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第九章 頂上

第三十七話 殺戮の始まり

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 最近密かに躍進を果たすオークの国「オークルド」。

 皮の鎧、お粗末な斧やハンマーが主力武器で、フィジカルだけを頼りにしてきた種族が、金属の鎧を身に纏い、研ぎ澄まされた刃の斧や柄の持ちやすいハンマーを手に入れた。
 それにとどまらず、城内では通信機の技術を応用した逆探知と録音機も開発され、新たな魔法技術に着手していた。

 魔法とは魔力を使用することで生まれるもの。魔力は消費されるエネルギーであり、一気に使い果たすと生き物であれば意識混濁の後、死亡するケースは珍しくない。体力と同じで、走ったらどこかで休まなければならないのだ。
 魔族社会では一部が、人間社会では一般化している魔道具を使用した常時明るい世界。夜の闇を照らす魔力の明かりは、生活環境を大きく変えた。
 魔力を休みなく延々と出し続けるのは、生き物では不可能。これを可能にするのは魔鉱石の存在だ。小さな魔鉱石を発掘し、それをたくさん集めれば膨大な力へと変化する。石炭火力と同じであり、魔鉱石を使ったエネルギー科学こそが近未来を作る上で必要不可欠な素材として扱われている。

 ただし無限エネルギーというわけにはいかない。魔鉱石にも限界があり、言わば電池のように取り替える必要があるのだ。オークルドの当面の目標はその魔鉱石を大量に仕入れ、国を活性化させる近未来のインフラ整備。

 第八魔王”群青”が目指すのは、西の大陸にポツンと存在する人間の居住区”ジュード”。美の国と評される綺麗な景観は見る者を虜にする。
 魔法や魔物、オークをも阻む魔障壁。水をろ過して飲水に変換する装置や、船の推進力。下水に魔力灯の明かりなど、魔道具を駆使したインフラの数々。整えるべき設備が一目で分かるモデルタウン。
 誰もが一度は羨む美しい景色に魅了された群青は、小高い丘で船が行き交う姿を見るのが趣味となっていた。

 毎日のようにこの丘に出かける一介の老人のような姿に息子たちは嘆き、王の座を一向に明け渡さない父親を恨んでいる。その鬱憤うっぷん晴らしか、最近では権力争いが激化していた。
 今こそ手を繋ぎ、国のために尽くすべきだと考える群青の心配を余所に、身内の喧嘩が絶えない。どころか日に日に規模が大きくなっていたりして国民も頭を悩ませた。

 そんな息子たちに失望し、彼は血縁関係での後継者を既に諦めている。何百年と生きてきて痛い目に遭ってきた経験から統治を学び、一国一城の主人あるじとなって君臨してきた。だからこそ周りに言われずとも自分の方がよく分かっている。王の座を退位すべき最高のタイミングをとうの昔に失していることなど。
 だからと言ってどうしようもないのだ。自分の若い頃に似て、頭の足りない愚か者ばかり。群青は深いため息をつきながら少し早めにいつもの趣味を切り上げた。

(いかんなぁ……ここに来るとどうも儂亡き後の未来を憂いてしまう……)

 そうならないための技術革新なのだ。
 どんな間抜けが上に立とうとも統治できるように、繁栄できるようにを考えた国づくり。もっとドワーフを攫うべきかどうかを考えていた時、群青は焦って走って来る部下の姿を視認した。

「どうした?厄介ごとか?」

 どうせ単なる息子たちの喧嘩だろう。そう思い冗談交じりに尋ねたのだが、事態は深刻を極めた。

「申し上げます!!ヒューマンが我らの領土に攻め入りました!!見張りの者からの情報を得て小隊を派兵し、現在交戦中!!」

 この焦り様からかなり強いヒューマンがやってきたと見た群青は、部下を見据えて状況の把握をし始める。

「……ほう、儂らの領土に自ら死にに来るとは片腹痛い。見張りの者で勝てんとなると、相当数と見たが……相手の数は?」

「はっ……!申し上げにくいのですが、相手は八人!」

「……八」

「いずれも強者揃いで歯が立たなかったとの報告があります!」

「となると白の騎士団か……しかし新調した武器と鎧を持ってして歯が立たんとは、それほどまでに強いのか……?」

「それは……!」

「あぁ、良い良い。儂の独り言だ。報告を受けただけでは儂とて分からん。それより、小隊規模では心許ない。すぐに「山斬り」を送り、後詰めに第三大隊を送れ」

 その判断に部下は目を剥く。「山斬り」はオークルドが誇る精鋭部隊。後詰めに第三大隊とは八人に対して多すぎる判断だ。
 しかし魔王の判断だ。すぐさま頭を下げて走り去った。
 いつもの様に側に控えていた秘書のアーパは群青に声をかける。

「群青様、いかがいたしましょうか?ここはイルレアンのマクマイン公爵に書状を……」

「ううむ……こういう時に通信機が必要になるのか。勉強になる。……よし、アーパ。すぐにも書状を作成し、魔鳥を飛ばせ。儂は第三大隊の指揮を取る」

 アーパは深々と頭を下げる。群青はその姿勢に満足するとまた歩き出した。



「見ろよ。どんどん集まってきてるぜ」

 ジニオンは額に手を添えて遠くを見る様な仕草をする。

「ふん、豚の怪物がウジャウジャと……身体能力は高いが、それを活かしきれておらん。つまらぬ手合いよ」

 ロングマンは腕を組んで冷ややかに見下す。

「確かにのぅ。頭も悪い上に才覚もない。鎧も着とるというより着られとる感じじゃ。これでは統治する王も底が知れるわい」

 トドットも後頭部を撫でながら鼻で笑う。それに同意するロングマンを尻目にティファルが舌舐めずりをした。

「じゃああの豚は私がもらっても良いわよね?」

「まぁ慌てるなティファル。我らのためにあれほどの手勢を用意してくれたのだぞ?」

 スッと肩越しに背後を見る。
 槍を担いでボーッとしているノーン、魔道具をイジイジと動かすテノス、そしてジニオン。先の戦いの敗戦者を一瞥すると前を向いた。

「全員で掛かろう。……パルス、お前はどうする?」

 パルスと呼ばれた少女はじっとロングマンを見た後、首を横に振った。

「……ありがたい。お前に出られると我らまで巻き込まれる。後ろに行った豚はお前に任せた……お前に限って万が一などあり得んことだが、気をつけてな」

 もう話を聞いていないのか、ピクリとも反応しなかった。腰に下げた刀の位置を調整して「行くか」と呟いた。
 ふっと腰を落としたロングマンは弓矢が放たれた様に走り出した。

「ちょっ……おい!ちゃんと示し合わせろよ!」

 バッとジニオン、それに続いてティファル、テノス、ジョーカー、トドットが走り出し、遅れてノーンが走り出した。それをパルスの胸ポケットで見ていた妖精ピクシーのオリビアは小刻みに震えながらパルスを見上げた。

『……ど、どうしてあなたはいかないの?』

 パルスは胸ポケットに入っているオリビアの頭を指の腹で撫でながらそれに答えない。オリビアはロングマンたちが向かった戦場の惨劇を目に焼き付けながら、自分が生きていることに疑問を持った。
 トドットが杖を振って魔法の様なものを使用し、ティファルが鞭で締め上げ、ジョーカーは瞬時にオークの首を刈る。テノスは魔道具でオークを吹き飛ばし、ノーンは槍で旋風を巻き起こす。ロングマンは目にも留まらぬ速さで刀を振るい、ジニオンはオークを捻り潰す。

 噂に聞いていたオークは3mの巨人で、誰にも勝てないほど力が強い。西の大陸の支配者と呼べる種族で、手を出せば瞬く間に踏み潰される。

 目の前で繰り広げられる事態はそんな噂を覆す凄まじい情景だった。七人がどんどんと前に進むごとに漏れ出るオークがこちらに向かって走ってきた。七人から逃げようとする兵士たちだ。

『こ、こっちに向かってくるわ!』

 オリビアの叫びにパルスは小さく頷いた。

「……大丈夫。パルスは負けない……」

 手をスッと横に出すと背中に下げていた大剣が突如浮かび上がった。命からがら逃げようとしたオークたちは自分たちの前にいる異質な存在に足を止める。

「……死んで」

 ボッ

 大剣は自由意志を持っているかの様に動き回ってオークに襲い掛かった。パルスの周りはいつの間にか真っ赤に染まり、肉塊となったオークが転がるばかりだった。

 ロングマンが切り込んで間も無く、オークが降ってきた。ドンッと地鳴りが起きて戦場が一瞬静まり返ると、オークたちが瞠目した。グワッと起き上がったその姿は自分たちが仕える主人。第八魔王”群青”だった。

「図に乗るなよ小僧ども」

 知性溢れる声質、佇まいと強者然としたオーラ。全てがロングマンの眼鏡にかなう存在だった。

「ほう……少しは出来る男が居たか。我の名はロングマン。貴殿は何者かな?」

「儂か?儂は第八魔王”群青”!!貴様らにとっての死神となろう!!この名をあの世に持って行くが良いわ!!」
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