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第八章 地獄

第四話 観光気分

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 アンノウンはアルパザの町を歩いていた。ラルフから渡された地図とお金を携えて平和な町を歩く。隣には前髪を目が隠れるほど伸ばした内気な女性、デュラハン姉妹の七女リーシャを連れていた。

「……あのぅ……」

 消え入りそうな声でアンノウンに尋ねる。

「ん?どうしたの?」

「な……なん……なんで私……か……?だって私は……その……なん……無いです……」

 まるで通信機の不具合の様にボソボソと喋って会話をする気があるのか無いのか分からない。ちょっと先にあるお店で町民同士が語る世間話の方がまだ聞き取れそうだ。顔の筋肉、特に口周りの筋肉をほとんど動かしておらず、これでは声も出ない。

「何でか……?そうだな、昔の私を見ている様でちょっと親近感が湧いたからだね。他の人と行くのも楽しいかもだけど、君といると疲れなさそうだったからかな」

 リーシャは極度の人見知り。陰気で無口なため、姉妹ともまともに会話する事がない。仲が良いと言えるのは三女のシーヴァと末っ子のアイリーンの二名で、他とは根本的に反りが合わない。アンノウンはラルフ達の会話によく参加しているし、そんな自分と親近感があるという言葉に懐疑的になっている。そして彼女は外に出る事がほとんどない。何十年ぶりと言える外気とアルパザの町民達の賑わいに段々と目眩を覚えていた。

「うぅっ……」

 緊張から汗が出て来る。髪で隠れているからと言って目が合わないわけではないので、下を向いて出来るだけ縮こまって歩く。そんなリーシャにアンノウンが手を伸ばした。突然のことに驚いて不思議そうにその手を見ているとアンノウンから彼女の手を取った。

「大丈夫だよ。私がついてるから」

 アンノウンの手は柔らかく、スベスベとした気持ちの良い感触だった。自分が優しく包み込まれているみたいな安心出来る感覚に、リーシャは顔を赤く染めながら微かに笑った。アンノウンも誰にも見せたことのない優しい微笑みを見せて彼女を優しくリードする。
 デュラハン姉妹を遠くで眺めていたアンノウンが他の候補者を蹴ってリーシャにしたのは、彼女だけ未知数であることと、中性的な見た目で虐められてきた過去の自分が重なったからに他ならない。誰とも喋らず、誰とも関わろうとしない。ラルフも十一女のイーファ以外は戦力として見ているだけで、デュラハンに話しかけることはほとんどない。だからこそ自分を主張しないリーシャを選んだ。仲良くなりたいと望んだのだ。
 服の専門店「ローパ」までの道程は二人の距離を急激に縮めるのに役立った。二人はまるで恋人の様に寄り添って人混みに紛れた。

「見慣れぬ二名を確認。距離を取り、尾行中。二番街道を西に向かっている」

 その後を鋭い目で睨みながら男がついて行く。手には通信機が握られていて、誰かと交信している様だ。

『了解。数が揃うまでは手を出さず、引き続き尾行を継続せよ。絶対に逃がすな』

「了解、引き続き尾行を継続する。報告以上」

 男は一般人を装いながら、付かず離れずの距離を保つ。アンノウンとリーシャはそんなことも知らずにローパへと足を運ぶのだった。



「見てブレイド!これすごく美味しそうじゃない?」

 ブレイドはアルルの喜色満面といった雰囲気に絆されて顔を綻ばせた。アルルの指差した方向を見ると、ズラッと並んだ多種多様な食品サンプルが目に留まる。飲食店の軒先にメニュー表の代わりに置かれた色とりどりの光景に目移りしてしまった。

「ん?どれのことだ?」

「これこれ!パフェって書いてあるよ!」

「デザートだな。お昼が近いからお昼ご飯を食べてからにしような」

「えー?今がいいんだけどなぁ……」

「ダメダメ。ほら行くよ」

 まるで親子の様な会話をしながらアルパザの町を悠々と進む。まだバードの祭典もドレスの納品にも早いために、アルパザの町を観光することになった。何せ暇だったのでラルフに相談したところ「ブレイドとアルルはこの町初めてだから騎士にも睨まれないだろう」とアンノウン達と同じ理由で外出を許可された。一応お小遣いも支給されたので、何かお土産的なのも買えるし食事にも困らない。

(もうこんな機会、一生ないかもしれないよな……)

 ブレイドはアルルと二人で肩を並べて歩いているのを奇跡の様に感じている。ラルフ達と旅に出ることになり、もう二度と人里に降りることは無いだろうと思っていた。自分で選んだことなので後悔はないが、いざこうして町を歩いてみると楽しいものだ。本当ならエレノアや他のみんなとワイワイしながら観光したいが、無理は言えない。エレノアにも「楽しんできて」と背中を押されたので、母のためにも出来る限り楽しむつもりだった事を思い出す。

「……やっぱりパフェを食べるか」

「良いの!?やったー!」

 アルルのガッカリした顔が一気に花開く。無邪気そのものなアルルに親の様な優しい眼差しを向ける。さっきの飲食店に戻るために振り返ると、目の端にサッと動く者が見えた。ブレイドは一瞬訝しんだが、アルルの催促に負けて何事もない様に歩き出す。

『……どうした?』

「いや、何でもない。気づかれたかと思ったが大丈夫だ。こちらも引き続き尾行を続ける」

 町民の顔は一人残らず叩き込んでいる。どんなに高い壁を建設しても、小動物の様にずる賢い奴がどこからか侵入するかもしれない。そのため、この町に新しく入る者には必ず「入町審査」なる物が存在し、侵入者には重い罰則が課せられる。今回は特に厳しく、あのラルフが町に侵入していると聞くなり、騎士達の警戒レベルは最高まで引き上げられた。現在の侵入者は全員がラルフの関係者であると認識し、全騎士達が目を光らせていたのだ。
 ただしすぐには動けない。それというのも、ラルフの側に控えるミーシャが原因だ。世界規模で認められる最強の存在と共に旅をする連中。そんな相手がどれほどの実力なのか計りかねるからだ。黒曜騎士団という世界に知れ渡った部隊ですら束になっても敵わないかもしれない。そんな懸念が声を掛けるのも躊躇われる要因となっていた。

『そちらにも十名送った。絶対に単独行動に走るなよ』

「了解。報告以上」

 通信機を下ろしてブレイドとアルルを陰から見る。町でも人気のある飲食店の暖簾を潜るのを確認して舌打ちが出る。

「チッ……好い気なもんだぜ。侵入者のくせに観光気分かよ……」

 本来なら休暇でも取って自分が観光したいところなのに、犯罪者に先越されたのが悔しくて嫌味が出る。個人的な恨みを湧き上がらせながら動向を探っていると、またすぐに通信が入った。

『位置に着いたぞ。いつでも行ける』

「了解、奴らは店の中だ。人払いをして店から出て来るまで待機」

『人払いか。その暇があるのか?』

「奴らは今入ったばかりだ。十分ある」

『了解。出来る限り静かに行動せよ』



 アンノウンとリーシャは二人で服を選んでいた。

「こういうのはどうかな?」

 ダボっとして見るからに大きなシャツを前にかざす。

「お……大きい……じゃない?」

 リーシャはおどおどとしながらもさっきよりは聞き取りやすく話す。

「こういうのは寝間着として着るの、ゆったりしているのは気持ち良いよ。生地も柔らかいから、これは当たりだね」

 パサっと既に服でいっぱいになったカゴに追加する。リーシャがキョドリながらその様子を見る。

「お金……」

「大丈夫。ラルフからこの世界の物価やお金の価値は大体習ったし、お小遣いは沢山もらっているからね」

 だからといって買い過ぎではないだろうか?

「それ……全部使っても……」

「多分良いでしょ。ドレスの分は残してるらしいし、他に使い道なんてないでしょうし」

 アンノウンはウィンクしながら次の服を手に取る。アンノウンの言っていることは大体合ってる。自分たちの立場上、こうして買い物が出来る時など限られている。ここ以外で町に入れるかどうかが分からない以上、人族のお金など持っていても仕方がないとも言える。まぁ他に使い道がありそうだから散財するのは間違っているとも思うが……。
 渡されたお金の大半を使って服を購入したアンノウンは大量の服を詰めてもらっている間、外の空気を吸いに店外に顔を覗かせた。何故か周りがしんっと静まり返っているのを確認し、日の高さなどを確認する。
 お昼時でみんな建物に篭ったのかとも考えたが、どうもそんな感じではない。何かを察したアンノウンは服を詰めてもらっているのを眺めるリーシャに近寄った。

「……外の様子がおかしい。用心して」

 その言葉に緊張して身構える。姉妹の中では一番弱いが、剣の腕には自信が多少なりある。小さく頷くとメイド服のスカートの中に隠した短剣に触れた。

「あーちょっと。今日買った奴だけど、後で取りに来るから預かっといてもらえますか?」

「あ、はい。構いませんよ」

「それから私の気のせいかもしれないんですけど、もし外が騒がしくなっても気にしないでください。この店には被害が出ない様に気をつけますので」

「え?は?」

 それだけを言うと、店員の疑問を余所に二人は外に出た。二人で店から三歩離れると、ガシャガシャと音を立てて騎士達が飛び出してきた。アンノウンはため息交じりに呟く。

「私たちは知られてないから安全、ね……読みが甘かった様だね」
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