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第八章 地獄

第三十四話 死出の返信

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 光に満ちた部屋。黒ずんだ何かは実態を晒すことなくそこにあり続ける。光を飲み込むように、理から外れるように。
 彼の種族は”シャドーアイ”と呼ばれる影のみで構成された不可思議な存在。亡き第一魔王”黒雲”の敏腕執事であり、エレノアを敬愛する。親子二代に渡って忠誠を尽くす存在”黒影”。最終的にはエレノアを選び、主人であったイシュクル殺害に関与した裏切り者である。
 現在は第五魔王”蒼玉”が支配するペルタルク丘陵に連行され、簡易的に作り出された光の牢獄に囚われている。蒼玉は定期的にここに訪れて、黒影の様子だけを見て去っていくのだが今回は違った。

『如何でしょう?少しは考えも変わりましたか?』

 音が部屋の中に響く。マイクを使って語りかけているようだ。この部屋には形あるものの侵入を禁じている。影になるものがあれば脱出の糸口となるからだ。その為、黒影に物質的な食事は与えられない。与えられるのは魔力のみとなり、生かされるだけの状態となっていた。
 たった数日でここまで疲弊した。人間でいうなら常に限界ギリギリの薄い酸素濃度で酸素吸入器もつけさせてもらえず飲食を禁止し、点滴だけをして生かされている状態だ。現に黒影は顔を上げるのもやっとといった感じで蒼玉を視認した。

「……ああ、蒼玉様……まだ数日しか経っていないというのに……何故か凄く久しぶりの感じがいたします……」

 蒼玉はクスリと笑って見下したような視線を送る。

『それもそうでしょう。あなたが光の下では寝ることもままならないことは熟知しております。休むことも、まともに食事をすることも出来なければ自ずと時間の感覚を忘れ、自分が生きているのか死んでいるのかも分からなくなっていくのです。悲しいですねぇ……通常の生き物であるならこういった空間に押し込められた時点で衰弱死は免れられないのですが……』

 外からコンコンと窓ガラスを叩かれる。黒影がその窓ガラスに近寄ってペタッと触れるも触覚すらおかしくなっているのかガラスの表面温度すら感じ取れなかった。

「……衰弱死?貴女は決してそんなことはさせない。貴女の特異能力があればどんなに死にかけても……たとえ死んでもこの地獄から解放されることはない。その力は……世界を変えられる……」

『ふふ、やはり私のこともご存知ですか。いつ知られたのかお伺いしたいところですが、それを聞く前に撫子様についてお教え頂きたいのです』

「……撫子……様?」

 第九魔王”撫子”。自由奔放で、支配地域に明確な危険が無ければ一生閉じ篭ってそうな体たらくな魔王の何を知りたいというのか?

『彼女の要塞、蔓草のジャックを攻略するにはどうしたら良いでしょうか?』

「……仲間割れ……でございますか?」

『ふふ、そうではありませんよ。単純な興味です。彼女の堅牢な物量を突破し、彼女に物理的に穴を開けると彼女は息絶えるでしょうか?』

「……それを開示することに何の意味がありましょう?」

『最初に申したはずです。「解放されたくば私に協力的になる他ありませんよ」と。エレノア様はあなたを生贄に世界を旅なされている。あなたもこれを機に自由になりませんか?私はその手助けをしようと手を差し伸べているのです』

「……ならばこのような面倒なことせずとも自由にして頂ければ幸いなのですが……」

『犯罪者であるあなたが今日まで死刑に処されず生きていられるのは、私の関与あってのこと。ヲルトに残していたら間違いなくあなたは黄泉様に八つ裂きにされていたでしょう。他の方々も例外なく、裏切り者には制裁を……円卓の基本理念を考えれば当然のことと思いますが?』

 何が円卓の基本理念か。そんなものは発足以降特に守られた試しなど存在しない。現に第二魔王”朱槍”がのさばっているのが良い例だ。自分の主人を後ろから撃ってその地位を確保した裏切り者なのだから。
 しかし朱槍に関しては自分にも非がある。彼女が今もその地位に踏ん反り返っているのはエレノアが容認したからであり、黒雲の許可が下りたならと他の魔王達が譲歩したせいだ。判例としては認められまい。
 それにイシュクル殺害に関与したのは紛れも無い事実であり、本来首を切り落とされても文句は言えない立場だ。大局的に考えれば生かされているだけましと言えるのかもしれない。永遠にここに閉じ込められ、生き地獄を味わうことになるかもしれないが……。少なくとも蒼玉が生きている内は飽きられるまで弄ばれる。

「……まぁいいでしょう……これもひとえに贖いとなるでしょうし……」

 彼は滔々とうとうと語った。無限増殖する部隊、生み出される植物魔族の種類、核が撫子の命、どれほど撫子が殺しにくいか。円卓の場に参加していたのは長距離移動用の記録型個体であり、本物は常にジャックの中枢に鎮座していたことも全て。

「……以上の事柄を総合し、彼女を倒すのは物理的に不可能であると伝えておきます。イシュクル様もそんな彼女の死に難さを見込んで魔王の座に押し上げたのですから……これだけの情報を踏まえて戦っても最後には逃げられてしまいます。地上にいる限りは彼女は無敵でしょう……」

『空の上ならどう?』

「……もし飛ばせることが出来、且つジャックを攻略出来ても地上に逃げ込まれれば、やはりどうしようもありません。潜伏されれば見つけ出すのは困難です……私は戦おうとは思いません」

『なるほど……空に飛ばし、且つ海の上で陸に落とさないようにすれば勝てる見込みはあると……』

「ふっ……荒唐無稽な……稀有な状態ですね。まぁ、ジャックを攻略出来る人族など居ないでしょう……敵に勝算があるとするなら、その状態でみなごろしが介入して核を持つ本体を誘い出すような……そんな奇跡でしょうか?それでも人族に撫子様を殺せるとは思いませんけど……」

『つまりどうあっても人族には無理と?バードではどうでしょう?』

「……飛べるだけしか能の無い輩にジャックを攻略する術はありません。近付くことも叶わず鏖殺されてしまうことでしょう……これでも戦いを挑みますか?」

 蒼玉は口許に手をかざして考え事をしている。何か納得したように頷くと澄ました顔で黒影を見据えた。

『撫子様はお亡くなりになりました。ジャックも破壊され、見るも無残な状況になっています』

 黒影の唯一光っている目がくわっと開いた。

「……馬鹿な……!?」

『あなたの推察通り、ミーシャがやったのでしょう。核の件を察するにエレノア様も関与しているのは疑いようがありませんね』

「エレノア様……」

 黒影はガクッと項垂れる。ミーシャは小難しいことには手を出したりしない。撫子の分身を破壊すれば満足して飛び去っていくだろうことは見なくても分かる。ならば撫子を殺すことが出来るとしたら、その弱点を知っているエレノア以外に考えられない。

「……奴らは魔王様を……貴女方を殺して回っているのでしょうか……?」

『どうでしょうか?その可能性は否定出来ませんが、少なくとも魔族の敵であることは間違いありません。こちらも本格的に動く必要があるでしょうね……』

「それで……私に何をお求めなのでしょうか?」

 蒼玉は不思議な顔で黒影を見る。

「……貴女にとって協力的になるとは……一体何をしたら良いのかと伺っているのです」

『あなたも自由を求めますか?』

「……何かのお役に立てればと……そう思います……」

 蒼玉は黒影の読み取ることが困難な表情を眺めながら、ゆっくりとガラス越しに顔を近づけた。

『……追って沙汰を下します。しばらくこのままこの部屋にいてください』

 それだけを伝えるとマイクを切った。蒼玉は踵を返して監視部屋から出て行った。黒影は項垂れながら部屋の中央に戻りへたり込んだ。
 蒼玉は移動しながらニヤリと笑った。すぐ側に専属秘書が走ってくる。

「蒼玉様。黒影の洗脳は如何でございましたか?」

「まだ駄目ですね……意識が混濁しているというのに自我は残っている。一週間程度では難しい様です。シャドーアイの精神構造を甘く見すぎていました……まぁ時期に亀裂が入るでしょう。それまでは現状を保つのが良い。情報を引き出しつつ、今から一ヶ月は生かさず殺さず、眠ることも許されない状態を維持して壊してしまいましょう」

「……かしこまりました。研究者には追って伝えます。ところで例の件ですが、ヴォルケインから連絡がありました」

「ほう。嬉しい返事だと良いのですが……」



「また来たと……」

 灼赤大陸と呼ばれる年がら年中蒸し暑いこの場所の高山”サラマンド”。そこを支配領域としている竜魔人たちの王、第四魔王”竜胆”の根城にここ最近毎日の様に第十一魔王”橙将”が入り浸っていた。
 亡き第四魔王”紫炎”が生きていた頃はほとんど関わらない様にしていたというのに、どういう了見だと言うのか?竜胆は気色悪い気持ちに苛まれていた。

「もういい加減面倒ね。ここらで戦争でもふっかけてやろうかしら……」

 そんな風に思えるほどうんざりしていた。来る度に何らかの調度品を置いたり、食料を提供してみたりと溜飲を下げようと言う魂胆が丸見えの媚び方に内心ムカついていた。今日も何の方策もない、他愛ない会話なら容赦出来ないと思えるほどに。
 だから今回の件を聞いた時は、ようやく解放されるのかと安堵したくらいだった。橙将は簡単な挨拶を済ましてすぐに本題に入る。

「グレートロックより例の件で連絡が入った。……断るそうだ」

 書状を広げてすぐ側に控えていた竜魔人に渡す。それが竜胆の手に渡り、内容を隅々まで確認した後、その書状を投げ捨てた。

「やっとね。この件はウチが引き継ぐ。あんたはいつも通りヒートアイランドの治安維持に努めなさい」

「いや、今回に限ってはそうはいかない。我々が協力してドワーフの山を陥落させる」

「……は?何でそうなんの?」

「撫子の件を聞いたであろう?これ以上魔王が減るのは困る。今回は協力して望めと言うのが円卓の方針だ」

 橙将と手を組むなど御免こうむりたいところだが、撫子の件は確かに侮れない。ドワーフ如きに敗れるなどあり得ない話だが、撫子がバードにやられたと報告が上がっている以上無視することは出来よう筈もなく。

「……足を引っ張ったりしたら殺すから」

「ふんっ……その言葉、そっくりそのままお返ししよう」

 灼赤大陸の二柱の魔王がグレートロックに向かう。その規模はドワーフ一種族に向けられていい範疇を大幅に超えていた。
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