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第七章 誕生

第三十話 第一候補

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「なっ……」

 目の前に立っている者達に絶句した。この地に招待したわけでも、約束があったわけでも無い。突然やって来てこう話した。

「この土地の一区画を俺たちに譲ってくんないかなって思ってさ」

 草臥れたハットを被った無精髭の男は不躾に頼んできた。

「な、何を馬鹿な……ここは我らエルフの地。他種族を……まして魔族を入れるなどあり得ん……!!」

 森王は怒り気味に返答する。ここはエルフェニア。エルフが何千年と住み続け、最硬の結界に守られた土地。ラルフが安心安全を目指してやって来たのはエルフにとっての天国。ただ、最近アトムが調子付いて送り込んだダークビーストのせいで結界が破壊され、仕方なく張った結界は元に比べれば見劣りするものとなってしまっていた。

「いやぁ、実は地上に拠点が欲しくてさ。あのデカイのが暴れて更地になった場所が丁度良いかなって思って訪ねてみたんだ」

「……まぁ……確かにあの件では世話になった。しかし、それとこれとは……」

 森王は苦い顔で断りを入れる。当然だろう。他種族を拒み続けて、この地の均衡を保って来たのだ。呼びたくもなかった守護者ガーディアンを抱え込んでいる今、これ以上の問題を増やすのは考えたくも無い事だった。

「ほぅ?エルフとは恩を返さぬ種族だっタノか。妾は何があっタか知らぬが、何とも心狭き者共ヨなぁ」

 ベルフィアは薄笑いを浮かべながら斜に構えて見下している。ラルフはそんなベルフィアを横目で見ながら(お前の為に天樹の力を使ってくれたんだよなぁ……)と内心思う。でも、これを言うと「その通りだ。もう恩は返してる」なんて言われかねない。ラルフは指摘する事なくミーシャを見た。ミーシャはその目を見て頷くと一歩前に出た。

「私達はエルフに危害を加えるような真似はしない。むしろお前らにとって有意義な存在となる事を約束する」

「……その言葉が信じられるならどれ程良いか……魔王だった貴女に対する私の考えは、正直な所「恐怖」の二文字しかない。いつ牙を剥くか分からないドラゴンと共に住める小動物がいるでしょうか?」

 これは森王だけの問題ではなく、ここに住むエルフ全員の考えであると考えて良い。国民はダークビーストの脅威から完全に回復しているとは言い難い。光弓のアイザック他「グリーンケープ」と呼ばれるエルフ最強の弓部隊壊滅からの戦力低下も著しい。守護者ガーディアンは一番の常識人が帰ってこなかったし、それがあったせいか他の守護者ガーディアンもここを出て行こうと画策している。エルフは歴史上一番無防備な状態に置かれる事になる。それもこれもアトムとかいう神を名乗る存在のせいだ。ラルフは「小動物ねぇ……」と意味深に呟いた後、

「いるさ、ここにな」

 と、自分を指差した。森王は呆れたように笑いながら首を振る。

「ラルフよ、君と一緒にされては困る。長い間共に旅して来た仲だろう?既に信頼されている者と我々では始まりが違いすぎる」

 その通り。仲間だから許容されている部分の方が大きい。しかし、森王のこの言葉に対するカウンターを持っている。それは時間だ。

「うーん……いや、あんまし変わんないぜ?俺とミーシャは出会ってからまだ三ヶ月も一緒に旅してないからな。今年は濃い一年になりそうだが、それは置いといて……信頼は最初からあるものじゃない、共に歩んで手に入れるもんだ。お互い歩み寄れば信頼し合える仲になると思うんだよ。森王、あんたはどう思う?」

 ラルフは手を差し出した。この二人が出会ってまだ全然時間が経っていない状況を知って驚いたが、それ以上にラルフが情に訴えて来た事に驚く。この男は自分の立場を考えず、常に上から物を言う。どうせ何らかの脅し文句を吹っ掛けてくるものと思っていたが、思っていた事と違う事に一瞬思考が停止した。ハッとして自分を取り戻すと、口元を隠して考え込んだ。

(これは罠だ……)

 森王は頭を捻りながら精査する。手を取ってしまえばその途端に支配が始まってしまう。それも森王のお墨付きという名目でだ。確かにダークビーストが暴れた地は国民が怖がって触れるのを嫌がっている。兵士の死体を回収後は放置しているのが現状だ。土壌が荒れる事を考えれば、誰かに住んでもらう事はむしろ願ったり叶ったりだと言えよう。しかし、それが敵の拠点になるのは駄目だ。これは後千年はエルフが無事に住まう為に妥協してはいけない選択。

(いや、元よりこの天樹まで侵入を許してしまった時点で私に決定権など存在しない。場所が秘匿され、安全な結界の中だからこそ拒む事が出来ていたのだ。ここを蹴れば二度と友好な関係を築けず、それこそエルフの絶滅を意味するやもしれん……)

 前回、ハンターとグレースがエルフェニアへの侵入方法を教えた為に、難なく侵入に成功している。もっと言えば、結界により秘匿されているこの場所の位置を掴んでいるので、ミーシャの様な規格外なら必要な順序を経て入らずとも、外から結界を破壊してやって来る事だって考えられた。一度知られてしまえばエルフェニアという場所の安全性は存在しないも同じ。幸いな事にラルフ一行以外に知られていないので、ラルフの交渉に応じれば必然的にこの場所は秘匿される。もう既に魔族間で共有されているなら話は別だが、それを知る方法もない。そこで森王は別の方面から考えてみる事にした。

(現在この国の戦力は大幅に落ちている。ハンターが”白の騎士団”に加わった事でエルフの威光は保たれているが、それは外向きの話。万が一魔族がこの地を襲えば太刀打ち出来ない。ならば此奴らを外面だけでも味方につけ、襲撃に備えるのはそれほど大きな間違いではないのか?)

 自分達の戦力を蓄える期間に、ラルフ達の拠点を置く名目で国民を守ってもらえるなら、安全は保たれるかもしれない。重要なのは常に民の命が保証される状況だ。これこそ千年無事に住まう為の選択ではないだろうか?森王は口元から手を離した。

「ヨうやくかい?随分と長考じゃっタが、答えが出タ様じゃノぅ」

「……ああ」

 ベルフィアの嫌味を軽く受け流して差し伸べられたラルフの手を握った。
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