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第十一章 復讐

第十八話 攻略せよ

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(まさかこのワタシを前に一歩も退かないなんて……!)

 思った以上のアロンツォの攻勢に、ティファルは驚愕を隠せない。
 近寄ることすら躊躇う鞭の攻撃。常人が振るっても猛獣が逃げ惑う威力を有しているのだ。その上、間合いに入れば避けることすら困難な武器の応酬に、撤退を選択するのは当然だろう。
 それこそが彼女の狙いであり、戦略の一つである。伸縮自在の鞭”黒縄”の攻撃範囲は事実上無限である。彼女の目に見える範囲が攻撃範囲である以上500mは固い。その理を潰す勢いで間合いを詰めたのはアロンツォが初めてである。

「チッ……このっ!!」

 ボッ

 ティファルは何とかミドルキックを放つ。腰が引けた蹴りだったが、風を切るほどに鋭い。アロンツォはその蹴りを飛んで避ける。その瞬間、彼の槍に魔力が纏う。

「槍技!”風の牙ザンナ デル ベント”ォッ!!」

 彼女はアロンツォの隙を作るために、自分の隙を作ってしまっていた。バランスを崩したティファルに放った彼の最強の技は、完璧に発動した。

 チュドッ

 二人の姿を隠すほどの勢いで巻き上がった砂塵にティファルの鞭も混じる。ドッと落ちた黒縄は持ち主を失い、地面に転がった。
 二人の行く末がどうなったかは、この砂塵が晴れた時に決まる。次第に薄くなっていく砂の壁の中、アロンツォがティファルに槍を突き立てるシルエットがあった。

 ギギギ……

 ……かに見えた。
 槍の穂先が彼女の胸のすぐ前にて両手で挟み止められていた。アロンツォの決死の技は、ティファルの機転に防がれたのだ。それでも無傷ではいられなかったようで、衝撃波が彼女の体を襲い、地面に叩きつけられて体が埋まっている。ただ外傷は擦り傷程度で、あまりダメージがあるようには見受けられない。

「……やってくれたわね……」

 挟み止められた槍を外そうと引いたり押したりする。万力で固定されたようにビクともしない。

「怪力だな……性別は女性、なれど淑女とはかけ離れているようであるな」

「誰がゴリラですって?」

 ゴゴゴ……と睨み合う両者の殺意がぶつかり合う。ふとアロンツォが口を開いた。

「……ゴリラとはなんぞ?」

 そんなティファルとアロンツォの戦いが過激化すると同時に、他でも戦いが始まっていた。

「イヤアアァァ……!!」

 ルールーの部下の一人、猫とおぼしき獣人族アニマンは腕を押さえてのた打ち回る。この世の終わりのように息の続く限り叫び、大きく息を吸っては肺が空になるまで吐き出すを繰り返す。それに恐怖を覚えた部下の二人は萎縮して後退りする。

「……何ヲシタ?」

 ルールーは自慢の双剣を構えてノーンに牽制する。

「何って、この槍で突いただけ。と言っても足と腕をほんの少し切っただけだけどね」

 複雑な形をした槍の穂先に付く血の跡。切っ先にちょこっと突いているくらいだが、切られた本人は掠り傷に大袈裟と言える声を張り上げている。長年連れ添ってくれた部下の、今にも死にそうな雰囲気にノーンの言葉が軽く感じられる。

「タダ切ッタダゲッテ、嘘ヲ付グデネェッ!何カ絡繰カラクリガ有ルニ違イネェ!!モウ一度聞クデ!何ヲシタダ!!」

 牙を剥いてノーンに問う。彼女は面倒臭そうに耳の穴を弄りながらため息をつく。

「うっざ」

 全く教える気のない態度に憤りを感じたが、それ以上に叫ぶのをやめて泡を吹きながら転げ回る部下が気になった。
 何故これほどまでに苦しむのか?彼女の言う通り、単にちょっと切られただけ。あの程度の傷なら他の戦場で何度も付いたことがあるだろうし、あれでこんなにも痛がっていては日常生活がままならない。
 十中八九、あの槍の能力だろう。おそらく毒が穂先に仕込まれてあるのだ。それもアナフィラキシーショックを起こすほど強力な毒だ。能力の消去、または毒の中和がなされない限り彼女は死ぬ。
 そして、この推測が正しければ、彼女の懐に飛び込むのは自殺行為。いつものように動きで翻弄して、ここぞという瞬間に急所に攻撃を仕掛けたいが、地面に転がる部下がその失敗を物語っている。

(アノ槍デ傷付ケラレタ瞬間アノザマ。ツマリ攻撃サセナケレバ何トカナル……デモ、ドウヤッテ?)

 ルールーは純粋な戦士。魔法による小細工や遠距離からの攻撃を持っていない。槍の穂先すら何とか出来れば勝利は見えたも同然だが、部下の攻撃を難なく防いでカウンターに転じたのを見れば、穂先を何とか出来たとて勝つのは容易ではない。

「結局、ヤッデ見ナクチャ始マンネナ……ピュマ、ジャガ。相手ヲ引キツケロ。但シ、近付カズニ」

 部下の二人、ピュマとジャガはそれを聞いて即座に左右に分かれた。正面にルールーを置いて、ピュマがノーンから見て左後ろ。ジャガは右後ろに回り込んでノーンを三人で囲った。

「何?囲んで袋叩き?……勝てると思ってんの?」

「ソイヅハ、ヤッテミナクチャ分ガンネ」

 ルールーがノーンの背後に回り込んだピュマとジャガにアイコンタクトを取った。二人とも同時に頷いて、囲む時に拾った小石を握りしめる。
 ”指弾”。威力こそ然程ないが、様子見においてこれほど適任の中距離攻撃はない。たちまち殺すことは出来ないが、目を潰したり、ただ飛んでくるだけで邪魔になったり用途は様々。

 ピシッ

 ピュマが石を弾いた。ノーンに迫る石。だがその小石は、当たる直前にフッと消えて無くなった。

「……ン?」

 その様子を目を見張って見ていただけに途中で消えた意味が分からなかった。どの道失敗は失敗。今度はジャガから指弾を飛ばした。しかしやはり途中で消える。一体何が起こったのか計りかねる。
 そこでノーンが手を差し出した。

「探してんのはこれ?」

 手に握られた二つの石。飛んでくる石を難無くキャッチしていたようだ。もちろんそんな事は一介のヒューマンには出来ない。

「チッ……タダノ ヒューマン ニシガ見エ無イノニ……!」

 ルールーは舌打ちをする。突き崩すのが困難な牙城ノーンを見て、苛立ちがふつふつと湧いてくる。
 ノーンはそんなルールーを鼻で笑う。

「ふっ、周りも始まったばっかだしさ、遊んであげるよ?猫耳集団。もっとも、私に勝とうだなんて百万年早いけどね」
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