上 下
341 / 718
第九章 頂上

第三十一話 終戦の鐘

しおりを挟む
「……いやー、相変わらず凄ぇなぁ」

 そこにあったのはたたずむ足。
 ところどころ砕けて、青い液体がその身を濡らす。頭や腕、あるはずの胴体は弾け飛んで消滅している。いや、その辺りに散らばっているのかもしれないが、肉片は岩のようにゴツゴツしていて、そこに元々あったのか肉片なのかよく分からない。
 古代種エンシェンツとしてその名を轟かせた天を衝く巨人は足だけとなっていた。

 ミーシャとの殴り合いは、結局サイクロプスの敗北で決着がついていた。
 岩盤の如く硬い体、魔力を弾く特別な能力、巨人というフィジカル、全てが揃った無敵の肉体。その存在を持ってしてもミーシャを倒すことは叶わなかった。
 全身真っ青になったミーシャは痛みを伴う手を魔力で回復させる。

「あー……疲れちゃった」

 サイクロプスの死骸に興味を失ったミーシャはふいっと顔を背け、ラルフとベルフィアの元にフヨフヨと戻る。ミーシャはラルフに近寄る度に笑顔になっていったが、ラルフは逆に困り顔に変わった。一瞬疑問に思ったが、答えはラルフの口から出た。

「あーあーあー……真っ青じゃねえか。とっとと要塞に戻って風呂に入ろうぜ」

 液体が掛かった体を上から下に見ながらミーシャも頷いた。確かに汚い。夢中で殴っていたから気づいていなかったようだ。自分が珍しく頭を捻った相手だったので、ラルフに褒めてもらおうと思っていたのだが当てが外れた。

「そう……だな。ベルフィア、すぐに帰るぞ」

「はっ承知致しましタ」

 腰に下げた杖を取り出し、すぐに転移を開始しようとする。

「あ、ごめん!待った待った!すぐに帰るってのは賛成だが、戦場にみんなを置いてきちまってる。まずはビーチに転移してくれないか?」

 ベルフィアは怪訝な顔でラルフを睨む。

「阿呆ぅが、そんな暇はない。ミーシャ様を一刻も早くこノ液体から解き放つことこそ急務。ささ、ミーシャ様お手を……」

「いや、ベルフィア。確かにすぐに洗い流したいが、みんなを回収する方が先だ。すまないが先にビーチに転移してくれ」

「畏まりましタ。ビーチを目指し転移を開始します」

 一瞬の間もない。恐ろしいほどの変わり身の早さだ。
 ミーシャが決定することに決して逆らわない女。それがベルフィアだ。自分の命が助かること前提に従者になったのに、今ではミーシャに死ねと命令されたら実行するのではないかと感じさせられる。

「ごめんな、ミーシャ」

 ラルフはいつものようにミーシャの頭を撫でる。それは待ち侘びた温かな手だったが、ミーシャはおもむろにその手を取ってラルフの手を頬にこすりつけた。猫のような仕草に可愛さと疑問が同居する。
 思う存分ラルフの手を楽しんだミーシャは手を離してラルフに返す。「いししっ」とイタズラっ子の悪だくみが成功したような笑顔を見せた。

「これでラルフも同じだよ」

「え?……ああ」

 何がしたかったのか理解した。ラルフの手にはベッタリと青い液体が付着していたのだ。慎ましいイタズラには可愛さしか残っていなかった。
 ベルフィアは一瞬嫉妬したが、満足したミーシャが手を握った。

「ベルフィアもいっしょー」

 ベルフィアの顔は溶けた。
 ムッとして笑ったことなど一度もありませんと言いたげな顔はこの世から消え去った。

「えっ……何その顔……怖っ」

 ラルフはベルフィアのこれほど弛緩した顔を初めて見た。狂気にまみれた顔や、嘲笑したり怒ったりしているのがいつもの顔なので、完全に調子を狂わされてしまう。
 ベルフィアはラルフに指摘されて顔をめた。

「何が悪い。ほれ、とっとと行くぞ」

 相変わらずラルフには冷たい。ラルフとしてはこっちの方が日常なので文句はない。
 ベルフィアは杖を振るって転移を開始した。
 本来複雑な魔法陣を組むような大掛かりな魔法だが、それがこの杖一本に集約されている。第六魔王”灰燼”さまさまである。

 景色はすぐさま変わる。飛んだ先はビーチ。グレートロック到着時、初期に降り立った場所。最初と違っていたのはミーシャが一緒に来ていることと、大人数で来てないこと、そして戦場が静まり返っていることだった。

「お?終わったのか?」

 剣戟の音も聞こえない。歓喜の声も怨嗟の声も衣擦れの音すらも消え去った戦場。ドワーフや魔族がそれぞれ撤退したのかといえばそうではない。明らかに数は減っているが、まだチラホラといるにはいる。
 息を飲んで様子を伺っているのだ。ただ一人の存在を。

「どうも終ワってはおらんヨうじゃ。何だか不思議な光景じゃノぅ……」

その人物に目がいく。丁度刀を鞘に収めるところだった。その目の前には死したサイクロプスを彷彿とさせる亡骸があった。間合いがかなりあいているので、わざわざ後ろに下がったのだと考えた。

「あいつが原因か……誰なんだ?……」

 ラルフは興味ありげに呟く。ミーシャも周りの状況からそれを察する。そして周りを見渡したからこそ分かったが、ブレイドたちの姿が見当たらない。

「あれ?みんな居ないじゃん。何人で来たの?」

 それを言われてハッとする。言われてみれば確かにみんなの姿がない。アロンツォとナタリアの姿も、皆忽然と消えたように。

「エレノアを残してみんなで来たんだ。ブレイドとアルルがエレノアを心配して……」

 だとすればここには十人以上の見知った仲間がいることになる。だが見当たらない。足元に倒れているわけでもないし、転移してきたというのに誰も反応せずにいることから、何らかの事情で要塞に戻ったと見るのが妥当だろう。

「……ブレイド?」

 その名前に反応するのが一人だけいた。
 大柄で筋骨隆々。斧を背負った巨人。もっともサイクロプスを見た後では小さく見えてしまう。のっしのっしと歩いてラルフたちに近寄る。

「オメーらブレイドの仲間か?」

「ん?あんたは?」

 突然声をかけられて驚く。ベルフィアは警戒から体を半身に構えていた。すぐに動けるようにするための姿勢。
 ジニオンは額をコリコリと掻きながらニヤリと笑った。

「慌てんなよ。俺は攻撃するつもりなんざねぇ。ビンビン感じるんだよなぁ、オメーらが強ぇってことはよぉ……本来なら手を出すとこだが、半端に終わったあの小僧との戦いに決着をつけたくてなぁ。ちょっくらブレイドの小僧を呼んできちゃくれねぇだろうか?」

「出来ない相談だな。私たちは要塞に帰ってこの液体を洗い流さないといけないんだ。お前が何者かは知らんが、諦めろ。……もうここに用はない。ベルフィア」

「はっ」

 ベルフィアは転移のために杖を握る。

「おいおい、つれねぇなぁ。こっちは下手に出てんのに一考の余地すらねぇのかよ……やっぱこいつしかねぇか?」

 ジニオンは脅し目的か、拳を振り上げた。ラルフはその行動に肩を竦める。

「結局それかよ……すまないがミーシャ、一発分からせてやってくれ」

「……まぁ、それしかないなら」

「ふはっ!!何ならその力を大いに振るっても良いんだぜ?ブレイドの代わりに俺を楽しませてくれるってんならな!!」

 ジニオンは喜び勇んで攻撃を開始する。

 ゴンッ

 その音は鈍くそんなに遠くまで響くことはなかったが、代わりに巨体が宙を舞った。

「……帰るか」

 ベルフィアは杖を振るった。

 ラルフたちが帰った後、入れ違いにやって来たトドットたちと合流した八大地獄は地面に埋まったジニオンを覗き込んでいた。ティファルが盛大に笑い転げるのを尻目にロングマンが遠のく彼岸花を睨みつける。

「あれがみなごろしか……」

 ロングマンの呟きはティファルの笑い声にかき消された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

処理中です...