通れるサイズになる。荷物によっては開ける穴のサイズが違うようだが、今はこのくらいで十分。魔障壁を潜ると、ダルトンはまた呪文を唱え、今度は地面の一部がスライドして地下への階段が現れた。これこそ抜け道。壁をくぐって国に入る。
 ラルフたちは臆することもなくダルトンを先頭に階段を降りていった。



 公爵の別邸でピクッとソフィーが動いた。それに気づいたイザベルが疑問の表情でソフィーを見る。

「……少し、館を離れます。何かあれば念を飛ばしてください」

「どうかされましたか?」

「魔力の乱れを感じたような気がしたんです。気のせいだとは思いますが念のために……」

「いってらっしゃいませ」

 イザベルはそれ以上聞くことなく、快く見送った。
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