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第十一章 復讐

第十三話 謎めいた素性

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「ははっ!こりゃ壮観だ!」

 藤堂は朗らかに笑う。
 凄まじい数の物言わぬ傀儡。その全てをたった一人の人間が魔法で操る。あまりの壮大さにぽかーんと眺めていたガノン一行。戦い直前とは思えない程に気が抜けてしまった。

「"人形師パペットマスター"ルカ=ルヴァルシンキ……あの方は一体どんな方なのでしょうか?」

 ハンターは八大地獄との戦いの前に"みんなの爺や"ことジョー=コルビンに話を聞く。

「かの御人は非常に注意深く、また異常に他者との接触を拒む謎多き人物で御座います。私は陛下の紹介でルカ様と会うことが出来ましたが、普段は外出されません。ただ、世界有数の魔法使いであることは誰の目にも明らか。戦争という一点において、それ以上に求めるものなど御座いません」

「なるほど。爺やを持ってして性格が掴めんということか……」

 ゼアルはこの旅において、ルカには協調性がないと判断していた。ここまで丸二日かけて来たが、ルカは食事も睡眠も他人とずらして行動し、絶対に仮面を取らなかった。ジョーの言うとおり他者との接触を拒み、自分に近寄ってくる奴らがいないか常に動向を見ているようで、最初に握手が出来たアロンツォすら間合いに入ることを許さなかった。

「特にあの仮面の下が気になりますよね。結局僕らの前では外しませんでした」

「ああ、外す兆候すら見られなかった……」

 ゼアルはチラッとジョーを見た。ジョーも仮面の下の素顔を見たことはないようで、その視線に小さく首を振った。
 声と骨格から男性であることだけは分かる。額のブリリアントカットを施された水晶が、自前であることを信じれば”一角人ホーン”というのも理解出来る。しかし、その他が謎すぎてイマイチ信用における存在ではない。

「……おいコラ、余計な詮索はやめろ。俺たちに必要なのは戦力であって友達ダチじゃねぇ。特に仮面の下を見たいだ何だのと……んなことは二度と考えるんじゃねぇ」

 ガノンは正論でゼアルたちに釘を刺す。

「ふむ。確かに、ガノン様の仰られる通りで御座いますな。気に障ったのであれば……」

 ジョーは即座に頭を下げ謝罪した。ハンターも首筋を触って自分の非を恥じている。だがゼアルは首を傾げた。

「……貴様どうした?奴のことはやけに庇うじゃないか。いつもなら自ら積極的に聞きに行くというのに……」

「……ふんっ、俺も成長したのさ……」

 ゼアルに指摘され、外方そっぽを向く。
 実のところこれは成長ではなかった。

——話はヴォルケイン国からの出発前夜に遡る。

 国王の計らいで高級宿場に泊まることの出来た一行はそれぞれの部屋でくつろいでいた。
 暇だったガノンは一人ふらふらと部屋から抜け出し、ふと気になった大広間の地図を眺めていたらある一点に目が止まった。

「……なんでぇ、露天風呂があるじゃねぇか」

 水浴びなどはあまり好きではなく、綺麗好きというほどでもないが、熱い湯に浸かって芯から温まるのは大好きだった。早速タオルと着替えを持つと、一人外に飛び出した。足取り軽く人通りの少なくなった街を悠々と歩く。

「おや?珍しいな。まだ寝ていなかったのか?」

 バサバサと羽音を鳴らしてアロンツォがガノンの元に降り立った。

「……手前ぇかよ。何やってたんだ?」

「夜の空中遊泳よ。この街並みは美しい。今のうちに目に焼き付けておこうと思ってな」

「……っけ、そんなに好きなら住んじまえば良いじゃねぇか……」

「住むなど勿体無い。この街の情景が当たり前になってしまっては感動出来ないではないか」

「……あ?……たく、変な野郎だぜ」

「ふっ、余には余の楽しみというものがある。ところでそなたはどこに?」

「……露天風呂だ。せっかくだから入っとこうと思ってよ」

「は?自ら熱湯に浸かりにくのか?そなたの方が変ではないか」

「……俺には俺の楽しみ方がある」

 ガノンはアロンツォの言葉を引用すると、そのまま歩き去った。
 アロンツォによって少し機嫌が悪くなったが、今から湯船に浸かれることを思えば些細なことだ。久々に体をリラックスし、明日に備えて体を清められる。喜び勇んでやって来た風呂はかなりの熱湯なのか、湯気がもうもうと立ちこめる。手を少し浸けて温度を確かめるが、思ったほど熱くなく、ガノンにとっては適温と呼べるものだった。
 誰も人が見当たらないのでちゃちゃっと服を脱いでいそいそと肩まで浸かった。

「……ああぁぁぁぁああっ……!!」

 おっさんのような……いや、おっさんが、魂が抜けるほどの声を腹から喉を通して体外に排出する。肩まで浸かれば顔から険が取れ、いつもの気難しくも怖い顔が、優しくとろけるような幸せな顔になった。アリーチェにも見せたことのない笑顔は湯煙に隠される。

 パチャッ

 その時、水が跳ねる音が聞こえた。一瞬でキュッと顔が締まったガノンが片足立てて上半身で周りを見渡す。

「……誰だっ?!」

 鋭敏に敏感にギラついた目でここにいる何者かを探る。至福の瞬間を邪魔されたと感じたガノンはその存在を見つけるべく湯船を移動する。恥ずかしさから牙を剥き出しにして威嚇しつつ歩いていると「ひゃぅっ……」という小さな悲鳴を聞く。

「……そこかっ」

 岩の陰に隠れた人影を見つけ、自慢の身長でぬぅっと覗き込んだ。
 そこに居たのは華奢な金髪の人物。その顔は美少女そのもの。だが体は胸板の薄い成人男性。線の細い腕で体を抱くように小さく縮こまろうとしている様は魔物に怯える子供のように見える。けど体は細マッチョな成人男性。
 混乱する。チグハグな様子にガノンの目は点になった。脳が理解を拒否し、しかし分析しようと脳細胞がフルスロットルで動く。これが頭がバグるということなのだろう。
 そんな調子で二人はほんの少し見つめ合う。体を庇う金髪の男性はゆっくりと肩まで浸かってガノンから隠れようとしている。そんな中で小さく「ど、どうも」と口を開いた。ガノンも小さく会釈して去ろうとするが、その時に彼の額の水晶に気づいた。またサッと男性を見るとビクッと肩が跳ねるのが見えた。

「……おい手前ぇ、人形師か?」

「えぅ……あ……は、はい。あ、あの……ガノン……様、ですよね?」
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