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第八章 地獄

第十九話 災い転じて福と為す

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 ラルフとミーシャは近衛兵に連れられ、広々とした廊下を歩く。ミーシャは一人で帰るのを拒み、ラルフの腕に絡みついて離れなかったので取り敢えず一緒について来させた。ラルフが入れられる部屋を確認すれば多少安心するのでは?という空王の意見から同行を許す形になったのだ。
 長い廊下をしばらく歩くと、客室だろうと思われる扉にたどり着いた。城内に軟禁しようという魂胆らしい。

「城の中なら市民に袋叩きにされずに済む、か……」

 近衛兵の一人がジャラッと鍵の束を取り出して、鍵の先を一本ずつ確認する。扉に合った鍵を見つけ出すと鍵穴に差し込んだ。

「……おい待てよ。ここってもしかしてずっと使ってなかったとか言わねぇよな?」

「だったら何だ?埃を被っているとでも?」

 先に言いたいことを言われて「まぁ……」と口ごもる。近衛兵は鼻で笑いながら鍵を開けると扉を開いた。

「入って確かめてみるが良い。ほら、遠慮するな」

 ラルフとミーシャは促されるままに部屋に入る。そこにはスイートルームと言って過言ではない豪華な部屋が眼前に広がっていた。ベッドはキングサイズ、トイレも風呂も完備していて、ベランダもある。広い部屋にはフカフカのソファと高価そうな絨毯。さらには調度品も置かれていて、見るからに一般人が入るようなところではない。しっかり掃除されていて塵一つないとはこのことを言うのだろう。

「ヒューマンのことは知らんが、誰もいない部屋に鍵をかけるのは当然ではないかな?使用人が掃除した後、鍵をかけてきちんと保全する。どのようなお方がいつ来られても良いようにな」

 馬鹿にするような蔑んだ言い方だが、共に働く使用人が侮られたとあっては我慢など出来なかったのだろう。

「本来ここに通すべきは国を代表する方々。貴様のような馬の骨が入るべき場所ではない。全ては空王様のご厚意によるもの。せいぜい時が来るまでくつろぐが良い」

 捨て台詞を残して去っていこうとする。だがそれをラルフは止めた。

「待てよ。何もそうカリカリすることはねぇだろ?気に障ったなら謝る。悪かった」

 会釈程度に謝罪すると兵士がムッとした顔を見せた。謝ったことでヘイトが緩和されたのを感じる。憎むべき敵として見たかったが、多少なりとも寄り添う風を見せられると調子が狂う。近衛兵は何も言わずに立ち去った。
 兵士の戻っていった先をラルフがしばらく見送っていると、ミーシャが声をかけた。

「良いなラルフ。こんな綺麗な部屋に泊まれるなんて」

「不可抗力って奴だよ。てか、自由に出入り出来るならともかく、ここに箱詰めにされるんだぞ?良いか悪いかは住む奴にによるとしか言えねぇな……」

 因みにラルフは外に出たい派だ。豪華な部屋を用意してもらったことに文句はないが、外出を抑制されるのには不満しかない。しかし、これにはささやかなメリットがある。それは豪華な部屋に泊まれるとかの贅沢ではなく、一人で泊まることに意味があった。

「さ、ミーシャ。要塞に戻るんだ。ここにいつまでも居たら規約違反になっちまうからな」

 ミーシャは強すぎて縛ることが出来ないので最初から人質には向かず、融通が利きやすいラルフが人質になることを約束させられた。これは半分ラルフからの提案だったが、バード側にとっても都合が良いことには違いない。
 ラルフは職業柄、内部情報を探るのに適した能力を手にしているので、空王から感じた違和感を解き明かそうと思っている。

「えぇ~……まだいいじゃん。御飯時には帰るから」

「駄目だって、ミーシャがあの時帰んないから仕方なく部屋までって譲歩されたんだぞ?一応は相手の顔も立てとかないと、水竜殺しの件を許してもらえないだろ。それにほら」

 ジャラッとアクセサリー型通信機を取り出す。

「こいつでいつでも連絡取れるんだし、何かあったらすぐにミーシャを呼ぶから……」

 要塞の動力源である魔鉱石にリンクされたこの通信機。ひとたび緊急の報せを出してしまえば、魔鉱石のブレーンであるアスロンが即座にみんなにラルフの声を届けてくれることだろう。
 ミーシャにとって正直ラルフに対する心配はそこまでない。空王は良い人だし、ラルフは自分が危なければ何としても助かる道に突っ走るから、通信機も遺憾無く発揮されるのは目に見えている。問題はただ一つ、ラルフと離れて寝ることだ。

「うぅ~……」

 ミーシャは名残惜しそうにラルフを見ている。優に百年以上何事もなく就寝していただろうに、ラルフと出会ってからというもの、一緒に寝ないと安心出来なくなってしまっていた。枕が変わると寝られないという人がいるだろう。まさにそれだ。

「よし、じゃあこうしよう。今日一日だけ我慢してくれ。明日はこの部屋で過ごして良いから、な?今日だけ」

 ラルフも段々必死になっていく。

「……今日だけ?」

 ミーシャは譲歩の意思を見せた。ラルフの顔に笑顔が宿る。ミーシャの手を取って、しっかり握ると目を見て語る。

「そう、今日だけ」

 最後にミーシャの頭を撫でてやると、ようやく動き始めた。ベランダの方に出て行き、ふわっと体を浮かせる。

「分かった。先に戻ってる」

「気をつけてな。寄り道すんなよ」

 ミーシャと笑顔で別れる。柵から身を乗り出してミーシャが小さくなっていくのを確認し、影すら見えなくなったところで部屋に戻った。戻った瞬間に小さくガッツポーズをする。
 今日まで我慢を強いられてきた。今日だけ、一日だけ。それで良い。一人で寝る機会などそうそう無い。ここにきて溜めてきた性的鬱憤を晴らすことが可能となった。
 要塞では自分の部屋を手に入れても引きこもることはおろか、一人にさせてくれることの方が珍しいという状況。何かしらやることが浮上して、誰かしら部屋の扉を叩いてくる始末。風呂に入るくらいしか下半身を露出させられず、大体ウィーと入っているので発散は難しい。夜はそれこそミーシャがベッドに潜り込んでくるので、悶々とした日々を送っていた。
 こんなチャンスが巡ってくるとは、こう言ってはなんだが夢のようだ。水竜を殺した時は落胆したものの、この時の為の伏線だったのかと思えば全ての業を嬉々として背負える。災い転じて福と為す。いつか使ってみたい言葉だった。

「へへへ……どうすっかなぁ。久々に娼館から姉ちゃんを……って駄目だ、俺今軟禁状態じゃんか……空王に相談して女を寄越してもらうか?いや、犯罪者が女を抱こうだなんて贅沢か?……えー、でも右手かぁ……せめてオカズが欲しいよなぁ……」

 ラルフはウキウキしながら独り言をブツブツと喋っている。色々浮かんでは消えているが、まだまだ一人外泊は始まったばかりだ。これから楽しい夜が待っていると思うとニヤニヤが止まらない。

「お!この調度品……バードの裸体の彫刻じゃーん!最悪こいつで見抜きすれば良いんだな!飯も期待できそうだし、久しぶりに何も考えずに過ごせそうだな!!」

 テンション爆上がりでそっと彫像を元あった場所に戻す。気持ちを落ち着けようとソファに座ると、すぐに扉がノックされた。

「……なんだ?まだ夕飯には早いし……もしかしてティータイムか何かか?」

 一人を満喫したいラルフにはいらない世話だが、この部屋はずっと閉めてたせいで水差しもない。喉を潤すものを持ってきたというなら願っても無いこと。

「どうぞ」

 ラルフの声が部屋中に響き渡る。返答を聞いた扉の外にいる誰かは、おもむろに扉をあけて中に入ってきた。

「へぁ??空王?」

 驚きの余り変な声が出る。そこには次の沙汰が下るまでは顔を合わせることがないと思っていた人物が堂々と優雅に立っていた。
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