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第十章 虚空

第十五話 ポータル

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 イルレアン国の石壁の外側。街を守るために張られた魔障壁よりも更に外。そこには薄汚れた標石が誰に知られることもなくポツンと立っていた。

 もう何年も掃除されていないせいか、苔むして緑に覆われている。風化しているものの、特に破壊された様な形跡はなく、魔獣たちもノソノソとここだけは素通りしていく。何のために立っているのかも分からない標石。変わらず立ち続けた標石が突如として光り輝いた。

 ——バシュンッ

 その音と共に疾風の様な衝撃波が辺り一面をバサバサと草木を揺らした。魔獣もあまりの光と音と風に驚いて急いで逃げ出した。
 光が晴れた標石の真ん前。そこにはズラッと数人立っていた。出現したくせに「ここはどこだ?」と白々しくキョロキョロ辺りを見渡している。

「……イルレアン、ではないのか」

 草木生い茂る光景に少々ガッカリした態度を見せるアロンツォ。話し合いの結果、結局この召集に応える事になったのは兄の方となった様だ。ラルフはそんなアロンツォに話しかける。

「多分ここはイルレアンの外側だろう。すぐ近くに国があるんじゃないか?」

『ご明察じゃ』

 アスロンは嬉しそうな声で答える。

『丁度背後にあるこの標石こそが転移ポータルの出入り口になっておる。ここは簡易的にカモフラージュを施しておってな、この様子だと儂が建ててから一度も気づかれておらんと見える。ま、そうでなくては困るがのぅ』

 姿こそ見えないが、声だけで鼻高々という雰囲気が伝わってくる。

「何でこんなとこにポータルなんて作ったのかな?国の内側なら手間が省けて良いのに……」

 アンノウンは肩を竦めて質問する。

『ふむ、良い質問じゃな。万が一敵に利用されては意味がないという名目で、国の中に設置してはいけないと魔法省内でルールを作ったのじゃよ。主に儂が』

 当然の配慮だ。住居に抜け道を作ればそこから何かが侵入する可能性は大いにある。特に安心と安全を謳うこの国に、ポータルを作成し、万が一にも公になればどんな顰蹙ひんしゅくを買うか分かったものではない。
 平和とは国民の心にこそ存在する。死と隣り合わせの時代だからこそ、一部の隙もない安全と安心が求められるのだ。それを享受できていると形だけでも感じる事ができれば不安は取り除かれ、自身は守られているという幸福が平和を生み出すのだ。

「でも、おじいちゃん。エルフの人たちは魔障壁の中にポータルがあったよ?」

 アルルはエルフェニアでの事を思い出して首を傾げた。

『よそはよそ、うちはうちじゃて……いや、真面目な話。エルフの転移魔法は複雑な構成をしておっての。いわゆる防御装置が働いておって、合言葉以外で起動しないそうじゃ。それを研究し、試作型で作ったのがこの標石じゃ』

「道理で。エルフの転移装置と全く同じ形をしていると思いましたよ」

 ブレイドは苔むした標石を納得の表情で見る。ミーシャも「そういえば」といった顔をしていた。

「転移は元々エルフの発明だったな。つっても大魔導士と謳われたアスロンさんでも再現できなかったってことは、もしかしてエルフェニアでも既に失われた技術だったとか?」

『はっはっはっ!これまたご明察』

 手を叩いて喜んでいそうな声音だ。アンノウンは顎に手を添えて考える。

「ロストテクノロジー……ってどうして?エルフが開発したなら失われてないと思うんだけど?」

『何でも原理自体は今の技術でも再現できるらしいんじゃが、合言葉等の錠と鍵の設定や付属効果などの応用ができないそうじゃ。聞いた話では老い先短い魔法科学の権威が命を賭して作り出したとされておる。もしかすればあのポータルには現在の儂と同じく思念や記憶が付与され、同胞を守り続けているのかもしれんのぅ……』

 当時の記憶を手繰り寄せながらしみじみと話す。魔法省のトップともなればエルフの里に招待されることもあったのだろう。一般人では決して有り得ない事に本来なら憧れるところかもしれないが、ここにいる人たち、ミーシャも含めた全員がエルフェニアの地を踏んでいる。物珍しさの欠片もない話に既に興味は別のことに向いていた。

「てゆーかいつまで話てるの?そんなこと良いから早く行きましょうよ」

 ミーシャには最初から興味のないことだ。冷たくあしらわれると、残念で悲しいという思いと共に申し訳なさが押し寄せる。

『おぉ……失礼した。つい懐かしさから語ってしもうたわい』

「分からんではない。余も成したことを自慢したくなるからな。とはいえ、ミーシャ殿の言う通り。余はここからそなたらと別行動を取らせてもらう」

 アロンツォは上を見て木々の枝などを確認すると、その場で羽を羽ばたかせ、ホバーリングし始めた。

「あっそ」

 ミーシャは冷たく言い放つが、ブレイドは慌てて止めた。

「待ってください!あなたが居ないと俺たちは入れなくないですか?」

 ブレイドはアロンツォの付き人として行けば、関所をすんなり通れるのではないかと踏んでいた。それを聞くとアルルたちも「あっ!そっか!」と気づく。アロンツォは唯一表情を変えなかったラルフを見た。

「良いぜ。問題ないから先に行っててくれ。俺たちも後から行く」

「心得た」

 アロンツォは再び羽を羽ばたかせる。今度は大きく、上に伸びるような羽ばたきだった。ぐんっと一気に飛翔し、枝葉に隠れて消えていった。ラルフ以外のみんなが「あーあ」といった呆れた表情をしている。

「ちょっとラルフ。さっきの話は本当なの?まさか強がりとかじゃないよね?」

 ミーシャは懐疑的な目でラルフを見た。それもそうだろう。ラルフはこの手の強がりを結構する。後で泣きを見るのが自分だと分かっていてもやってしまうのは、もはや生まれ持っての性質さがだろう。

「ひでぇな、信じろよ。俺はイルレアンには何度か来てる。手形もないのに関所なんか通ろうものなら身ぐるみ剥がされちまうぜ?」

「だからアロンツォさんと一緒に行こうってブレイドが……」

「忘れたのか?俺はお尋ね者だ。それにミーシャはどうするつもりだ?せっかくアンノウンに作ってもらったサングラスを取られちゃ元も子もねぇぜ?ま、俺に任せな」

『その口ぶりからすると……あるのか!抜け道が!!』

 心底驚いた様子で大きな声を出す。アスロンの一言で、ラルフに耳目が集まるのを待ってから満を持して口を開いた。

「あるさ。悪徳業者の税金対策って奴だよ。黙っとく代わりに俺ら はぐれ者も使わさせてもらってんのさ」

 周りから「おお!」と感嘆の声が出る。一瞬で辿り着けたのはアスロンのお陰だが、国への侵入はどうやらラルフのコネクションが効きそうだ。

『……儂らの安全への配慮が……』

 それは姿形があればガックリ肩を落としているだろうと思える程に悲哀に満ちる声だった。
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