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第九章 頂上

第十三話 自慢

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 ——数十分前——

 ペタペタと廊下を歩く音が聞こえる。その音は足早にある部屋を目指していた。皆に振り分けられた一部屋の前に立つと、じっと睨みつけ、ノックもせずに開け放つ。

 バンッ

「うおぅっ!」

 中では物書きをしているラルフの姿があった。ビクッと跳ねるように体を揺らしたラルフは、思った以上に驚いたのか筆を手から取りこぼした。
 ノックもせず、入る前に一言も了解を取らずに入ってきたのはベルフィアだ。その顔は怒ったようにムッとしている。

「ラルフ。そちに聞きタいことがあルんじゃが……」

「いや、脅かすんじゃねぇよ。ノックくらいしろ……ったく、何だよ聞きたいことって……」

 ベルフィアはため息を吐きながら腕を組んでドア枠にもたれ掛かる。

「鍛冶場ノことじゃ」

 鍛冶場と聞いて思い出すのはウィーの顔だ。
 現在、ウィーは鍛治職人として要塞きっての設備の良い鍛冶場に毎日入り浸って、好きなように様々な武器を作成している。ゴブリンの丘で制作していたのは全部剣だったようで、今では槍の穂先や斧、短剣やガントレットなど多岐に渡る。鎧にも興味を持ち出したので近々フルプレートメイルも出来るかもしれない。
 そんな未来ある鍛冶場の何を聞きたいというのか?

「そちはウィーに短剣を山ほど作らせとルと聞いタぞ?発注本数が多すぎて他ノ武器を作れんと嘆いとルワ」

「え?ああ、そのことか。粗製乱造で良いからこのくらいの投げナイフを作ってくれって発注したんだよ。仕事の傍らでちょちょっと作ってくれるかと思ってたんだけど……」

 取り落とした筆を拾って机の上に置く。使い古した手帳をそっと閉じて筆の横にそっと置いた後ベルフィアを見る。

「ちょっと鍛冶場に行くか」

「全く反省が見えんノぅ。これでは同じことを繰り返すだけじゃなぁ……」

 これ見よがしにため息を吐きながら踵を返した。

「そりゃこっちのセリフだ。何回言ったらノックを覚えるんだお前は……」

 いや、彼女は分かっている。決してノックを覚えないのではなく、ベルフィアは人によって態度を変える。ラルフの部屋だろうとミーシャが中に居たら露骨にノックをする。きっと部屋の前でラルフが一人かどうかを確認してから入ってきたに違いない。
 ブツブツと文句を言いながらもベルフィアの後ろに続き、鍛冶場に着くと両扉を大きく開け放った。

「おーいウィー!やってるかー!」

 広い鍛冶場。要塞は外から見たら意外にこじんまりした印象で、これだけ広く立派な鍛冶場があるとは思えない。魔法により空間を弄っているので、居住空間はもとより、このような施設を作ることも訳ないのだ。
 ウィーは研磨機で刃先を削っていたらしく、ラルフの声が届いていなかった。自分が及第点と思えるまで磨いた刃先を近くの木箱に入れる。もう既に箱の半分以上をナイフの刃先で埋めている。よく見れば、同じような木箱がそこかしこに積み上がり、部屋の空間を圧迫している。その一箱一箱に溢れんばかりのナイフの刃先が光っていた。

「うおぉ……すげぇ……」

 ほんの数日、目を離したらこんなにも作っていたようだ。出来るだけたくさん欲しかったので、この量はありがたい。

(ベルフィアにも睨まれたし、こんくらいで良いんじゃないだろうか?)

 ひと段落ついたウィーの元に歩み寄る。

「よぉっウィー!精が出るな!」

 ウィーは「はっ」として顔を上げる。発注元のラルフがやってきた。いつの間に入ってきていたのか定かではないが、とりあえず自分の成果を見てもらわなければならない。
 与えられた仕事をしっかりこなしたウィーはラルフの手を引っ張り、自信を持って木箱の山を指差した。

「ウィー!」

「おうっすげぇ量だな!ありがとうウィー!これの礼は必ずするぜ!」

 木箱を開けながら「何肉が良いんだ?豚か?牛か?」など対価の話をしている。ウィーとしては美味しいものがお腹いっぱい食べられるなら何でも良かったので、特定のお肉と言われると困ってしまうが、この反応を見るに短剣制作もひとまず終了と考えて良い。ウィーは安心してため息を吐いた。

「それだけノ量をどう捌くつもりじゃ?使ワなければ作り損も良いとこじゃぞ?」

 呆れたように様子を見ているベルフィア。ラルフは一本手に取って右手の人差し指と親指で挟み直す。切っ先が下になるように吊り下げると、床に落ちないように左手で受け皿を作った。

「?……何をしとル?それを落としたら、そちノ掌に傷がつくぞ?」

「ああ、そうだな。この一本一本がウィーの作った最高級品の短剣だ。見ろよこれ、まるで宝石のような反射だろ?妥協しない男、それがウィーってことなんだな」

 そう言うと、指を離してナイフを落とす。「あっ」とベルフィアも体が反応してしまうほど無防備な掌に、ナイフが吸い込まれていった。

「……え?」

 突然の手品めいた出来事に素で驚くベルフィア。刺さったと思ったら、そのまま手の中に入っていった。掌から手の甲に貫通することなく腕の中にまでナイフが侵入したとかそんなグロい感じではなく、まるで別の場所に入れたかのように不自然な出来事に脳の処理が追いついていなかった。

「今……え?」

 彼女にしては珍しい可愛い反応で首を傾げる。牙の隙間を通して息を吸う「スゥー……」と言う音を立てながら何が起こったのかを必死に考えているようだった。

「ふふっ実はな……お前には黙っていたんだが、俺は最近ある条件下で強くなってしまったんだ」

「ん?強くなっタ?アホ抜かせ。そちはどこまでいっても雑魚じゃ。……まぁ、もしそれが事実として、強いノと今ノそれとは何が関係があル?」

「大いに関係あんのさ。俺はこの歳にして後天的に神の贈り物をこの体に宿した。と言うより宿してもらった」

 木箱からごそっとナイフを七本取り出して見せる。だが、そのナイフは瞬きの間にラルフの手に吸い込まれていった。やはり何かの手品のようだ。ラルフもドヤ顔で鼻高々だ。

「……それで?」

「それで?って何だよ」

「何って……仕舞っタということは同時に出せルということじゃが、肝心ノこれだけ作らせタ意味が全く分からんぞ?そちが仕舞えル量にも限界があルじゃろうしノぅ」

 ベルフィアはジェスチャーで袖の中に隠したことを主張する。
 手品のトリックは視覚誘導にある。持っていないと思わせて、空だったはずの掌にコインを出現させるトリックなどが良い例だろう。袖に隠していたコインを早業で握り込んだり、身振り手振りで別のものに集中させてからこっそりと握ったりとその手口は様々。
 奇術や手品を見せるのは暇つぶしにもなるし面白いから良いが、戦場に持ち込むとしても、自身の体重分持って行くわけにはいかない。機動力が損なわれるとラルフのような常人は死んでしまう。
 もし重量面、腕力の関係をクリアしたとして、この木箱一箱でもナイフの量は十分多い。一回限りの使い捨てにするのが目的であるなら、勿体無いの一言だ。

「なるほど、ようやく言いたいことを理解したぜ。俺のこれは手品じゃねぇ。今をときめく特異能力ってやつさ。ベルフィアなら再生能力、白絶なら魔法糸での洗脳のような超超特別な能力。その名も”ポケ……”」

 ラルフが堂々と胸を張って、偉そうに能力の開示をしようとするも、そこに要塞内放送が流れた。

『危険!危険!衝撃に備えよ!!』

 せっかく意気揚々と説明しようと思った矢先の問題。十中八九敵だろうと看破したラルフとベルフィアは、外の状態を確かめる為に廊下を走った。その最中、ラルフのニヤニヤが止まらない。

「来たぜ!活躍の場!雑魚だった俺とはおさらば!みんなの度肝を抜いてやるぜ!!」

 強気な態度で駆け回り、正面の窓から顔を出した。

 ——現在——

「……いや、あれは無理だ……」

 ラルフのやる気はサイクロプスを前にポキッと折れた。その情けなさにいつもの調子を見たベルフィアは鼻で笑った。

「しっかりしろ、自称強化人間。今こそ そちノ出番じゃぞ?」
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