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第八章 地獄

第三十三話 疑問、困惑、驚愕、怒り

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 3mの巨大な体が忙しなく動き回る。憤怒の形相に彩られた男の相貌はただ前を見つめ、体全身でその感情を爆発させる。その荒々しさに部下達は困惑しながら道を開ける。自分の城を怒りに任せて練り歩きながら捕虜の部屋に急いだ。

 バンッ

 仕事に打ち込む捕虜達はあまりの音に驚いて振り返る。

「これは群青様。お待ちしておりました」

 ぺこりと小さな髭もじゃのドワーフが頭を下げた。群青はその挨拶を無視して大型の通信機の前に立つ。

「……どうやって起動するんじゃ?」

 諸手を挙げて操作に迷っている。

「……あ、お任せを」

 近くにいた丸メガネのドワーフが急いで通信機の前に行く。起動するのに多少の時間を要していると、群青の秘書が入室した。

「群青様、そう慌てずとも例の音声は録音されております。故意に破壊されない限り記録は残りますよ」

「馬鹿者!そんな悠長なことを言っていられるか!!」

 いつもは冷静にしている群青も感情の起伏を抑えられない。それほどまでに今回の件は容認し難いことだった。秘書のアーパもあまりの怒号に口を閉ざした。ドワーフ達も見たこともない群青の荒れようにすっかり萎縮してしまっている。そんな空気を感じた群青はやり過ぎだったと多少感情を抑えて声のトーンを落とす。

「……ようやく世代交代となった新生黒の円卓の出だしじゃぞ?儂らの門出にクソを塗りたくった裏切り者が撫子を葬った」

「……お聞きになられれば分かるかと思いますが、倒したのはバードの連中だと……」

「あの撫子をバード如きが殺せると本気で思っているのか?ありえぬ。第一あ奴の城である”ジャック”を攻略出来る人族なんぞ存在しないわ。まだか?」

「あ、あ、申し訳ございません。お話中だったので……もう再生しても?」

「ああ、頼む」

 叫んだのが多少ストレス軽減となったのか、落ち着いて促した。



「分からないな……どうして撫子をホルス島に向かわせた?先に打ち合わせた通りならまだ動くのは早すぎるではないか」

 マクマインは椅子の肘掛けに頬杖を付きながら苛立ち混じりに質問する。通信機の向こう側では蒼玉が爪を弄りながら興味無げに答える。

『彼女が先走った、としか言いようがありませんね……人族に協力を要請する話を拡大解釈して、自身の支配領域を広めようとした結果であると認識しております』

「撫子の独断であったと?そう言いたいわけか?」

『ええ』

「ふんっ……映像記録から撫子の撃破を認めたが、貴様は何とする?」

『さぁ……バードにも優秀な人材が居たということでしょう。白の騎士団の……何と言いましたか?あの……』

「風神のアロンツォと天宝のナタリア」

 名前を聞くなりハッと顔を上げた。

『そうそれです。風神と天宝。つっかえたものが取れた気分です』

「それは何よりだな。ふざけているのか?我々にとっては魔王が死んだ記念すべきことだが、貴様らにとっては一大事であろう?」

『それはもう、最悪の事案であると言わせていただきたいのですが、正直彼女は好戦的ではありませんでした。彼女は植物を自在に操る素晴らしい特異能力を秘めておりましたが、引きこもってばかりの欲のない魔王でした。必要とする時でも何処吹く風といった風に協調性のない方でしたので、扱いに困っていたというか……』

「死んで良かったと?」

『そうは言いませんが、バードに殺される程度ではたかが知れています。どの道、近い内に撃破されていたであろうことは明白。まぁ彼女は嫌いではなかったので残念至極です。ご冥福を祈っております』

「勝手にしろ。ともあれ、これでは人類側に勢いがつく展開となる。脅しかけているのはドワーフのところのグレートロックとヒューマンのヴォルケイン国だったな。二カ国の返答は?」

『グレートロックは未だ。ヴォルケインは多少良き返事をいただけそうなので期待しております。そうそう、あなたの国には書状は出していませんが、この案について来てくださると信じて大丈夫でしょうか?』

 マクマインは頬杖を止めて手を前に組んだ。

「もちろん参加するとも。ただ、正確には完全なる我が国とは言い難い。事実上の支配者というだけで、イルレアン国王の一言で我が地位など吹き飛ぶ」

『ふふ、不安を煽ろうとしているのでしょうか?お戯れを……あなたのことです。既に上に立つ算段をつけてのことでしょう。そういえば新しいおもちゃを手にしたとか伺っておりますが……?』

「耳が早いな……その通り。八大地獄と名乗る強者たちだ。実力のほどは未知としか言えぬが、戦闘面では役に立ちそうな面子よ」

『その刃が私に届かないことを祈っております』

「案ずるな。朱槍はともかく、貴様は私の世界に必要な魔族。ともにくつわを並べて新世界を築き上げようではないか?」

『魔族と共に歩もうなどと相当な変人であると認識しております。とは言え、私も大概ですが……もうよろしいですか?私は明日が早いので休みたいのですが?』

「ああ、そうかすまない。撫子の一件で気が動転してしまってな。しかし奴の独断であるというなら、他の魔王は手綱を引いてもらわねば困る。失敗は出来んのだぞ?」

『承知しております。それではまた』

 蒼玉は通信を切った。



「……これで全部か?」

「他には朱槍と蒼玉の会話が録音されています。どちらも撫子の独断による支配領域の拡大を狙ったものであると推察しておりました」

「なるほどのぅ……アーパよ、これを聞いてどう思った?」

「はっ、密約が破棄されるのではないかと懸念して人族が一方的に通信を行ったものと思いました。焦りと苛立ちが声色から伺えたので間違いがないかと……」

 群青は顎に手をやる。髭を撫でながら自分の考えを整理する。

「ふむ、それも一理ある。儂はこの男から色々な感情がい交ぜになった複雑なものを感じた。この男が聞きたかったのは実際は違うことであろう。例えば、撫子の死の真相じゃ」

「仰る意味がよく分かりません。この通信で分かるのは蒼玉様が未だ仲間であるかという確認の為ということと世間話の一環でしょう?」

「その通りじゃ。お前の考えは否定せん。彼奴の通信は裏切りを考えてのことであろうと読み取れる。しかし探り合っとるのも事実。撫子がそう簡単に死ぬはずがないと、どちらも知っているからこそ結論を急いでいる。あれはバードが行ったことじゃとな」

 アーパは顔を伏せてそのまま小さく首を振った。

「考えすぎでは?」

「……かも知れん。八大地獄とやらが気になる。この調子で情報を集めよ。今夜は旨い酒でも出そう」

「本当でございますか!ありがとうございまする!!」

 ドワーフは頭を深々と下げた。

「堪能するが良い。それと先の朱槍と蒼玉の会話の録音は儂の部屋で聞きたいのだが、持ち出しは可能か?」

 目の前の丸メガネとは違うドワーフが顔をひょこっと出した。

「そう来ると思って作っておりまする!」

「なんと!ははっ用意周到じゃな!そなたらこそ先見之明を持っておるのではないか?」

「儂らはツルハシを振るくらいしか出来ませんわい。格闘家なんぞとてもとても……」

「はっはっは!そうであろうとも。アーパ、この研究者たちに酒に合う最高の肴も用意してやってくれ。儂からの奢りじゃ」

 ドワーフは目を丸くして群青の前に集まった。

「「「ありがとうございまする!!」」」

 群青は素直なドワーフたちに高笑いで返礼した。



 マクマインは通信を切ってチラッとソファを見る。

「どう思うアシュタロト」

『僕に聞くの?君の情報網なら答えくらい簡単に割り出せるでしょ?』

 いつからそこに座っていたのかブカブカの上着を着た小さな女の子がそこに居た。

「……少なくともバードが倒したなどと、にわかには信じられん」

『それは僕も同意見だけどね』

「何でも知っているのではないのか?」

『そう思う?僕らは君らの思う全知全能の神とは違うのさ。まぁ君らとステージが違うのだけは確かだけどね』

「そうか。私の見解では介入したものがいると思っている。これに関しては蒼玉も寝耳に水だったようで、誰とは明かさなかったが、十中八九奴であることは間違いがないだろう……」

『奴?』

 無知を装うアシュタロトに言い聞かせるように返答する。

みなごろしだよ。風神と天宝が無傷で生き残り、死したバード兵は跡形もない。この現象は体験したことがある。二十数年前に起こった惨劇。あの時生き残った私の経験談だ」

『へぇ……興味深いね。あれと相対して生き延びたんだ。よく生き残れたね。昔はそれこそ今より苛烈だったと認識してるんだけど?』

「運が良かった。それだけだ」

 マクマインは椅子から立ち上がる。

「それならばアルパザからの通信であった光の柱の件と奴らの所在が一致する。何故奴らがそこに居たのか、何故蒼玉は推察でもみなごろしに触れなかったのか、全くの不明ではあるが……とにかく八大地獄はまるで猟犬のように奴らを追い始めた。良き便りを期待する他ない」

『他力本願だねぇ。マクマインは何もしないのかい?』

 マクマインは疲れたように笑った。

「こっちはこっちで忙しいのさ。ひと段落つけば彼奴等を殺す為に尽力しよう。それまでは貴様も大人しくしていてくれよ?」

『良いよ。お菓子くれたらね』
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