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第七章 誕生

第二十二話 母と子

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 魔鉱石が光る。

「来たぞ!ブレイド!」

 アスロンは魔鉱石に手をかざす。魔鉱石が光り輝いて、今まさに向こう側の世界を映そうとしている。この魔鉱石の先、ヲルトの中心部の城に母がいる。ブレイドは気持ちを落ち着ける為に目を瞑り、高鳴る鼓動を抑えて目を開いた。そこには円卓会場の机と、それを囲う様に座る魔王達の姿があった。目の前に座る女性。その女性は銀髪で肌の浅黒い、アスロンから聞いた容姿をしている。ミーシャよりは少し大人びた印象で、目元は眠そうなタレ目だった。ブレイドと目が合った途端に目を少し見開き、濁っていた目に光が差した。

(これが俺の……)

 見た目の印象は自分より七つほど年齢が上くらいの美人と愛嬌が混ざった容姿。魔族は長寿の種族であり、見た目と年齢は合わない場合が多い。百年は確実に生きているミーシャが、見た目的にはブレイドやアルルと二つ三つしか違わない様に、エレノアもそうなのだろうと察する。

『……ブレイブ……?』

 その声も見た目相応というか、やはり若い。自分という子供を産んだとは到底思えない雰囲気だった。

『すぐに反応が来たのは嬉しいぜ。でもこいつはブレイブじゃない。あんたの良く知る、あんたにとってこの世で最も大切な存在だよ……』

 ラルフからそういう前置きをされた時にドキッとする。とうとうこの時が来たのだと緊張して体が強張った。十数年という時の中、物心付く前に離されてしまった子が、初めて親と対面の瞬間。母が子を見てどういう反応を見せ、どう思っているのかを知れる機会。ブレイドは万感の思いを込めて口を開いた。

「……俺の名前はブレイド。勇者ブレイブの子供だ」



 エレノアは震える手で口元を隠した。その行為を目の端で追っていた魔王達の顔にまたも「驚愕」の二文字が浮かぶ。エレノアは大粒の涙をボロボロと零して泣いていた。側に立つ黒影の顔は映像の中のブレイドと、その向こうにいるラルフに苛立ちの目を向けている。

「まさか……エレノア様のお子様?」

 蒼玉はいつもの澄まし顔を崩してブレイドを見た。朱槍はその事実に思い当たる節があり、苦い顔で呟く。

「……なるほど。彼の”血の騎士ブラッドレイ”が苦戦するわけですね……」

「何を馬鹿な!?」

 バンッと机を叩いて黄泉が立った。

「ただのヒューマンではないか!万が一にもエレノアの子供だとして、半人半魔ハーフがこの様な歳まで無事に生き残れるはずがない!どちらにも属せぬ種族だぞ!?エレノア!!これは貴様に対する侮辱だ!!」

 声を荒げる黄泉に対してミーシャが反論する。

「おい、うるさいぞバラン・・・。今親子の感動の対面中だ。大人しく座っていろ」

「き、貴様……!?俺の名を軽々しく口にするな!!こういう場では二つ名で呼べと何度言わせたら……!!」

「静かにっ!」

 竜胆は聞き苦しい喚きを横から遮る。黄泉は口をパクパクさせながら最後まで言えなかった気持ちを、荒々しく座る事であらわにした。腕まで組んで苛立ちを示す。

「事実なのか?これが主の息子で間違い無いのか?」

 群青は精神的に不安定なエレノアに質問をする。蒼玉の様に察するだけならば本当の答えにはならない。本人の言動で答えを見出そうというのだ。だが当然というべきか、しゃくり上げて泣くばかりで答えは出ない。

『事実じゃとも』

 そこに映し出されたのはブレイドの横に立つだらしない格好のお爺さん。その姿を見るなり黒影の態度は一変する。目を見開き声を荒げた。

「お前かっ!お前が全ての元凶かっ!!」

 その姿はあの頃より髭も伸びて老けてこそいたが、それが時の流れとブレイドの成長を感じさせた。もう誤魔化せない。

「ブレイド……私の、可愛い坊や……よくぞ無事で……」

 認めた。エレノアの口から完全に答えが出たのだ。ブレイドは勇者ブレイブと魔王エレノアの息子。その瞬間に橙将はどこからか取り出したハルバートを円卓の机に叩きつけた。群青の棍棒の様に机をバラバラに破壊したのではなく、エレノアとペンダントを遮断する様に突き立てたのだ。

「……ヒューマンの子を産んだだと?父親が死んだ事を十数年隠していただけに飽き足らず、ヒューマンとその様な仲になるなど……吾ら魔族に対する背信行為だ。第一魔王を名乗る不届き者よ。即刻この場で首を刎ねてその罪を贖うが良い」

 来るべき時が来てしまった。ブレイブと知り合い、マクマインに必死の交渉を持ちかけられたあの日から、こうなる日が来るのでは無いかと薄々感じていた。イシュクルをエレノアとブレイブで滅ぼした反逆の時を目の当たりにし、まんまと人族の策略に嵌ってしまったと痛感した。弱みを見せぬ様にブレイブを追い立て、マクマインに処刑させたというのに、過ちは消える事なく最悪のタイミングで横っ面を弾いた。全会一致。誰もこれに意を唱える事は出来ない。

「バーカ、んな事させるかよ」

 いや、ここにいた。異を唱えられる空気を読まない男がここにいた。橙将はギョロリと常人なら萎縮する様な目でラルフを睨みつけた。しかし、そんな目に屈する事なく涼しい顔で机に体重を預けた。

「俺達が来た理由はこっからだぜ。エレノア。俺達と一緒に来ないか?」

「「「……は?」」」

 魔王達は皆が皆、何を言っているのか分からないと言った顔でラルフを見る。

「いやな、ここに来る前にアスロンから話聞いててさ、そろそろ黒雲で居るのも限界じゃねぇかなって思ってたんだよ。何かそこの赤いのが「罪を贖え」って言ってるし、第一魔王”黒雲”の名前を返上してこんな陰気臭いとこ出ちまわね?息子もいるしでそれが一番だと俺は思うね」

「陰気臭いだと……?」

 黒影は変な所に反応しているが、その真意はラルフの謀略にこそあった。突如現れて、マクマインに頼んでいた息子の情報を一番やって欲しく無いこの場で開示し、エレノア断罪の流れになった所で勧誘した。逃げ道を無くして拠り所を失くし、選択肢を奪う卑劣極まりない脅し文句。エレノア追放の流れがラルフ達が来る直前まであっただけにタイミングが絶妙すぎる。こうなる事を見越していたのか?否、黒雲の正体を知った時から画策していたのだ。この場に立ち会えれば例え身バレしていなくても、ラルフ自身が正体を明らかにし、エレノアをモノに出来ると踏んだのだ。黒影は目を細めて不快感を出した。

「……つくづく人間」

 エレノアは戸惑いを見せる。どうすれば良いか揺れている。しかし、エレノアの選択を遮る様に群青の棍棒がラルフに向かって振り下ろされる。

 バギンッ

 棍棒はラルフに到達する事なくへし折れた。見れば魔障壁がラルフを囲んで守っている。

「ふふふ……馬鹿め。やらせルわけが無かろう」

 ベルフィアはニヤついて群青を見る。群青の自慢の棍棒が無くなったが、その程度では群青の強さは何も変わらない。群青は折れた棍棒の持ち手部分をベルフィアに向かって軽く投げた。飛んできた棍棒を弾くも、そのせいで群青の振り向きざまの攻撃に対処出来なかった。上半身を丸ごと鷲掴みに出来そうな程デカい掌の圧に抗えず、ベルフィアは壁まですっ飛んだ。バキャッと全身が粉々になった様な音を立てて床に沈んだが、すぐに手をついて起き上がる。首や腕が曲がってはいけない方向に曲がっていたが、まるで巻き戻しの様にゴキゴキ景気の良い音を鳴らしながら戻っていく。

「吸血鬼か……噂には聞いていたが、ここまでとは……」

「……開戦か」

 ミーシャはポツリと呟く。メラとイーファ、アンノウンとジュリアは戦闘態勢に入った。

「ちょっと待った、何のつもりだよオーク。いきなり殴りかかって来やがって、俺を殺す気か?」

「他に何があるヒューマン。ここで主らの好きにさせるなどあり得る筈が無かろう?それとも「どうぞ好きに連れ出してくれ」と言うとでも思うたか?」

「言うと思ったよ。あんたらには必要が無いだろ?俺達が責任持って連れてくんだから安心して送り出せっつーの」

「ぬかせっ!!」

 群青はラルフをペシャンコにしようと拳を振り下ろす。しかし、また当然の様に魔障壁に受け止められた。ベルフィアが出していたわけではない。ミーシャが魔障壁を張っていた。

「ぐっ!こんな薄っぺらい壁なぞ儂の拳で……!!」

 群青がもう片方の手を振り上げた時、ジュリアが群青の脛にタックルを仕掛けた。振り上げると同時に少し浮いた足に仕掛けたタックルで足元を掬われる。

「ぬっ!?」

 力が入らぬまま魔障壁を叩き、威力を殺されると、続いてデュラハンの剣が群青を襲う。ガィンッと鋼鉄でも叩いた音が鳴り響き、胸に傷の様な汚れが付く。鋭い剣で放った一撃だったが、群青の皮膚には傷一つ付かない。肌を露出して一見無防備に見えるがそんな事もなく、弱い攻撃など擦り傷にすらならない。だがこのコンビネーションを体験した群青は警戒から間合いを開いた。その瞬間に机に突き立てたハルバートが引き抜かれ、ラルフに横一線が放たれる。魔障壁に難なく弾かれて、橙将も後ずさった。どちらも痺れを切らして突っ掛けた様だ。

「人の話を聞けって。俺達は戦う気は無いって言ってるだろ?」

「知るか!もう戦いは始まった!!エレノア諸共ここで死ぬが良い!!」

 群青は吠える。もう聞く耳は持たないだろう。

「……仕方ねぇ最終手段だ。ブレイド、例の奴で行こう」

 それを聞いてブレイドは逡巡するも力強く頷いた。

『エレノア……いや、俺と一緒に行こう!母さんっ!!』

 困惑と混乱の狭間で右往左往していたエレノアの心に芯が通る。もう迷わない。

「……こんな私を母と呼んでくれるのね。良いわ坊や。私はあなたと共に生きる。ブレイド、あなたとの時間を取り戻させて……」

 その言葉には黄泉も肩を落とした。

「いよいよだな……円卓を一から立ち上げ直し、再出発するしかねぇ……とりあえずはこの場を収めて、かくあるべき姿に戻す。それが第一魔王”黒雲”と呼ばれたイシュクルへの弔いだ」

 黒の円卓。千年以上続いた魔王の集いは今、新しく生まれ変わろうとしている。これは平和への一歩か、はたまた滅亡へのカウントダウンか。黒の円卓 対 ラルフ一行ここに開幕。
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