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第九章 頂上

第二十話 抗えぬ差

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(どういう体だ?)

 橙将は薙刀を高速で扱いながらガノンと相対する。金属同士が連続でかち合う耳をつんざくような音が延々と鳴り続ける。
 生まれながらにあらゆる面で格が違うはずのオーガ族。その攻撃をほとんど完璧に防ぎきる、ヒューマンであるはずの彼の身体能力に瞠目せざるを得ない。疲れていなければ本当に魔王である自分を倒していたかもしれない。

 シュピッシュピッ

 攻撃の合間合間にガノンの防御をすり抜けて切り傷を与える。深くはない。薄皮一枚程度のかすり傷だ。
 だが、橙将の薙刀には毒が仕込んである。体を動けなくするような麻痺毒だ。かなり強力な毒なのだが、ガノンはなんとも無いように動き続ける。最初のかち合いから数えて四撃目には既に斬りつけて毒を注入しているというのに、六十数回に渡る剣戟の嵐に難なく付いてくる。
 ただそれでもガノンが攻撃に転じる回数は徐々に減ってきている。毒が効いている証拠なのだろうが、それにしては動きすぎだろう。

 ギンッ

 薙刀を大ぶりに振り抜き、それに合わせてガノンも大剣を振る。かち合った衝撃波は、周りにかまいたちを発生させ、橙将とガノン以上に周りに被害が及んだ。近くで戦っていたドワーフや魔族に切り傷を与えて地面がめくれ上がる。
 両者後ろに後退しながら間合いを開けた。
 橙将は表情こそ変わっていないが、肩で息をしている。久々に動いたのが無駄な体力消費に響いたようだ。細く長い息を吐いて少し落ち着きを取り戻す。
 対するガノンは大剣を杖代わりに傷だらけの体を支える。ゼーゼー言いながら呼吸を整えるのに必死といった様子である。橙将から離れたのは体力回復の為だった。

「貴様のような戦士がこの世に生を受けていたとは……全く驚かされる。長生きはしてみるものだな」

 ガノンはいつもの減らず口を閉じて、じっと橙将を睨みつける。

(……こいつ……銀爪に比べりゃ弱ぇ……弱ぇけど堅実だ。技術の面では確実にこいつの方が上……)

 目だけで辺りを見渡す。竜魔人に叩き潰されるドワーフの姿が見えた。正孝が何とか抑えようと必死だが、完璧には抑え込めていない。
 後からやってきたラルフ一行が竜魔人の王と戦っているが、決着はまだ付いてないようだ。出来れば周りの雑魚どもの相手を任せたいところだが、そういう訳にもいかないだろう。ガノンは自嘲気味に笑う。

「……へっ……情けねぇな……ちょっと疲れたからってこんな雑魚一匹の首を取れねぇなんてよぉ……」

 くぐもった声で呟いたが、耳の良い橙将には問題なく届いた。

「くくっ言うではないか。貴様の実力……認めぬ訳ではないが、吾を雑魚呼ばわり出来るほどの腕はない。そろそろ限界が近いのではないかな?」

「……ぬかせ」

 ガノンは大剣を持ち上げようと腕に力を込めた。

 ガクンッ

 足に力が入らず、剣にもたれる。

「……何だ……?」

「遅かったな。その体躯で良くぞここまで耐え切った。普通なら臓器の活動を停止していてもおかしくないと言うのに……」

 死んでない方が可笑しいとするほどの強力な毒物にガノンは着実に蝕まれていた。特異体質レベルの彼の体だったが、橙将の言うようにここが限界だった。

「……毒か……刃先に毒を仕込んで……切りつける度に……」

「その通りだ」

 つまりこの会話も橙将に仕組まれていた可能性が高い。止まらず動いていれば、あの勢いのまま戦えていたかもしれない。逆にじっと立ち止まることでジワジワと浸透し、この結果を招いたのだと直感する。

「……へへっ……色んな戦い方があるけどよぉ……手前ぇ本当に魔王かぁ?姑息にもほどがあんだろ……」

「褒め言葉と受け取ろう。……どうする?このまま続けるか、それとも黙って息絶えるか」

「……決まってらぁ……手前ぇを……」

 そこまで言って限界がきた。ガノンは白目を剥いて剣に体を預けたまま気絶した。

「本当に惜しいな。これほどの武人を吾が手で葬らねばならんとは……」

 剣戟を奏でる戦場。大振りの薙刀を振り回し、ガノンの首を取る為に悠々と歩く。
 ガノンが生を享受する最後の数秒。橙将としては誰かに邪魔して欲しいと思うほどに彼の能力を気に入っていた。久しく会えなかった好敵手。この場で散らすには惜しいと本気で思っていたが、この場の士気向上と今後の戦争の為、生かして良い人材では決してない。
 橙将の葛藤虚しく、ガノンの目の前までやってきた。ここで一太刀浴びせれば間違いなく首が落ちる。誰も邪魔しなかった不幸を呪い、彼は薙刀を振りかぶった。

 ザッパァンッ

 瞬間、津波のような水量が戦場に流れ込んだ。

「……なっ!?」

 誰かがガノンの為に声を上げることを望んだ。誰かがこの薙刀を受け止めることを望んだ。誰かが彼の身代わりになることを望んだ。何でも良いからガノンが死ぬ結末を回避して欲しいと願った。それは確かだ。

 しかし、突然の津波がこの戦いを洗い流すなど夢にも思わない。

 思っても見なかった状況に困惑したが、波に攫われそうになった足を地面に突き刺し、何とか耐えることに成功する。ガノンはといえば、あまりの波の勢いに押されて、軽々と流されてしまった。本人が気絶していることも大きな要因だったろう。
 波が引くと、いきなりのこと過ぎて水を飲んでしまった者たちがせて地面に伏している。一体何が起こったのかをその目で確認する。

「……何だ……あの魔獣は?」

 橙将が生きてきた長い歴史の中で、全く見たこともない生き物をその目に宿した。
 この世界には海の人間に魚人族マーマン人魚マーメイドが存在する。目の前の生物を一見すればただのマーメイドだが、全てが真っ青で、広大な海を連想させる神秘的な存在感を放っている。見た瞬間に人ではないと看破したが、ならば魔獣かと言われれば首を捻る。とにかく思いも寄らない何かが、人族に加勢しているのは間違いない。

 その存在に相対しているのは竜胆。体から煙のような蒸気が上がっている。まるで火を消し止められたような姿に、何故か不安を覚える。竜魔人の火に対する耐性は灼赤大陸でも一、二を争うレベル。消化後のような姿を鑑みるに、火を纏っての攻撃を仕掛けていたが、良く分からない怪物に特殊な水を大量にかけられて攻撃手段の一つを失ったとみるのが早い。

 チラッとガノンを確認する。ぶっ倒れて伸びている様は滑稽だったが、それ以上の感情はもはや湧かなかった。

「……殺すまでもない」

 念願叶った橙将は踵を返してウンディーネに向かう。背後ではガノンを心配し、声を掛ける正孝の声が響いていた。
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